第137話 依頼は緊急クエストの始まり




──かっぽーん




 それは由緒正しき風呂場の音。


 聖都コルディアの一角に佇む銭湯『あかなめ』。

 店名の由来は、普段入浴する機会に乏しい垢塗れの冒険者相手にも、広く門戸を開いているからとかなんとか。

 しかし、実際には年季の入った外観とは裏腹に、大浴場は檜の清涼な香りに満たされる清潔感溢れる風呂場だ。それもこれも毎日掃除を欠かさぬ綺麗好き、風呂洗熊バスクリンラクーンの努力あってこそ。


「マイン、気持ちい~い?」

「問題ありません」

「……気持ちいいかどうか聞いてたんだけどなぁ」


 たはは、と漏れ出る笑い声が浴場に反響する。

 現在、浴場には二人分の人影──アータンとマインの姿があった。風呂椅子に腰かけるマインの頭を、アータンがわしゃわしゃと洗っているところだ。


「ん……マイン、目瞑って」

「了解致しました」

「そんな畏まらなくていいよ~」

「では、なんと答えれば……?」

「そこは……『ありがとう』、とか?」


 ざっぱーん。

 桶に溜めたお湯を、マインの頭目掛けてぶっかける。散々泡立てられてアフロの如く盛り上がっていた泡であるが、お湯の勢いで一瞬にして洗い流された。


──すると、なんということでしょう。


 ただでさえ人形のように美しいマインの髪だが、旅の汚れを綺麗サッパリ洗い流されたことで、本来の金糸のような輝きを取り戻したではないか。

 これにはアータンもご満悦。達成感に満ちたドヤ顔を湛え、額の汗を拭う仕草を見せた。


「よしっ、綺麗になったね!」

「……ありがとうございます」

「どういたしまして♪」

「では、次はワタシが洗いましょう」

「えっ、そう? じゃあお願いしよっかな……ありがとう!」

「お任せください。超高圧水流でいかなる皮脂汚れも完璧に──」

「風呂は命の洗濯と言えど!?」


 危うく女の命髪の毛ごと持っていかれそうになり、アータンは優しく諭す。

 それから何とかアータンも洗髪と洗体を済ませ、二人は姉妹同然の仲睦まじい様子で、湯船に体を沈めた。


「っああ~……! 生き返る~……」

「今までは死んでいたのですか?」

「だとしたら大事だよ……」


 とは言いつつも、アータンはあまりの気持ちよさに脱力し、水死体同然に湯船にプカプカと体を浮かせた。


「体は毎日洗ってるけど、やっぱりお風呂が一番だよぉ……」

「何故ですか?」

「う~んとね~……疲れがお湯に溶け出す、みたいな……」

「実際にそういう効果があるのですか?」

「それは……どうなんだろ?」


 あくまで気分の話だからこそ、アータンは困ったような笑い声を漏らす。


「マインは気持ちよくない?」

「ワタシは……よく分かりません」

「本当? 熱いとか冷たいとか、そういう感覚はないの?」

「人間で言うところの温覚は備えております。しかし、ワタシの中ではどうしても温度と快感が繋がらないのです」


 感覚はある。

 ただそれが快か不快か分からない。


 見た目は完全に人間のマインであるが、湯船に浸かる彼女の瞳は、やはり無機質な光を宿したままであった。


「……そっか」

「申し訳ございません」

「ううん、謝ることじゃないよ」


 バツが悪そうに俯くマインの肩に、アータンが優しく手を置いた。


「別にそれが悪いって話じゃないから。そもそもお風呂だって、普通の人でも好き嫌いは意見が分かれるもん」

「そういうものでしょうか?」

「うん。だからね、マインの『分からない』って感覚も間違いじゃないと思うんだ」


──ただ、それがどちらなのか判別つかないだけで。


「ねえ、マイン。赤ちゃんってなんで泣くと思う?」

「? 空腹や粗相による不快感を周囲に報せる為です」

「そうだね。でもね、中には眠いから泣く子もいるんだって! 不思議だよね」

「眠ればいいのに」

「それはそうなんだけど」


 一刀両断である。

 これにはアータンも苦笑いだ。


「実際ね、私も気になって聞いてみたことがあるの。……あっ、聞いた相手は昔私がお世話になってた孤児院のマザーだよ? マザーが言うには、赤ちゃんはまだ眠り方とかよく分からないんだって」

