22話目 罪の傷跡

「第一の剣」"調和"を司る剣、ルミエル。

人々は"穢れ"を拒絶し、調和と共に文明を築いてきた。


「第二の剣」"解放"を司る剣、イグニス。

蛮族は"穢れ"を取り込み強靭な肉体と特異な能力を得て繁栄した。


弱い力を束ねることで得た大いなる力と、圧倒的な力の許に集った数多の力。

ラクシアの歴史は、この二つの力の、大いなる力比べの歴史と言えるだろう。


しかし、忘れてはならない。

人族の心は弱く、その魂は容易に"穢れ"と結びつく。

それだけではなく、異界の住人......"魔神"の甘言によりラクシアには新たな脅威が蔓延っている。


世界を歪め"孔"を開ける侵略者。

魔法文明デュランディル時代の負の遺産を、我々は許してはならぬ。



───とある魔人使いの手記より








すっかり暗くなった街並みを歩く3人の冒険者と放浪者ヴァグランツ、小さな少女がいた。

その顔には全員どこか疲れがあった。

疲労が抜けきれていない者、寝すぎて体がだるい者、情報が多すぎて脳の処理が追い付いていない者、受付嬢にもみくちゃにされた者......そしてストレスで胃を痛めている者だ。


「まぁ、色々あったけど、今回の件で報酬金にはたっぷり色を付けて貰ったし、リべリスも全員無事で結果オーライってやつかしら。」


「おらぁ、妖魔がトラウマになりそうだぜぇ.....。暫くは依頼はやりたかねぇな。

まぁ、俺らのパーティ名が決められたのは嬉しかったがな!」


彼らは、ギルドからフォージアヘッズ前進する者達というパーティ名を頂いた。

レベッカの父は、3人が所属している冒険者ギルド支部〈軌上の鉄獣〉の現役時代のチームがフォージズ成し遂げる者達というパーティ名だったことからそれを引き継いだものだ。


フォージアヘッズ前進する者達ですかぁ。良い呼び名ですね。でも暫くはちょっと依頼から離れたいです....。」


「俺も正直弓の技術向上に専念したいっスね。換金物で懐にはかなり余裕が出来たし暫くは冒険に出ずとも豪華な生活が出来そうっス。」


「アタシも、あのゴブリンにまともなダメージを与えれなかったし、鍛え直したいわ....。まぁ、でもそれはもう少し後でもいいんじゃないかしら?だってもうすぐでしょ?」


「ん?なんかあったか?」


「ハッ!! これだから田舎者は! 明後日はキングスフォール三史祭の一つ──天誅祭だろうが!!!」



お祭り好きで知られるキングスフォール。月に一度はどこかで祭りが開催されるという生粋の祭り好きの都市だが、特に有名なのが歴史上の重大事件を記念して開かれる三史祭だ。

その一つ、明後日に控える11月5日の天誅祭は、このキングスレイ共和国の建国記念日であると同時に魔法文明デュランディル時代に民から恐れ憎まれる“享楽と暴虐の狂王”ザークルセスを民衆の手で討ち取った記念日でもある。この地がキングスレイ王弑の国キングスフォール王が斃れた地と呼ばれることとなった切っ掛けの日でもあることから、その祭りの規模も伺えるだろう。



「そういえば旅行パンフレットにも書いてありましたね....。リベリスちゃん、お祭りですって!!

実は私、村の豊穣祭くらいしか経験したことなくて.....楽しみですね!!」


「おまつり?しあわせ?」


「きっとそうですよ!」


「アタシとサーマルも豊穣祭くらいしかお祭りは経験したことないから楽しみね。」


「今は懐が潤っているからな!!! パーッと使うか!!!

プリマ様、もしよろしければ俺と巡りませんか?」


「いいですね。キングスフォール出身のペプシさんなら色々詳しそうですし。」


「俺らも同行していいっスか? 街に来てからグランドターミナル駅しか観光はしてなかったので、教えて欲しいっス。」


「しあわせ!しあわせ!!」


「しゃ~~ねぇ~~なぁ~~!!!! 俺様が完璧なエスコートで最高の祭りを楽しませてやんよ!!! 」


(ペプシ、結構頼られるの好きなのね....。)


「しあわせ!!あまい!!ふっどころす!!!」


「今この子とんでもないこと口走らなかったッスか!?」














「もうプリマとリベリス誘拐すルのが早くネェカ?」


「さらっととんでもないこと口走らないでよ。二人とも冒険者ギルドの近くに住んでいるんだから騒ぎにでもなったら僕ら殺されるよ?」


見張り砦内のゴブリンローググレムリンカイは、積荷の上で雑談をしていた。内容は勿論先日の襲撃についてのプリマの所業である。


「二人ともサボってないで荷造り手伝いなさい。早くここを引き払わないといつ冒険者が来てもおかしくないんだから。」


「だが、暫くは暴走した妖魔が時間を稼いでくれそうだがな。フッドも数を減らすだろう。」


ある程度の重量があるものはローグが運び、その他はゴーレムにやらせていたのだが、単純作業に飽きた二人はこうして雑談に興じていた。そこに三角巾を被ったメデゥーサルア・レプティが仮面を外し大きなマスクを付けたフッドインテゲルと共にやってきた。三角巾からはみ出たレプティの髪の蛇は、顔部分が埃だらけでせき込むようにうねうねと動いている。


