第122話 贋作は鍛冶師の始まり




「う、う~ん……?」




 良くはない目覚めだ。

 重い瞼を擦りながらアータンは身を起こした。その際、掌に触れた慣れない感触に、自然と視線がそちらの方を向いた。

 今まで寝泊まりした部屋ではあまり見たことのない床──確か『畳』と呼ばれる、土足専用の床であると、昨晩ライアーから聞いた記憶を思い出す。


 同時に昨日の出来事も──だ。


(そうだ! 確かここは……)


 時系列順に思い返そう。


 自分達はまず溺れた人を救うべく船から降り、暴れ狂うクラーケンと開戦。

 予想以上に手強い相手に元々乗っていた船に向かうのは危険だと判断し、そのまま獄卒島に向かったのだ。


 しかし、その道程も並大抵のことではなかった。


──クラーケンが爆炎を噴いたり。

──アスが濡れ透けにされたり。

──クラーケンが大渦を起こしたり。

──アスが粘液塗れにされたり。

──クラーケンが金属化したり。

──アスが触手責めされたり。


 兎にも角にも大変だった。本当に。

 さて、問題はそこからだ。無事獄卒島に上陸して一安心……そう思った矢先にアータン達は予想だにしていなかった不運と遭遇してしまった。

 それが今、彼女がこうして畳が敷き詰められた牢獄──座敷牢に閉じ込められている発端でもある。

 眠気もすぐさまどこかへ飛んでいき、アータンは厳重な鉄格子を掴み、座敷牢の外を見渡す。


(皆は──!?)




「──でさぁ、その子なんて言ったと思う?」

「なになに? なんて言った?」

「『だからちょっと叩いてみたんだけど……』」

「ダハハハハッ!!」




「私の痴態が流布されている!?」


 身に覚えのある話だ。

 ここが座敷牢でなければすかさず駆け付け拳の一発でも叩き込んでやるところだが、生憎と目の前の鉄格子はか弱い少女がどうこうできる代物ではない。

 かと言って魔法も、腕に嵌められた魔道具のせいで使えない為、いよいよあの鉄仮面の口を塞ぐ手段は存在しなかった。アータンは絶望と羞恥の余り、鉄格子におでこを打ち付ける。


「あっ、アータン起きた」

「おっ、もしかしてあの子が?」

「カツオ叩いた子」

「カツオッ……叩いた子……ッ!」


「笑いものにされている!?」


 捧腹絶倒。

 文字通り腹を抱えて笑う看守は、アータンを指差して床に蹲っていた。余りにも笑い過ぎる余り頬は上気し、全身が赤らんでいる。

 だが、看守が赤らむ理由はただ笑っているからではない。彼の額から突き出る二本の角が、全身真っ赤な体色の由縁を周囲に知らしめていた。


「では次はオレだな」

「ベルゴさん?」

「これはつい最近の話なのだが、オレ達は港町にあったそば屋に入ったんだ。そこでアータンはわんこそばを頼んだんだが、いざわんこそばが着いたかと思えば、アータンは何故かがっかりしていてな。その理由を訊いたら……『ワンコが運んでくるかと思ってた』と」

「ベルゴさん!?」


「「アヒャヒャヒャヒャ!!」」


 何故だか知らないが別の座敷牢に閉じ込められているベルゴも語り始めた。しかもよりにもよって話題は変わらず自分アータンのままだ。

 そして、変わらず鉄仮面と赤鬼は大爆笑。座敷牢中に反響するくらい笑い声を上げていた。


「なんで!? なんで私の話ばっかり!」

「あっ、次はわたし行っていいですか?」

「アスさんも!?」

「珠玉のアータンちゃんのネタがあるんですよ~」

「アスさん!? もうやめてぇー!!」


 神は死んだ。

 それからアータンは心の中で両手の立てた中指をクロスさせ、ファッキュークロスを組み上げるのであった。

 数分後、ようやく談笑が終わった頃にはアータンの顔は顔面赤面真っ赤っかとなっていた。


 愧赧きたんのアータン、愧赧アータンである。


「穴があったら……入りたい!」


「ひーッ! 駄目だ、面白ぇ……!」

「どうだ、俺の鉄板ネタ? まだまだネタはあるぜ?」

「ネタはあったのにタタキは無かったな」

「たしかに」

「「アハハハハ!!」」


「ルゥァイアーーーッ!」


 アータンは激怒した。

 かの軽佻浮薄な嘘吐き鉄仮面を罰さねばとならぬと決意した。具体的には小脇を小突いたり、食卓に出てきたおかずやデザートを少しばかり強奪したりといったような制裁を下すのだ。なんと恐ろしい制裁なのであろう。