「経験の不足、と」

「うん……私達っていつの間にか眠れるようになってたから知らないけど、誰だって赤ちゃんの頃に、そうやって眠る練習してたんだなぁーって。マザーの話を聞いて思ったんだぁ」


 だから、と。

 翡翠色の双眸がマインを捉える。


「だからきっと、マインもそういう時期なんだと思う」

「時期?」

「自分の感覚がなんなのか、そういうことを理解する時期ってこと。このお風呂が温かいか冷たいかとか、気持ちいいかとか気持ちよくないとか」

「……」

「感覚って結局自分次第なとこだけど、それを理解する為にも知識とか勉強しなきゃだしね」


 アータンは、にへら、と蕩けたような笑みを湛えた。


「マイン、これから一緒に勉強していこうねっ!」

「勉強……」

「うん、勉強! 身近なところからでいいからね」


 マインは考える。


 自分には何が足りないか。

 何の知識が足らないのか。


 しかし、世の中というものは圧倒的に未知の領域が多い。勉強しようにも、選択肢が多過ぎて、まず何を勉強すればいいか分かったものではない。

 ただ──先の言葉が脳内で繰り返される。


「身近……アータン」

「ん? 私」

「アータンのこと、教えてください」


 今度は逆だった。

 玻璃によく似た双眸が、アータンの呆気にとられた顔を捉える。


「え……わ、私ぃ~?」

「駄目でしょうか?」

「だ、駄目じゃないけど、自分を解説ってなると恥ずかしいというかなんというか……あっ、そうだ! だったら全員に他の皆のことを聞けばいいんだよっ!」

「他の皆の? 何故本人にではなく?」

「自己紹介は一回したんだし、主観以外の情報を得るべきだよ!」


 照れているのか湯船が熱いのか、ほっぺを赤く染め上げるアータンは『それがいいよ!』と拳を握った。


「では、皆さんのことを教えてください」

「お姉ちゃんに任せなさい!」


 さりげなくマインを下端に位置づけるアータン。これが卑劣な下端アータンであった。


 閑話休題エニーウェイ


「ライアーはね、嘘吐きなの」

「存じ上げています」


 既知であった。

 しかし、それはあくまで話の取っ掛かりに過ぎない。


「あはは、だよねっ。でもね、優しい嘘吐きなの」

「優しい? 嘘を吐くのに?」

「うん。ライアーが私達に吐く嘘は、下らなかったり嘘だって分かったりするものばかり。……時々分かりにくい時はあるけどね。あっ、だからって誰かを傷つけたりしないの!」

「それが、優しい嘘と?」

「私は、その嘘に救われたから」


 首肯する少女。

 この時、彼女の頬に差す仄かな朱は何を意味するのか。それはまだマインの理解が及ぶところではなかった。


「成程……『ライアーは優しい嘘吐き』、と。では他の二名は?」

「ベルゴさんは超人かなぁ。元団長さんだから強いのは当然として、あれで料理も上手なんだもん! おかげでいっぱい食べちゃってお腹のお肉が……」

「『アータンは最近お腹のお肉を気にしている』、と」

「そこは学習しなくていいからっ!?」


 要らない知識をインストールされてしまったアータン。せめてもの抵抗にと視覚情報をシャットアウトするべく、自身のお腹を必死に手で隠す。


「そ、それを言ったら……アスさんも『大人の女の人』って感じで尊敬するなぁ~。身体はすっごい引き締まってるし、化粧とかお肌の手入れとか詳しいんだ~!」

「? アスは男性では?」

「……そうだった!」


 は!? と口元を手で覆うアータンは、ナチュラルに女性カウントしてしまっていた事実に唖然とする。

 これも普段からの本人の立ち振る舞い、何より、その磨き上げられた容姿の賜物と弊害であった。おかげで公衆浴場を利用する際、誤って女湯の方へ連れていこうとしてしまう。ちなみに本日も未遂が一件発生している。


