3話 ヒロインは貧乳であれ巨乳であれ、それを武器にしないと駄目です
「結論から言ってしまえば、覚介くんの書いたラブコメは非常に面白くなかったです」
2度も言ったよ、この年上幼馴染。
まさか部室前の廊下で言うだけに留まらず、こうして2人きりの部室の中でもそんな事を言うだなんて思わなかったよ。
「ぐ、具体的に何が悪かったかを聞いても……?」
「まずヒロインの名前が私ではない点ですね。後、そのヒロインが余りにも可愛くないという点。数字や漢字の表記統一が為されていない点。読者に読ませる気なぞ更々ないと言わんばかりの誤字の数々で読みづらい。読者の感性に作者が合わせる気なぞないと言わんばかりの作風。登場する必要性がない登場人物。わざわざ難しい専門用語にする必要性の無さ。そしてその専門用語が文字数稼ぎとしか思えないほどの長ったるいだけでネーミングセンスに欠けているという点。物理学的にも科学的にもおかしい現象の数々。常識が欠けているとしか思えないキャラクターの感情曲線の意味不明さ。このシーンは作中に全然必要ないという点。そもそもこの作品のどこが面白いのかという点。それから――」
「もう許してぇ……!」
「まだ102個ほど指摘する箇所があるのですが……ふふっ、この辺で止めておきますね?」
にこにこ、と柔らかい笑顔を浮かべた彼女は学園指定の鞄からクリアファイルを取り出しては、その中に封入されていた大量の紙らしきものを取り出した。
コピー用紙だろうか?
コンビニで利用できるようなA4のコピー用紙をホッチキス止め……ではなく、穴を開けてはその穴から紐を通して結んだ紙束を取り出したのだが、どうにもその用紙には黒い文字と赤いサインペンで色々と書かれているのが目に見えた。
一体全体この紙は何なのだろう――そう思って、俺はまず黒い文字の方に視線をやり、その内容を視認する。
その紙面の上で踊っていたのは何やら見覚えのある文字たち。
いや、この文字を生み出したのはまごう事なく俺であった。
「……もしかして、この紙に書いてあるのって、俺の作品ですか……?」
「はい。MINEから送られたモノを私のパソコンの方にコピペしてPDF変換してコンビニでプリント印刷。そして印刷できた紙に赤を入れました」
「赤を、入れる?」
「文章を添削することを意味する言葉です。今回は文字や数字に記号などの間違いを指摘したり修正したりですね」
涼しい表情でそんな事を言ってくれる彼女ではあるのだが、そのA4用紙に記入されている赤ペンの筆跡の数は尋常ではない。
試しに覗き込んでみると、彼女が赤ペンで印を付けていた箇所は確かに誤字であり、意味が誤用している箇所であり、まさか全部が間違っている訳がないとざっと見てみるのだが、悲しい事に……いや、嬉しい事に物の見事に全てが間違っていたのであった。
「……これ10万文字はありましたよね先輩……?」
「ありましたね。おかげ様で私は眠いです」
「え。もしかして……先輩、寝てない?」
「えぇ、寝てません。覚介くんの所為で昨日は眠れませんでした。でも安心してください。昼休みに寝ましたし、肝心の訂正箇所にミスはないと思いますので」
「……面白く、なかったんですよね?」
「はい、とても」
「……なんで、そんな事を?」
「迷惑、でしたか?」
「いや、まさか! むしろ、俺が気づかなかったミスを指摘してくれただけでも滅茶苦茶助かるというか……!」
「なら、良かったです」
欠伸なんてものをせずに温和な笑顔を浮かべている先輩を悪魔だと称した10分前の自分を殴ってやりたい想いに駆られた。
これのどこが悪魔だ。
これ天使だ。
すっごく天使だ。
おっぱいの大きい天使だ。
