8話 ヒロインとのデートにはドッキリがないと駄目です

 月見詩乃という俺の1歳上の先輩に恋人繋ぎという手錠で連行されて数分後。


 俺たちは特にこれといった行く先もないまま、ぶらりぶらりと適当に幼い頃から住んでいる町を散策していた。


「ふふっ、猫かわいい……」


 は? 先輩の方がかわいいんだが? という台詞が吐き出るのを何とか我慢しながら野良猫を見ては和んでいる月見詩乃に同意しながら、人慣れした野良猫を少しばかり遠くから見たり。


「あら~詩乃ちゃんじゃない! 横にいるのは、あら、覚介くんじゃないの! やだ何! やっと付き合ったの2人とも!?」


「ふふっ、何とこれでまだ付き合っていないのです。そんな私たちの放課後デートを更に彩らせる為にもコロッケを2つほど購入したいのですが。もちろんカップル料金でお願いします」


 商店街の精肉店のおばちゃんにそんな思わせぶりな発言をしては、まるで御印籠を見せつけるかのように恋人繋ぎを見せつけると、幼稚園の時からの知り合いであるおばちゃんは察したと言わんばかりに2個のコロッケを包んでは、通常料金よりもお安い値段で購入したり。


「こうして同じベンチに腰掛けて、一緒にコロッケを食べるのも何だか久しぶりですね」


 大人顔負けの色気を醸し出しつつも、昔から猫舌である彼女は何度も揚げたてのコロッケを息で何度も冷ます彼女は、ついに意を決したと言わんばかりにコロッケに齧り付いては生来の猫舌には勝てなかったのか火傷してしまい、そんな彼女の火傷を何とかするべく自動販売機でお茶を買ってあげて彼女に飲ませたり。


「ふふっ。助けてくれてありがとうございます、覚介くん」


 コロッケを食べ終えた後、俺たちの行く先未明の散策は再開され、商店街の書店に行っては雑誌を立ち読みしたり、気になる小説のタイトルをチェックした後に外を出て、夕暮れの5時になるまで俺たちは思うままに散策した。


 7時ぐらいに帰宅する俺たちにとって、まだ明るい時間帯に2人が商店街にいるという事実が当たり前のようでいて全然当たり前ではなく、桜の季節である4月が終わった後の晴れ晴れとした5月の雰囲気を思う存分に楽しんだ。


「ふぅ……立ち読みをした後ですとやはり足が疲れますね」


「大丈夫ですか先輩? どこか座ります?」


「そうですね。では、あそこのカフェに行きませんか?」


 何だか日常の延長線上のようなデートだったので、あんまりデートという感じはしなかったのだが、こうしてカフェに行くっていうのは何だかデートっぽくて思わず胸が弾む。


 断る理由もなかったし、急ぎの用事も特にはなく、時間もまだ門限ではなかった事から、俺は彼女と一緒にもうすっかり慣れてしまった恋人繋ぎをしたままカフェに入店する。


 客が入店した事を知らしめるベルが鳴り響くのを他人事のように聞きながら、俺は周囲の様子をそれとはなしに確認してみる。


 外観を見る限り普通のカフェであったが、いざ中に入るとほぼほぼ満席でたくさんの人で賑わっている。


 女性同士だったりだとか、カップルらしき学生服の2人がいたり、色んな人たちがこのカフェを利用しているのが目に見えて分かる訳なのだが、そんな利用客の1人に俺たちが加わると思うと何だかいけない事をしているような、あるいはそう見られたいだなんていう気持ちが胸奥から湧き出てくるかのようだった。


 運が良い事に空いている席がいくつかあるとの事で、俺たち2人は店員に案内されるままにテーブル席に座り――。


「――すみません。カップル限定のジャンボラブラブハートパンケーキを1つ」














 しまった!!!

 先輩の罠だコレ!!!???


 













「え、あ、ちょ……!?」


「かしこまりました。カップル限定ジャンボラブラブハートパンケーキをお1つですね。お時間が掛かりますがよろしかったでしょうか?」


「宜しくお願いします」


 お願いされてしまった。

 合意もなく勝手にお願いされた。


 しまった。本当にしまった。

 今まで何だかんだで遠い昔にやっていた日常的な事をしていたからか、油断という油断をしてしまった俺の頭はカップル限定ジャンボラブラブハートパンケーキという単語が突き刺さった所為でフリーズしていた。


「お皿にお2人の記念日など文字をデコレーション出来ますが如何なさいますか?」


「それではカップル開始1日目、と」


「おや、付き合い立てでしたか。御交際、おめでとうございます」


「ふふっ、ありがとうございます」


 あぁ! 

 俺の頭の処理が追いつかないうちに好き勝手に物事が進んでいく!

 

 というか、何だそのメニュー!?

 何だそのオプション!?


 噂に聞くカップル限定メニューっていうのはそんなオプションがついていやがるのか!?


 そんなデータ、彼女いない歴=年齢の俺には無いぞ!?


 知らん! 知らんぞ!?


 もしかしなくても、人々が往来する看板のメニューにそういう情報があった気がしなくもないけれども!


 まさか、この月見詩乃がちらりとそんなモノを見た一瞬の刹那で『よし食べますか』になるだなんて予想だにしなかった!


 俺はてっきり、ここで軽くブラックコーヒーを飲んで『え! 覚介くんブラックコーヒー飲めるの!? かっくぉいいいー!』って目の前の先輩に自慢する算段だったのに!


 実を言うとブラックコーヒーなんて苦くてとても飲めたものではないんですけれどもね!?


「お飲み物はいかがなさいますか?」


「そうですね。コーヒーを2つ。私はブラックで、残りの片方には砂糖とミルクもお願いします」


「かしこまりました」


 あれぇ!?

 この先輩、コーヒーをブラックで飲めるの!?

 すごっ、大人……じゃねぇ! 


 今この瞬間!

 俺はまるでブラックコーヒーも飲めない子供舌なダメダメ彼氏だってこのカフェを利用している客と店員に認知されてしまった!


 これが付き合いの長い先輩のやることかよぉ……!?


「ふふっ。カップル限定パンケーキ、楽しみですね」


「せ、先輩……!?」


「さて、それではパンケーキが来るまで2人で仲良くお喋りしましょうか……?」


 にんまり、と。

 本当のデートというモノを教えてやろうと言わんばかりに、先輩は不敵に笑いながら、対面の席に座った俺を上目遣いでニヤニヤと見ていたのであった。


「こうして出来たデートの空き時間も楽しんでラブコメに昇華するのも小説家の勉強です……ね?」

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