『社会的な罰としてわたしのアデウスが去勢アデューされてしまいます!』が彼の遺言となるところだった。おちんちんも堪ったものではない。


「皆、凄くて良い人だよ。私なんかにはもったいないくらい」

「……」

「そんな良い人達だから……好きな人達だから、私も何か力になってあげたくて一緒にいるの」


 澱みのない、迷いのない言葉だった。


「……って、これじゃ私の話だね。たははっ」

「いえ。参考になりました」

「そう? なら良かった!」


 正史──本来ほんぺん歴史ものがたりでは叶わなかった笑顔を咲かせる少女は続ける。


「それじゃあ他の皆にも聞いてみて! 皆のことを知ったら、きっと好きになれると思うから!」

「アータンは、彼らが好きだから一緒にいるのですか?」

「うん!」


 余程の理由がなければ、特段好ましいと思わない人間と居る必要はない。

 最後にそう付け加え、アータンは湯船から上がる。


「ふぅ……もう逆上せちゃいそうだから上がろ。マインも上がる?」

「ではワタシも」

「じゃあ着替えたら一緒に牛乳飲もっ!」

「何故ミルクを?」

「お風呂上りの牛乳は格別なんだぁ~。それにお風呂上がりは牛乳って相場が決まってるんだって」


 ライアーが言ってた! と、満面の笑みでアータンは語る。


「そういうものなのですか」


 いまいち釈然とはしない。

 だがマインの頭には、アータンの言葉が何度も廻っていた。


(皆を知る)


 普段から疑問は口に出している。

 しかし、よくよく思い返してみれば、自分が口にする疑問はいつも表面上の内容に対するものばかり。深掘りが足りていなかった。


「……好きだから、一緒に居る」

「ん? マインどうかした?」

「いいえ。問題ありません」

「そう? じゃあ、牛乳は何飲みたい? 色んな果物の果汁を使った奴と、マッチャ? ってお茶を混ぜたのがあるんだって! どっちも美味しそ~、あ~悩む~!」

「二人で違う味を買って共有すればいいのでは?」

「っ……! マイン、天才……!」


 天才的な頭脳の回転を見せるマインを、アータンは存分に褒め称えるように撫でまわす。傍から見れば小さい妹を可愛がる姉妹の図である。

 斯くして二種類のフレーバーを味わえる未来が確定した。

 ご満悦な表情のまま、銭湯に用意されていた椅子に腰かけながら、風呂上り極上の一杯にありつくことができた。




──一方その頃、ライアー達は!