もしも自分が他人が書き殴った作品の全てに目を通した挙句に、訂正箇所を全て指摘するだなんてそんな事は地が裂けても絶対にやらない自信しかなかった。
しかも、明日には学校があるというのに深夜1時という夜遅くにやってきた10万文字もの鈍器……しかも、読んだ本人がクソつまらないと称するような作品をだ。
「じゃあ、この修正箇所を直したら……!」
「まぁ、そこそこは読めれる作品にはなると思います」
「書籍化は間違い無し!?」
「書籍化は無理です」
「即答⁉︎ 何故!?」
「そうですね……でしたら、このページの内容、音読してくれませんか?」
コピー用紙の束から何枚ものページをめくっては件のページを俺に指し示してくれた彼女の行動に俺は信頼を持って、何の疑いも持たずにそのページを覗き込む。
そこに書かれていたのは――ヒロインのおっぱいが如何に柔らかいかどうかを力説した渾身のシーンであった。
「いや、その、これ読むのは、ちょっと」
「どうかしましたか? さぁ、音読してくださいな?」
「で、でもですね?」
「私はそれを深夜に読まされましたよ?」
「……ぷるんぷるんぷるんぷるん。それが彼女のおっぱいだった。ボインと凄く揺れては凄くバルンと揺れる。凄く柔らかい。それは凄く柔らかい。そう柔らかいのだ。とにかく柔らかいのだ。いつまでも触っていたいぐらいに柔らかい凄いソレに俺は凄いぐらい虜にならざるを得なかったのだ。この凄さをどう表現すればいいのだろうか……凄い。そう、凄いのだ。何か、凄いぐらい、凄かった。それがおっぱいだ。俺はおっぱいというものを何千回も凄く触った事があるので、凄く分かる。そう彼女の凄いおっぱいは凄いぐらいの凄いおっぱいだったのだ、と……」
「びっくりするぐらい貧相な語彙力ですね。こんなのが10万文字もありましたので正直言って気が狂いそうになりました。どうして詩乃お姉ちゃんに新手の精神的な拷問を仕掛けてくるんですか? 覚介くんは詩乃お姉ちゃんに長生きして欲しくないんですか?」
「……ごめんなさい……」
「書籍化、間違い無しですか?」
「……書籍化、無理です……」
「よろしい」
月見詩乃は3度、俺を殺す。
それも平和的に、言葉による精神的な死を以て俺を殺す。
俺を殺すのにはそれさえあれば良いと言わんばかりの無駄の無さで正確に俺を殺しにかかってくる人だった。
「とにもかくにも、覚介くんには取材能力というモノが欠けています」
「……取材、能力……?」
「読んで字の如く、物事を取材する能力です。覚介くんは地頭は良いんですけれども、未知の体験にはとことん弱い……知らない事象を書けない傾向にあると思われます」
「……ぐっ。ず、図星です……」
「逆に言えば体験すれば書けるタイプだと思うんですよね。そういう訳で覚介くんが書籍化間違い無し漫画化絶対アニメ化確定の印税生活を送るのでしたら、取材は必要不可欠……ですので」
そう口にするや否や、先輩は立ち上がっては床に正座で座り込んでは、向かい合う俺に悪魔的な微笑みを投げかけた。
「取材、しよっか。今日は膝枕のお勉強。覚介くんの視界全部が胸で隠れる経験を覚えて、小説に昇華できるようにしましょう……ね?」
ぽんぽんと膝元を叩きながら、男性の頭1つ分が入るぐらいのスペースを強調してみせる彼女と、そうする度にふわりふわりと揺れる巨乳を前にしてしまった俺は思わず固唾を飲みこんでしまう。
「……ほぉら。来てもいいんですよ? 小説、上手くなりたいでしょう? だから、覚介くんには下心なんて始めから1つも無いんです。只々自分の技術が上手くなりたいという崇高な目的のお手伝いをこの詩乃お姉ちゃんにさせてください……ね?」
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