「あー、笑った笑った。こんなに笑ったの久しぶりだよ」

「そりゃ何よりだ。じゃあ、そういうことでここから出してくれない?」

「自然な流れで無理難題」


 からから笑う赤鬼は両腕を交差させ、バッテンを作る。決してファッキュークロスではない。したらば戦争だ。


「ちぇ、駄目か~」

「悪いな。こっちも仕事でよ」

「だそうです、ボス。大人しくするのが吉そうですぜ」


「えっ? なんで私に振るの?」


「へぇ~、この子があんたらの頭領なのか……なるほどな」

「謂れのない警戒を向けられた気がする!?」


 鉄仮面の無駄な余計な一言のせいで、何故か自分がパーティーの頭領扱いにされてしまった。しかし、どこのご家庭であっても末っ子が一番家庭内で幅を利かせていると考えるならば、実質末っ子なアータンが頭扱いであっても間違いではないだろう。


「ま、少しの辛抱だ。大人しくしといてくれよ~?」


 そう告げる赤鬼の名は『シャクドウ』。

 ライアーやアータン達がそれぞれ個別に囚われている座敷牢を監視する看守の役割を担う鬼──正確には鬼人族の魔人だ。


 溺れた鬼人を救出した後、獄卒島に上陸するまでの間にアスが恥辱の限りを尽くされたところまでは前述の通りだ。

 しかし、一行にとってはその後の方が危機だった。

 上陸した彼らを出迎えたのは数多の鬼人。

 そう──獄卒島とは今や地上には存在しないと思われていた鬼人の里であったのだ。あれよあれよという間に一行が連れて来られたのは、侵入者を閉じ込めておく牢獄──よりもちょっとばかり待遇の良い座敷牢だった。


「身内の恩人を閉じ込めておくのは心苦しいが何分時期が悪ィ。騒ぎが収まるまで身の潔白を証明する意味でも、ここで食っちゃ寝しといてくれ」

「と言われても……」

「ほれ。今日の朝飯は藻塩を効かせたタイの握り飯と磯汁だ」

「わーい!」


 座敷牢に閉じ込められても尚、食欲は衰えず。

 まさに豪胆アータンである!


 そうして舌鼓を打つアータンであったが、食事が終わればすぐさま気づく。


「あれ? もしかして今、何もすることがない?」


 正確に言えば何もできることがない。

 アータンを含めた四人全員、魔法が使えぬようにと魔封じの腕輪を嵌められている。これでは何かあった時に魔法や〈罪〉を発動することができない。

 しかし、それ以前の問題として暇つぶしの道具がないのだ。牢に閉じ込められている以上、武器や私物は没収されてしまっている。


 着の身着のままの牢獄生活だ。スーリア教国での出来事が思い出され、アータンの顔からはサァッと血の気が引いていく。


「ちなみにいつまでここに……?」

「どうだろうなァ? 長くなったら一か月くらいか?」

「い、いっかげつも……!?」

「そういう訳だ。まあ、暇つぶしに最近生まれたばかりの猫でも置いてくから遊んでくれや」


『ナ~ン』


「にゃんこ!」


 だがしかし、そこへ思わぬエントリー!