「アラ~」


洗体熊ウォッシュラクーンの三助……案外悪くねぇな」

「ううむ。心なしか、肌が輝いているな……」

「これいいですね~。癖になりそうです……」


「アラ~」


 野郎共三人、三助アライグマさんに身も心も洗われていた。




 ***




──〈金字塔きんじとう




 アヴァリー教国を拠点とする冒険者であれば、一度は耳にする迷宮の名。


 現在確認されている出入り口は、おおよそ人が立ち寄らぬであろう深い森の奥にポツンと構えた古い石造りの門、唯一つだけ。

 しかし、門を潜れば様子は一変。

 上層階は至って普通の洞窟のようだが、ある階層より内部は不自然なほど美しく整備された光景が広がっているとされている。


『まるで建造されてから時が止まっているかのようだ』──立ち入った者の多くは、そう語った。


 そして、迷宮は今や──。




「はいはい! 迷宮攻略に必要な道具を揃えてるよ~!」

「傷ついた時のポーションはいかがかね~!?」

「困った時の巻物スクロール! お安くしとくよ!」




「なにこれ」


 聖都を発ってから馬車で数日。

 道中何事もなく、無事迷宮前に辿り着いた俺達冒険者を出迎えたのは、お祭り騒ぎに似た喧騒が止まぬ屋台と露店の列だった。


「なんか……あんまり聖都と雰囲気変わらないね」

「まるで迷宮都市だな」

「迷宮都市って、迷宮からの出土品とかで運営されてる、あの……?」


 ベルゴから出てきた単語にアスが反応する。

 まあ迷宮都市の意味合いとしては間違いではない。迷宮とは宝の山だ。迷宮にしか存在しない魔物、植物や鉱物といった素材、何より太古のお宝……価値のある物は山ほどある。

 中でも、素材やお宝が長期的に採集可能、あるいは需要が見込める場合は、迷宮周囲に町が出来上がることもある。


 ゲームでも、そういった迷宮都市はいくつか存在した。

 そして、決まって迷宮都市はレベル上げに便利なマップとして機能していたものだ。開発側からの『ここで経験値とお金稼いでね♡ でないと後で死ぬよ♡』というメッセージを感じた。(通算3敗)


