【14話】本当に欲しかったもの


 悩んでいる今のタイミングで、知人に会うとは思わなかった。

 

 エリザと会うのは、これでまだ二回目。

 以前ラルフに街を紹介してもらっていた時に、ギルドで会って以来だ。

 

 少し強張った顔で、ミレアは頭を下げる。

 

「こんにちはエリザさん。お久しぶりです」

「うん、久しぶり!」


 ミレアとは対照的に、とても明るく返してくれたエリザ。

 相変わらず感じがいい女性だ。


「ここでお買い物していたの?」

「そのつもりで来たのですが、買いたいものが分からなくて結局何も買わずに店を出てしまいました……。って、こんなこと言われても意味わからないですよね」


 あはは、とミレアは苦い顔で笑う。

 

 エリザは、うーん、と考えを巡らせているような素振りを見せる。

 一緒になって笑ってくれると思っていたので、少しばかり意外な行動だった。

 

「ミレアちゃん、今から少し時間ある?」


 晴れやかに笑うエリザ。

 

(いったいどうしたのかしら?)

 

 理由の分からない笑顔を不思議に思いながらも、ミレアは小さく頷いた。

 

 

 服飾店を出たミレアとエリザは、近くのカフェに入る。

 以前とても美味しいオムレツを食べた、ラルフ一押しのカフェだ。

 

 テーブル席に対面になって座り、店員を呼ぶ。

 

「コーヒーをお願いするわ」

「私も同じものをお願いします」

 

 オムレツを頼みたかったミレアだが、もうすぐ夕食なので今日は我慢した。

 

「ここのオムレツ、とっても美味しいのよね。ミレアちゃんは食べたことある?」

「はい。ラルフ様と一緒に食べました」

「お、さすがは夫婦だ」

「夫婦じゃありません!」


 つかさずツッコミを入れると、エリザは楽しそうに笑った。

 ソーヤもそうだが、この街の人達はラルフとの仲をいじるのが好きなのだろうか。

 

「それで、ミレアちゃんは何をそんなに悩んでいるの?」


 楽しそうに弾んでいたエリザの声色が、急激に変化。

 とたんに優しくなる。

 

「私で良かったら聞くよ」


 どうすればいいか分からない手詰まり状態だったミレアにとって、それはまさに救いの手だった。

 差し伸べられたその手を、ミレアは迷わず掴む。

 

「実は昨日――」

 

 お給料をもらってからここまでのことを、包み隠さず全て話した。

 

 

「それならもう答えは出ているじゃない」

 

 コーヒーカップをソーサーに置き、エリザがニコリと笑った。

 

「革のネックレスにビビっと来たんでしょ。だったら、迷わずそれを買うべきよ」

「ですがそれだと、私を彩るものを買え、というラルフ様の言葉に反してしまいます」

「そんなことないわ」


 ミレアの言葉を、エリザはきっぱりと否定した。

 

「自分を彩るっていうのは、何も外見に限った話じゃないの。ネックレスを買うことでミレアちゃんの心がさらに可愛くなるなら、それでいいのよ!」


 瞳を大きく見開くミレア。

 

 外見でなく、中身の彩り。

 そんな考え方もあるんだ、とハッとさせられる。

 

(私、決めたわ)

 

 自分を彩るために何を買うべきか、エリザのおかげで道が見えた気がした。

 

「ありがとうございます! エリザさんのおかげで、悩みを解決できそうです!」

「それなら良かった。これからも、ラルフに言えない悩みがあれば気軽に相談してね。私のことはお姉ちゃんだと思ってくれていいから」

「嬉しいです!」


 何という力強い言葉だろう。

 

(やっぱりエリザさんは、とっても素敵な人だわ!)

 

 まだ二度しか会っていない人間にここまでしてくるなんて、本当に良い人だ。

 心から感謝しながら、ミレアは満面の笑みで頷いた。

 

 

 その後エリザと別れ、ミレアは服飾店に戻る。

 

 アクセサリー類が置いてあるスペースに真っすぐ向かい、革製のネックレスを購入。

 今度はもう、ミレアは迷わなかった。

 

 

 その日の夜。

 

 夕食を食べ終えた二人は、テーブルに座っていた。

 

「ラルフ様。私、自分が幸せになれるものを買ってきましたよ」

「よしよし、さっそく買ってきたんだな」


 ラルフが満足そうに頷いた。


「色々悩んだでのですが、これしかないと閃きが走りました」

「ほう、それは気になるな。何を買ったんだ?」

「これです」


 テーブルの下に隠していた紙袋を表に出し、袋の中から革製のネックレスを取り出す。

 

「このネックレスは、安全祈願のネックレスらしいんです」

「安全祈願? もしかして君は、危ないことをしようとしているのか!」


 血相を変えたラルフが勢いよく立ち上がった。

 顔には、心配、の文字がババーンと書いてある。

 

 ミレアは「違いますよ」と、ふふっと笑った。

 

「これは私が身に着けるために買ったのではありません」

 

 立ち上がったミレアが、ラルフの首にネックレスを付ける。

 

「ラルフ様がいつまでも元気でいること。それが私にとっての幸せですから」


 ニコッと笑う。

 

 瞬間、顔を真っ赤に染めるラルフ。

 火のついたような猛スピードで階段を駆け上がり、二階にある私室へ飛び込んでしまった。

 

(ラルフ様、急にどうしちゃったのかしら?)

 

 あっという間の出来事に、ミレアは首を傾げた。

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