 白と黒、そして三毛猫の赤ちゃんがアータンの座敷牢へと突撃する。まんまとフワフワ毛玉の包囲網に取り囲まれたアータンは、間もなく恍惚の表情のままに撃沈した。


「あぁ、幸せ……」

「クソッ! 三匹ともアータンのとこに行っちまった!」

「三匹だけでは一人一匹でも一人余る計算……その為にオレは朝飯の焼き魚を少し残しておいた!」

「あっ、ずるいですよベルゴさん!? 約定違反です!」


 暇を潰す、あるいは子猫に暇を潰される側である囚人共は、子猫と戯れる権利を巡って醜く争う。それを見ていたシャクドウは『お前ら仲が良いな』とケタケタ喉を鳴らしていた。


「じゃ、おれは見回り行ってくっから。お互いの為だ、問題起こすなよォ~」

「ナ~ン」


 子猫の返事を背に受けて、シャクドウは座敷牢から去っていった。


「……さてと」


 それを見計らい動き出す鉄仮面がここに一人。

 座敷牢の中でゆらりと立ち上がったライアーは鉄格子の近くまで歩み寄る。


 そして──。


「……暇だし恋バナでもする?」

「ナ~ン」

「『Nonダメ』か……」


 あえなく提案は却下された。

 却下した当人──否、当猫はアータンの膝の上で香箱を作っている。そんな子猫が居るとは言え、一か月の牢獄生活は中々に気が遠くなるものだ。


「一か月かぁ……何があったんだろう?」

「説明しよう!」

「ライアー? なんで外に……なんで外に居るのッ!?」

「〈もう一人の自分アルター・エゴ〉」

「ああ……」


 登場、解説、納得。

 ここまで約五秒の出来事であった。


「ちなみにこのライアーは?」

「分身の方」

「本体が捕まってる!?」


 現在進行形で座敷牢に閉じ込められている方が本体であった。デジャブ──スーリア教国の聖都テンペランでも、たしか本体が捕まっていたはずだ。


──こういう時、普通本体を逃しておくべきじゃね?