 今回の場合、流石に町と呼べるほど立派な建物がある訳ではないが、それにしたって多種多様な店が出揃っている。


 だが、それ以上に目を引くのは──。


「らっしゃいらっしゃい! うちのたい焼きは絶品だよ~!」


 鯛が、たい焼きを焼いている。

 いや、正確には鯛の魔人がたい焼きを焼いていた。


「共食い……!」

「アータン。共食いではないぞ」

「たい焼きとはなんですか?」

「たい焼きはあれだよ。鯛の形に焼いた……モ……ポンモッ! ……モルペッゾョだ」

「モ゜ルペッゾョですか?」

「嘘だろ?」


 マインも発音できるのかよ。戦わずして完全敗北じゃねーか。


 両唇破裂音を使いこなし過ぎている裏切り者共はさておき、問題はあのたい焼き魔人だ。しかし、周囲には彼以外にも似たような魔人と化している人々が散見できる。


「あれが噂の魔人化の被害者……ですかねぇ?」

「そのようだが……自分の姿を宣伝しているようにも見えるな」

「商魂逞しいなぁ」


 そこに居たのは哀れな罪派の被害者ではない。

 魔人と化した肉体を広告塔にし、自らに合った商品を売りに出す商人たちの姿があった。


「全員、前を見て生きてんだなぁ」

「そうだね~」


『うおお! 今日が記念すべき俺達〈猪鹿蝶〉初クエストの日だ! 迷宮を猪のように進み、魔物を猪のように刺すぞぉー!』

『おぉー!』


「前だけ見てんなぁ」

「躁だね~」


 どうやら魔人化を機に、冒険者に転職した人間も居るようだ。

 魔人と化した分、体は強くなっているだろうが……まあ、危ないところを見かけたら助けてやろっと。


 あのような冒険者が居るように、この場は全体的にお祭り騒ぎで浮足立っている。迷宮特需恐るべしだ。


「なんだか王都とも違う人の多さだね。人酔いしそう……」

「大丈夫ですか? 大天使アタトロン」

「さしもの私も聞き捨てならぬよっ!?」


 マインが突然ぶっ飛んだあだ名をぶっこんできた。


 不意の一撃過ぎる。

 油断していた野郎三人は、もれなく鼻水を噴き出して膝を折った。おかげで迷宮入り前に膝を地面に強打した。


「だ……大天使アタトロンッ……!」

「マイン!? なんでそんなあだ名……いや、ライアーでしょこれ!?」

「あ、バレた?」

「〈光魔法ルクス〉!」

目ンがシャイニングァーーーーー!?」


 ぷんすこ怒るアータンの光り輝く手が、俺の鉄仮面を鷲掴みにする。そのまま俺の視界は眩い光に包まれ、真っ白に染まった。

 大天使の威光に網膜を焼かれ、俺は地面にもんどりうって倒れる。しかしアータンは馬乗りになり、俺の胸をポコポコ殴り続ける。


「また余計な嘘をマインに吹き込んで! 私はおこだよ、おこ!」

「落ち着けアータン。別に悪口でもないのだから……」

「そうですよ。いつものことじゃないですか」

「ママ騎士ナイト・ベルゴと不潔キックボクサー・アスもこう言っております」

「ママ騎士ベルゴッ!?」

「不潔キックボクサー・アス!?」


 特大の爆弾をさらに二つぶち込まれ、世はまさに大混沌時代。三人からの殴る蹴るの暴行(痛くない)を受け、最後にはマントで全身を覆われて拘束された。


「いやいや待て待て誤解だ! これは俺だけの責任じゃない! なあ、マイン!?」

「はい。これはあくまで全員の意見を統合した結果です」

「統合した結果がアレなの!?」


 成程。全て的を射た結果だな。


「皆さんより意見を収集した結果、アータンについて『天使みたいないい子』。ベルゴにつきましても『真面目な騎士』『母のような包容力』。アスについては『信心深い』の他、『不潔と言いながらお尻に蹴りを入れる』といった意見が大多数だった為、前述の通りまとめさせていただきました」


 思い当たる節しかないような面々が、膝を折って崩れ落ちた。特にアス。スーリア教の作法にはない五体投地を明後日の方向に行っている。

 ……あ、『ボクサー』ってもしかして『牧師』と掛かってる? 接尾辞の『er』ってギルシン世界でも有効なんだ。


「ほ~ら見てみなさい! 俺悪くないでしょ~!?」

『はい……』

「褒めたのに悪口に受け取られちゃうだなんて。ねえ、マイン!?」

「はい。嘘と小ボケが分かりにくいライアー」

「切腹しもす」

『待て待て!』


 俺は、静かにヴァニタスの柄に手をかけた。

 だが、すぐさま制止に入ってきた三人に止められた。


「やめろ、止めないでくれ!」

「ライアー! 誤解だから! ねっ、マイン!?」

「はい。その通りです」


 俺が三人に羽交い絞めされている間に、マインは淡々と真実を告げる。


「皆さん、全員が互いを互いに好印象を抱いているようでした。ライアーにつきましても『優しい嘘吐き』『ああ見えて努力家』『人を見捨てない』等、多くの美点が上げられていました」

「お前ら……俺のこと大好きかよ……」


「好きだよ」

「割とな」

「そりゃあもう」


「Chu……♡」

『うわっ』


 皆からのラブコールに投げキッスで応えたら引かれた。解せない。

 しかしながら、あまりにも鋭すぎる舌刃より放たれたあだ名分の傷は癒せた。ああいう言葉の刃は、身構えていない時と相手ほど深手を負うからね。その点、マインから浴びせられた刃の切れ味は凄かったよ、もう。首の皮が一枚繋がったってとこか……。


