其之弐拾弐話 鬼の報い

 舞美はあの日、涼介の正体が鬼と分かったあの日、公園からどうやって家に帰り着いたのか、記憶にない程動揺していた。あの出来事は夢であって欲しいと思っていた。


 しかし次の日の朝。目が覚めると手に握り締めていた青い風鈴のキーホルダーが、舞美に厳しい現実を知らしめた。そして再び枕に顔を埋めシクシクと涙を流す舞美。


「涼介君……何故? なんで私の前に現れたの? 私に近づいたのは私が『五珠』を持っているから? 私が『清い力』の持ち主だから? 酷い……酷いよ涼介君……。私は……涼介君の事を……涼介君……」


 そしてまたいつもの日常が始まる。事が事だけに誰にも相談する事ができない。


 周りの家族や友人にも心配をかけたくないと、いつもと変わらない自分を演じる辛い日々が続く。


 そしてあの日から涼介は、塾に来ていない、と言うより涼介の存在自体が塾から、いや、この世から消えていた。


 これは嫗めぐみが使っている術と同じで、自分の存在を周りに植え付ける術。強い霊力が有る者だけが使える古の術であった。




 そして幾日が過ぎたある日、夜空に漫月が輝く夜の事だった。


 舞美は、学校の課題を机に広げ、その前に座っていた。だがまったくやる気が無い。机に伏せたり起き上がったりを繰り返すだけ。耳を塞ぎ、目を閉じると色々な事が頭の中をぐるぐると駆け巡り、平常心を保っていられない。


「ハァァァァ……」


 ため息をつき、机に伏せたその時……


『コンコン、コンコン……』


と何かを叩く音が聞こえてきた。優は、起き上がりあたりを見渡した。


「なに? 今の音……」


 不思議に思いながら呟くと……


『コンコン……コンコン……』


とまた……聞こえてきた。部屋の中をキョロキョロと見渡す舞美。猫がドアを叩いている? いや猫じゃない、舞美の部屋の窓から、しかも外から叩く音だった。


『コンコン……』


 誰!? 嫗めぐみ? いやめぐみがそんな事する訳が無い。しかし舞美の部屋は二階にあった。しかも窓は出窓なので普通なら高い梯子をかけない限り、この部屋の窓を叩ける人なんている筈がない。


 舞美はそっとカーテンを少し捲って外を見た。月あかりに照らされて辺りは明るかった。


 だがカーテンの隙間から見た範囲では何も見えない。そこで思い切ってカーテンを『ジャッ』と大きく開き、辺りを見渡したが当然誰も居ないし何もない。


 しかし視線を遠くに向けると、舞美のいる二階から少し離れた所に見える街灯の下に誰かが立っているのが見える、それは神谷涼介だった。制服姿の涼介が街灯の下で舞美の部屋を見上げていた。


 舞美は、涼介の正体が鬼ということも忘れ、急いでその辺にあった学校のジャージに着替え、家を飛び出し涼介の元へ急いだ。


 全力で走る舞美にオジイ達が忠告をする。


(舞美! 危険じゃ! 行くんじゃない!)


(奴は『五珠』ばかりかお前の命まで取るつもりじゃ!)


 オジイ達の忠告に舞美は走りながら落ち着いて諭す。


「それは多分違う……。『五珠』と私の命が狙いだとしたら……もうとっくに『五珠』は奪われているし……私も殺られてるよ……」


 舞美の言葉にオジイ達は何も言えなかった。


 そして涼介が居た街灯の下へ着いた。しかしそこに姿はなかった。


「居らんぞ、また姿をくらましたか?」


「大丈夫、居るよ……」


 そう言いながら舞美の足は自然とその先にある公園へと向かっていた。


 舞美は、公園へ向いながら、涼介に会ったら何から話そうかと考えていた。先ずは、舞美の前に現れた真意を聞きたかった。

 

 『最初から私を騙すつもりだったのか』

 

 『私を殺めて『五珠』を奪おうとしていたのか』


 聞きたい事は山ほどあった。でも舞美には、その前にどうしても言いたい事、伝えたい事があった。


 公園が見えてきた。いくつかの薄暗い街灯があるだけの公園。日中は、親子連れで賑やかなのだろう。しかし夜は、ほぼ暗がりで何も見えない寂しい公園だった。


 その暗闇の中、舞美の予想通り涼介の姿はあった。


『キィィィ……キィィィ……キィィィィ……』


 錆びれたブランコに揺られながら青く輝く満月を見上げていた。


 舞美は涼介の姿を見ると涙を我慢することが出来ず、歩み寄りながらポロポロ泣き始めた。そして涼介の前に立ち尽くし呟いた。


「涼介君……会いたかった……」


 その言葉を聞いた鬼……いや、涼介はブランコから立ち上がり悲しい目で優しく微笑みながら舞美の目を一瞬見つめ、そして直ぐに目を逸らしながら俯き、震える声で話し始めた。


「ごめん……なさい……舞美さん……。貴方を騙すつもりはなかった……。でも僕が……鬼と分かったら……もう会ってくれなくなるだろうし……。僕の事はいつか言おうと思っていたけど……早く言わなくちゃいけないと……思っていたんだけど……伝える勇気がなくて……ごめんなさい……」


 一瞬、唇をかんだ涼介が話を続ける……。


「舞美さん、僕の正体は鬼。でも僕は、舞美さんの力が欲しいなんて思ってもいないし、勿論、人を襲ったりもしない……」


 舞美はその台詞に少し戸惑いながら声を荒げ訴えた。


「その言葉は本当なの? じゃぁどうして私に近づいてきたの? 涼介君の今の言葉は矛盾してる! だってあなた達鬼は、極惡非道で人を喰らい、この日ノ本を滅ぼそうとしている邪悪な者でしょ⁉」


 そう言いながら舞美は、無意識に胸に手をあて『神氣の息』を始めた。舞美の荒ぶる姿に少しだけ動揺した涼介、しかし何かを決心した様子で訴えかけた。

 

「そう……僕たちは邪悪な鬼、はるか昔から人々に忌み嫌われてきた……。だけど! だけど信じて欲しい! 僕は……確かに鬼だけど人間が……人が大好きなんだ!」


 舞美は涼介の真剣な眼差しに警戒を解こうとした。しかし虎五郎が諭す。


(舞美……駄目じゃ……警戒を解いてはならぬ……そのまま『息』を続けるのじゃ……)


「僕は昔、まだこの世に生まれて間もない頃……優しい人達にこの命を助けられた。だから! だから恩返しをしたい! 今度は僕がこの人達を守ると、そう思って今まで……何百年も生きてきた! 本当なんだ、信じて欲しい!」


 涼介はその後俯いて……


「舞美さん、僕があなたに近づいたのは兄者を……蛇鬼を貴方達に祓って欲しいからなんだ。兄者はこの世に存在してはいけない者……本当ならば僕がこの手で殺めなければいけない悪しき者。しかし兄者の力は強大『五珠の力』と『嫗の神力』そして『雷獣の力』を持ってしても、到底敵わない。そして僕はある理由で兄者の前に姿を現す訳にはいかない……。でも! 僕は兄を祓えるかもしれない術(すべ)を知っている! だから僕にも協力させて欲しい!」

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