 仲間から批難の視線が集まるライアーは、肩身が狭そうにする。

 だが、冷静に考えてみれば新たな分身アルター・エゴを出せるのは分身の方だ。万が一の場合、人手が必要になった時の為に分身を温存することは間違いではない。


 しかし、


「クククッ、まんまと捕まるたぁ無様だな、本体おれ。感謝の言葉は?」

「ありがとうございます……!」


 敵は己の中にあり。

 というか、己そのものであった。


「上下関係できてる」

「同じ人間なのに……奇妙な光景だ」

「考えさせられますね」


 分身に土下座する本体。

 自分に土下座する自分。

 まるで、日夜本能と理性で戦っている人間の内心を表すかの如き光景だった。これには流石の三人も憐れんだ。


「ねえ、分身ライアー……その辺にしておいてあげなよ……」




「おらよ。馬と馬車を港町に分身と置いてくついでに、魚の干物買ってきてやったぞ」

「ありがとうございます……!」




「意外と仲良かった」


 そりゃあ自分自身だもの。

 分身から干物を受け取ったライアーは、早速引き千切った身を餌に子猫を誘き寄せる。乾物にまっしぐらな子猫、まさに猫乾まっしぐらであった。


 集まっていた子猫を奪われたアータンは『にゃんこ~!』と悲鳴を上げる。

 しかし、悲しきかな──子猫はすっかり乾物に魅了されていた。


「これが、これが資本主義の縮図……!」

「難しい言葉を知っているな、アータン」

「ただの猫の餌やり風景ですよ」


 閑話休題。


「さて、皆が捕まってる理由を知りたい~?」

「知りた~い!」

「元気なお返事ありがとう。なんでもこの里の宝がなくなっちゃったみたい!」

「宝ってな~に~?」

「詳細な物までは分からないんだ! けど、それがなくなったせいで里中ヒリついているみたいなんだな~!」


 ちなみに、ここまで全てライアー同士の会話だ。いっそわざとらしい解説にしか聞こえてこないことを除けば、要点はかいつまんでいる。


「なんですか、それ! とんだとばっちりじゃないですか!」

「まあまあ。逆立ち指立て伏せでもして落ち着け」

「余計頭に血が上るじゃないですか!?」


 だが、アスはそのまま逆立ちして指立て伏せを始めた。俊敏かつ流麗な動きだ。一朝一夕では為せない肉体鍛錬の光景は芸術的であった。視界的に邪魔であることを除けばだが。


「──まあ、要は俺達が閉じ込められたのも、犯人が俺達だって決めつけられない為だろ」

「う~ん。余計怪しまれる気もするけど……」

「ま、宝が見つかれば無罪放免なんだ。それにもしもの時は俺がどうにかする」

「なんて心強い言葉」

「最悪俺が全員の脱獄を手引きする」

「なんて心強い言葉」


 実績(という名の罪状)がある男の台詞が言うと違う。

 誰もがうんうんと頷いた──まさにその時だった。


「!」

「どうしたの、ライアー?」

「誰か来る」


 人の気配を感じた瞬間、分身のライアーが一瞬にして消失する。

 それから少しすると通路の奥より何者かの足音が響き渡ってきた。


──看守が戻ってきたのだろうか。

──もしも今の会話を聞かれていたら。


 誰もが平静を取り繕う中、四人に見える位置まで何者かがやって来た。

 その人物とは、


「普通の……人?」

「……邪魔するぞ」


 拍子抜けした声を漏らすアータン。

 彼女を一瞥するのは、長いボサボサとした金髪を後頭部でまとめた女性であった。王都では見ない珍妙な服装をみにまとった彼女は、小脇に布に包んだ何かを抱えていた。

 誰かに訊かれるより前に包んだ布を広げる女性。

 その中には全員が見たことのある剣や杖──もとい、ライアー達の武器が新品同然の艶を放っているではないか。


「この剣、アンタ達のだろう? 海水に浸かったようだから手入れしてやったぞ」

「イリテュム~~~!」

「おお、オレのコナトゥスも!」


 武器とは繊細だ。魔物を一体斬っただけでも、後できちんと手入れをしなければ刃はなまくらと化す。それが血や脂、ましてや海水に浸かったともなれば尚の事。

 内心気が気ではなかった武人であるベルゴも、丁寧に手入れされた愛剣を見るや、鉄格子越しに深々と頭を下げる。


 それを見た女性は一瞬だけ口角を吊り上げ、そして。


「……ところでだが、この……イリテュムって言ったか?」

「俺の剣がどうした?」

「どこで手に入れた?」


 問うというよりは、問い詰めるような語気の強さ。

 空気が一変する。質問を投げかけた女性の目も、投げかけられたライアーの目も鋭い眼光を放っている。


 イリテュムは腐っても罪器。世間一般の冒険者や鍛冶師からすれば、喉から手が出るほど欲しい魔道具だ。

 しかし、ライアーは何かを悟ったようにクツクツと喉を鳴らした後、鉄仮面の奥の瞳をニヤニヤと細める。


「……王都の店だ」

「製作者は?」

「シムロー」


 刹那、女性の瞳が見開かれた。

 驚愕や動揺といった感情が、彼女の揺れる瞳に如実に表れていた。


 しかし、頭を振って気を取り直した彼女は深呼吸をしてから口を開いた。まるで、これが最後の質問だと言わんばかりに。