「にしたって急にどうしたんだよマイン? 人のこと聞いて回るだなんて」

「アータンに身近なところから勉強してみようと提案されました」


 なるほどな、それでか。

 それで俺が『嘘と小ボケが分かりにくい』と評される羽目になったのか。


 では、俺からも一言。


 うん、道理。

 心当たりしかない。謝れと詰め寄られた場合、俺は幼子のように泣き喚きながら額を地面に擦り付けることしかできない。それくらい因果応報の自覚はあった。


 ごめんよ、皆。

 今度からもうちょっと分かりやすくするよ。


 そんな風に俺が自省している間にも、


「皆さん、全員が互いに好印象を抱いておりました。常に行動を共にする理由はそこにある。そう強く感じました」

「ふーん」

「どうでしょう? 間違ってないでしょうか?」


 なんというか、小学生の自由研究報告でも聞いている気分だ。

 マインもマインなりに、俺達を理解しようとして努力している空気がひしひしと伝わってくる。ここまで旅路を共にした仲として実に喜ばしい兆候だ。


 けど、


「半分正解ってとこだな」

「半分?」


 正解とも不正解とも言い切れない中途半端な答え。

 マインは小首を傾げてしまっているが、俺だって俺なりの考え──“主義”を抱いている。ここは一つ白黒つけたいマインにそれを伝授して進ぜよう。


「『好きだから』──それもまあ一緒に居る理由だろうな。けど、世の中には好きでも一緒に居られない人達だって居るんだ」

「好きでも一緒に居られない? 何故ですか?」

「そりゃあもう色々だな」


 生き別れてたり(アータン)、生き別れてたり(ベルゴ)、生き別れてたり(アス)……ヤダ、うちのパーティーって生き別れる人達ばっかじゃない。


 という感じにだ。


「俺達は一緒に居たくても傍に居ない──そんな相手を探す為に旅をしてる。つまり、目的が同じだから一緒に居る訳だな」

「目的……」

「けど、好きじゃない相手と冒険はなぁ」


 別にこれはウチに限った話ではない。

 パーティーとは基本的に気の合う連中の集まり。ビジネス目的のドライな関係でもそうだが、馬が合わなければどこかしらで亀裂が入る。そのままパーティーが空中分解からの解散……ならまだいい。世の中には、悪感情を拗らせて刃傷沙汰に発展したパーティーもあった──ので、何度か間を取り持った。


 あれはヒリヒリしたぜぇ……!


「で、どうだ?」

「どうだ……とは?」

「マインは俺達のこと、好きになれそうか?」


 過去の経験からパーティー仲が良好なのに越したことはない、それが俺の持論だ。

 当然、最近加入したばかりのマインにも当てはまる話であり、彼女なりにウチのパーティーを気に入ってくれているといいのだが……。


「……まだ、正直、分かりません。ですが」


 頭の中の言の葉を、一つずつ摘まみ上げるように話すマイン。

 その様子を全員が固唾を飲んで見守る。全員だ。しかも密集しているせいで、左右をベルゴとアスの雄っぱいに挟まれた俺は万力に締められるような圧迫感に襲われていた。だが不思議と居心地は悪くない。むしろ安心感さえある。


 いや、俺の居心地はいいんだよ。

 悪いと思ったことなんて一度もないんだから。


 肝心のマインは、熟考に熟考に重ねていた。

 微動だにしない身体は、まるで時が止まっているように錯覚させた。しかし、それを再開させるのも彼女だった。


「離れよう……そう考えたことは、ありません。思いつかなかった以上、好ましいと感じているのではと推察──」

『マイン~!』

「わっと」


 最前列と同時に堰も担っていたアータンが飛び出したことで、後ろの俺達も必然的にマインの下へ飛び出した。後はそのままにハグだ。マインのちんまい体を全員で優しく抱きしめる。


「ト~ゼン、俺達もマインのことが大好きだぜ! BIG LOVE……」

「妹みたいでカワイイもん、えへへっ!」

「素直なのは良い事だ。たとえオマエが何であれな」

「そうですよ~。隣人は愛すものですからね」


 そして、全員で頭をナデナデだ。

 アータンを撫でて培ったテクニックに掛かれば、どんなボサボサ頭だって数分後には天使の輪が浮かぶさらさらヘアーに早変わりよ。


「……ありがとうございます」

『カワイイ~』


 無表情のまま撫でられていたマイン。

 心なしか緩んでいる口元は、気を許してくれた証拠だろうか。たとえそれが俺達の願望が見せる幻視だとしても、それが幻視でないと確信を得られるまで努力するだけだが。


「え~、皆さん! 大変長らくお待たせいたしました!」


 ふと、晴天に清々しい声音が響き渡る。

 これは聖都の騎士団詰所でも聞いた声だ。


「遠路はるばる聖都からご足労いただき、誠にありがとうございます! 進行は〈鬼の涙ラクリマ・ラルウァ〉副団長、タマモが務めさせていただきます!」


 相も変わらず狐面を被った溌溂とした女騎士・タマモ。

 本日も木製メガホン片手に声を張る彼女に、荒くれ共の集まりである冒険者は地響きのような大歓声を轟かせる。


 これよこれ、冒険者はこうでなくっちゃ。


 お祭り騒ぎなお国柄に負けぬ、年中大騒ぎする冒険者の集会だ。

 表面上は明るく装うとも、どこか魔人化事件の影を感じさせていた空気。その暗雲を吹き飛ばす活気と熱気が、ここには集っていた。


 高まる熱気を全身に浴び、満足げに頷いたタマモ。

 彼女は八重歯を覗かせるように口を開け、続く言葉を紡ぐ。


「依頼は単純しんぷる! 金を掘って掘って掘りまくる、これに尽きますのです! 迷宮には恐ろしい魔物が棲み付いておりましたが、ご安心を! すでに勇敢な冒険者様の手により討伐されております!」


 つまりは『安全の担保は取れている』という意味だ。

 まあ、かと言って魔物が一匹たりとも居ないはずもない。


「多少の魔物なら腕っぷしがご自慢の冒険者みなさまなら返り討ちにできるでしょう! そうでない方々は魔物を避けてツルハシを振れば良し! 皆様が手に入れた金が、大勢の人々をお救いするのです!」


 今回のメインはあくまで採掘。

 金なりなんなりを掘りまくった者が勝者となり、魔人化の被害者の救世主となる。つまり、富と名声と力──までは言い過ぎかもしれないが、前者二つは手に入れられるって寸法だ。


「な、なんだかドキドキしてきたねっ……!」

「ふふっ、アータン。武者震いとは、其方も武士よのぅ」

「知らないライアーが出てきた」


 拙者、武者ライアーで候。


 という冗談はさておき、名声が高まれば必然的に名が売れる。

 すると、俺達が探し追い求めているアイベル達──もとい本物勇者の下まで名が届く。生き別れた妹なり知人なりの名前を聞けば、流石に向こうもこちらを探し出すだろう。そうなったら後は流れで再会感激抱き合い涙! ……だろう。多分ね。


「さあ! 今から採掘に必要な道具や巻物を配布致します! その後は順次、準備の出来た方から迷宮へ──」

『副団長!』

「ムムッ!?」


 まさに今から、というタイミングだった。

 ビクンッ! と肩が跳ね上がったタマモは、簪代わりに髪留めに使っていた巻物を手に取った。どうやら声はあそこから聞こえるらしい。


「団長絡みなら放置して良し! それとも別件ですか!?」

『はい! 迷宮下層より大量の魔物が出現! 上層──此処に向かって進行中です!』

「下層から? ……詳細な数は!?」

『優に百は超えているかと……!』

「……これは」


 おや? なんだか雲行きが怪しくなってきた。

 会話が俺達冒険者にも聞こえていたせいで、周囲が先程とは違う理由で浮足立っている。さっきまで明るい顔を浮かべていた連中も、途端に不穏な、あるいは剣呑な空気を身に纏い始めた。