「……一つだけ訊かせろ」

「おう。なんでも答えてやるよ。答えてもいいことだけな」

「なんでこの剣を選んだ?」


 彼女の声は震えていた。

 今にも泣き出しそうな声で、イリテュムの柄を握り締めていた。鞘と鍔が触れてカチャカチャと奏でられる音は、平静では居られない彼女の荒波立つ心そのものだ。


「簡単だ」


 しかし、ライアーは一刀両断する。


「勇者の剣を手にしてみたかったからだ」


 ハッと息を呑む音は、彼女の喉から漏れ出たもの。


「そんな夢の為に、こいつは魂込めて打たれたんだ」


 そこまで告げられた時、彼女はダランと項垂れていた。

 力なく……文字通り脱力だった。


 それは呆れか失望か。

 もしくは長年の確執が解かれた気の緩みからだろうか。


「……そうか」


 分かった、と。

 まるでなんとか絞り出したかのように掠れた声を紡いだ女は、イリテュムを鞘に納め、出口へと向かっていく。


「……アンタ達が牢から出られるよう、オレが掛け合ってやる」

「いいのか?」

「掛け合うだけだがな」


 ぶっきらぼうな口調だが、ほとんど赤の他人同然の間柄であることを思えば破格の申し出だ。ライアーを含めて去り行く背中を引き留める者は誰一人として居なかった。



「あの人って……」

「ハハッ、一体誰だろうな~?」


 わざとらしい声色を紡ぐ鉄仮面。

 その奥に浮かんでいる双眸は、ジッと見つめてくる少女の目線から逸らされていた。


 少女は、はぁ、と呆れたように溜め息を吐いた。




 ***




「──族長、失礼します」

「……おぉ、フェルムか。どうした?」

「客人の件についてです」


 襖を開ければ、畳が敷かれた広間の奥で鬼人が一人盃を傾けていた。

 黒光りした角を二本生やし、年季が入った刀の如く鈍色を放つ肌は、張り詰めんばかりの筋肉で押し上げられている。

 常人ならば一目だけで気圧される。それほどの威圧感を放つ鬼人を前に、フェルムと呼ばれた女は臆することなく歩み寄っていく。


「意外だな。手前ェは鍛冶以外にゃ見向きもしねェとばかり思っていたが」

「こいつを」

「ほォ」


 族長と呼ばれた老齢の鬼人の前に、一本の剣が置かれる。

 それはフェルムが座敷牢で取り出した武器の一つ──もとい、罪器イリテュムであった。まじまじと見つめていた族長は、酒気を含んだ息を吐いてから、鞘に納められていたイリテュムの刃を抜いて観察する。


「……悪くはねェ。若いモンの差料にゃちょうどいいだろう」

「とんでもねえ」

「あァ?」


 己の意見に異議を唱えるフェルムに、族長の声色も一段低くなる。

 しかし、すぐさまイリテュムを奪い取ったフェルムはと言えば、血走った眼を湛えてイリテュムの鍔を指差した。


「ここんとこ! それっぽく色が塗られていやがるが全ッ然違う! 明星の聖剣ってのは日の光に晒した時、緑閃光の眩い緑色から鮮烈な紅色の階調の光沢を放つのが特徴的なんだ! でも見てくれよ!? これはただそれっぽい色の金属を使っただけ! 緑閃光もクソもねェ!」


 捲し立てるような反論。

 これには族長も『お、おぉう』と逆に気圧され、彼女の熱弁の聞き手に回るしかなくなっていた。


「そもそもここの装飾! 手掘りだがなんだか知らねえが仕事が雑なんだよっ! 左右非対称ってどうなんだ!?」

「……くくくっ」

「……なにがおかしいんだよ。オレ、おかしいこと言ってるか?」

「いやァ……手前ェがそこまでお熱になるたァな」


 喉を鳴らし、族長は再び盃を呷った。

 ブハァ、と酒気を含んだ熱い吐息は、同じ部屋に居るだけでも酔っぱらいそうだ。


「……なんか思い入れでもあんのか?」

「いや……」

「手前ェの嘘は顔に出る」


 酒の入った瓢箪を傾ける族長は、再び酒が満ちた漆塗りの盃を覗き込んだ。

 そこには己の顔が反射している。だが、何も人間を映し出すのはそればかりではないというだけの話だった。


「──刃には人の魂が出る」


 語り口は静か。

 しかし、熱を帯びていた。


「そいつを打った鍛冶師。そいつを振るう所有者。どっちの魂もだ」

「刃は鏡、か」

「この刃に曇りはねえ」


 族長から奪い取った刃を見つめるフェルム。

 そこには自分の顔を──何より、この刃を磨き上げた“漢”の面影を見出していた。


 なまくらの贋作とはてんで違う。

 拙いなりに丹念に磨き上げられた刃。掛けられるだけ時間を掛けて彫られた装飾。贋作は贋作でも、この一振りには本物を打とうとする熱意がこれでもかと感じ取れる。


「奴らは『金時きんとき』──〈強欲の勇者〉マモンの剣を盗んじゃあいねぇ」


 鏡とは真実を映し出すもの。

 ならば、鏡同然に磨き上げられた刃も同じだ。


 武器を打った者の熱意も。

 武器を扱った者の誠意も。


 刃には人となりが現れるのだ。




「親父が打った、この剣に誓って断言する!」




 だからこそ彼女は──鍛冶師シムローの娘フェルムは言い切るのであった。

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