 それからタマモがやり取りを終えるまで、一分と掛からなかった。

 振り返る彼女の顔にお客様向けの笑みはない。そこにはすでに騎士の凛然たる面持ちが湛えられていた。


「──只今より、聖堂騎士団副団長タマモの名にいて、ギルドに代わって冒険者の皆様に緊急依頼くえすとを発令致します!」


『緊急クエスト……?』

『緊急って……じゃあ、採掘はどうなんだ?』

『そもそも内容ってなんだよ……』


「内容は、迷宮内部より溢れてくる魔物の討伐──大侵攻すたんぴーどの阻止です!」


 『大侵攻』──またの名を『スタンピード』。

 何らかの理由により大量発生した魔物が、人里に侵攻する危険性ありと判断された魔物の大群を指す言葉。


 大侵攻となる群れの規模は地域によってまちまちだが……あの狐っ子の表情を見るに、相当数居ることは察しがつく。


 それこそ、この場に居る戦力を総動員させなければならぬほどの──。


「腕に覚えのある方は我々と共に迷宮内部へ! それ以外の方は、居残りの騎士と共に地上を守護してください!」


『う、嘘だろ!?』

『いきなり大侵攻食い止めろったって、準備が……!』

『そもそも魔物はどういう相手なんだ!?』


「大侵攻を食い止められなかった場合、迷宮近辺の村や里に甚大な被害が出ることは必定」


 どよめく冒険者達を前に、タマモの凛とした声が通る。

 それだけで動揺していた者達の半分は平静になり、残る半分もタマモの声に耳を傾けた。


「……何としてでもここで食い止めます! ──続け!」

『うおおおおっ!』


 どこからともなく聞こえる太鼓の音。

 ドンッ! と空に轟いたのは、太鼓の音か、はたまた冒険者の大音声か。不思議と奮起させられるような太鼓の音色はその後も延々と続いていた。何かしらの魔法だろうか?


 けどまあ、ぶっちゃけそっちはどうでもいい。


「……お~い」

「なあに?」

「お前ら、腕に覚えはあるか?」


 反応してくれたアータンから順に、ベルゴ、アスと視線を移していく。


「……ちょっとは!」

「騎士団長程度にはな」

「〈六魔柱シックス〉とやり合った程度には……ですかね」


 最高かよ。

 ちなみに俺は〈四騎死メメントモリ〉と〈六魔柱〉を撃破した経験アリ、と。履歴書に書いたらどこに行っても採用してもらえるくらいの実績だ。


 こんなにも心強い経歴持ちが、果たして他にこの場に居るだろうか?(反語)


「よしっ。……マインはどうする?」

「ワタシは……」


 だが、マインだけは違う。

 マインも一応戦えなくはない。〈錬金魔法〉は使えるし、体も頑丈だ。しかしながら記憶の抜け落ちた少女を大侵攻という修羅場に送り込むのは、流石のライアーさんもどうかと思う訳よ。


 けれど、見つめた玻璃の双眸は揺らぐことはなかった。


「ワタシも行きます」

「大丈夫か? 迷宮ン中、大分ヤバいと思うぜ?」

「それでも」


 そっと胸に手を当てるマイン。

 そこで動いているのは心臓か、歯車か。はたまた──。


「ワタシは、アナタ方と離れたくない」

「……」

「恐らく……今のワタシは、そう感じているんだと……思います」

「……マイン~!」

「んむっ」


 嬉しいことを言ってくれちゃうマインを思わず抱き寄せてしまう。


 ああ、俺の中の愛が留まるところを知らない!


「おい、死ぬ気でマインをお守り隊! 準備はできてんな!?」

『おお!』

「大侵攻だか何だか知らねえが、うちの末妹には指一本触れさせねえぞ!」

『おお!』


 その気持ちはアータンやベルゴ、アスの三人も同様だったようだ。

 全員が全員、全身から炎を迸らせている。ってか、全身から噴き出す魔力が揺らめいて、まるで炎のように錯覚させているのだ。


 告解せずとも罪度Ⅱに至るとは……皆やりおる。


「……」


 斯くして結成された『マインを死ぬ気でお守り隊』。

 当人を余所に盛り上がる俺達を呆然と眺めるマインはと言えば、


「……フッ」


 零したのは、溜め息か。

 はたまた、笑みの方か。



 ***




「……感じる」


 一面黄金の世界に、は佇んでいた。

 壁に床、天井に至るまでもが重厚な輝きを放っている。が、それ以外には何もない。


「戻って……」


 強いて言えば、寝台のような台座ぐらいだ。

 台座に腰かけるが譫言のように低い声を紡げば、ピシリ、とその白い肌に亀裂が入った。


 零れ落ちた破片は、黄金の床の上で細かく砕け散った。

 だが、次の瞬間にはひび割れた肌に黄金のが入る。金継ぎにも似た修復を施したの足元は、少し窪んでいた。


「来たな──


 口角が吊り上がる。


 必然、裂ける唇の奥が覗く。

 どす黒い口腔と鈍く輝く黄金の歯列。


 また、ピシリと亀裂が入った。

 その度に黄金の侵食は広がる。


 奪って、埋めて。

 奪って、埋めて。


 は、そうやって出来上がったのだから。


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