「とはいっッテもよォ。マジでプリマはどうスルつもりなンダ?冒険者として人族ニさセタままニするノカ?」


「本人としてはきっと不可抗力なんだろうけどね。逃げる時罪悪感で苦しそうだったし。」

「いや、あれはただ走るので苦しかっただけじゃない?」


「的確にフッドの居場所を私に教えてくれた。裏切り者と断罪するのは時期尚早だろう。」

「それも、あなたの復讐心を利用しただけじゃない??」



「......ソウいヤ、次の拠点ハ決まッテいるノカ? 避難先とシテ近くの遺跡に荷ヲ移してハいるガ、何時までモ居レないイダロ?」


「一応複数は見繕っているけど、状況次第ね。冒険者が漁って旨味のない遺跡を候補としてるけど、三史祭中にキングスフォールが何所まで冒険者や私兵を出動させるか未知数だし。」


「一先ずは、この妖魔の大暴走スタンピートが終わるまでは身を隠し、数日は遺跡暮らしだ。ここら一帯は殲滅したし、遺跡付近のフッド狩りが楽しみだな。」


「身ヲ隠す気あンノカ?」


「とはいえ、避難先はどれも街からは遠い箇所だし.....そうするとプリマから話を聞ける機会は限られてくるね。」


「そうねぇ.......なんにしても本人から聞くのが手っ取り早いわね。

よしっ!!! 妖魔の大暴走スタンピートが終わったら私たちも行きましょうか、“鉄道の都”キングスフォールに。」


一行は荷車に荷物を詰め込み、夕日が沼に沈むようにゆっくり見えなくなろうとしていくなか、妖魔一行はニンブルドラゴンアルムを走らせるのであった。















夜、街の宿にて。

「あ、お帰りなさい! レベッカさんとサーマルさん、今日は遅かったですね!」


 扉につけられた鐘がカランカランと音をたて、奥から彼女がこの宿の看板娘であるリカント熊耳の少女がパタパタと走って来た。


奥ではキッチンで食器の片付けをしているこの宿の主人がちらりとみえる。

主人は元は冒険者であったが、娘が生まれ引退をし、ギルドと連携をして宿屋を開いているのであった。

新人冒険者にも優しく朝夕の食事を格安で作ってくれ、冒険者ギルドの朝早くの依頼張出しに間に合うよう朝食の手配もしてもらえるありがたい宿だ。

冒険者は名誉ランクが低いものは社会的地位もなく曲者揃いの為、こうして戦闘経験のある元冒険者が適任なのだろう。ペプシと同じくリカントの能力を活かしたしたグラップラー拳闘士だったようだが、手数で圧倒するペプシとは違い投げを主体とした戦い方だったようだ。


「まぁ、依頼先で色々あって....ギルドから事情聴取を受けてたの。」


「夕食はその時差し入れを貰ったので大丈夫っスが、明日の朝食の手配はお願いするっス。依頼を捜すわけでもないので時間が落ち着いたらでいいッスよ。」


「はぁ~~い。では、7時半位ですかね。わっかりました~~!!」

ニコニコと元気よく返事をした看板娘は鍵を手渡し奥へと去っていった。


 そしてアタシは先に部屋へと入る。室内は簡素ではあるもののそこそこ広く、置かれた二つのベッドは羊毛による特別な物。


 私達はギルドから紹介されずっと泊まっているが、本当にぐっすりと眠る事が出来きありがたい限りである。

ギルドでシャワーを浴びれたため、身体を桶でササッと拭き寝巻に着替えドアを内から二度ノックする。


「ん、着替え終わったか。んじゃ、俺も身体拭きたいし出てってくれ。」


「はいはい、早くしてよね~。」


アタシとあいつサーマルは同じ部屋で止まっている。村から出てきたときは金銭的余裕もなかった為仕方なくだ。本当に仕方なく、だ。もちろん、ベッドはダブルではなくツインだ。


年頃の男女が一つ屋根の下どころか同室なのはどうとか思われるかもしれないが、こちとら小さい集落の同年代。小さい頃は同じ風呂に入れられてたし、もはや今更である。

.....いや、とはいえ全く気にしない訳ではない。が、あいつにそれを言ったところでもっと成長してから出直せを笑われる事だろう。

この間とか、「アタシが小さい頃さ~」と言ったら「今日の話か?」とかほざいてきやがった。

あ、ダメだなんかムカついてきた。

その時、ノック音が聞こえ、着替え終わったのだと分かり中に入る。


「.....なんで不機嫌そうな顔してんだよ。」


「そんなことないわよ。」


「いや、眉間に皺寄ってるぞ?」


「そんなことないって。」


「いやいや、鏡をm「そんなことない!」....アッハイ。」


訳分らんとかブツクサ言うサーマルをチラリとみる。サーマルはヨレた古着を着ており、普段は襟が高い服を着て隠している首から顎にかけて走る深い傷痕が露わになっている。......あの傷跡は、アタシの両親が戦死した蛮族襲来の時に負ったものだ。


当時アタシ達は11才頃。50近くの蛮族の群れに、前線に立つには肉体も、技も、精神も....全て足りなかった。両親は、他の子や村長のいる避難場所にアタシをいれ、何かあったらお前が守れと笑って頭を撫でてくれ、扉を閉めた。


──────それが、生きた父さんと母さんを見た最後だった。


暫くして戦闘の音が鳴りやみ、扉を開けるとむせ返る様な臭気が辺りに漂っていた。

負傷者の血と全員の汗の臭いが混じり、奇妙な臭気を醸し出していたのだ。


大声を出して半狂乱になりながら父さんと母さんを捜しに行こうとするアタシを他の皆は必死で止めた。「まだ、外は危ない」「残党が残っているかも」─────煩わしい全員を押しのけアタシは防壁近くに走った。きっと、いつものように豪快な笑みの父と穏やかな母がアタシを抱きしめてくれると、そう思って。


でも、父さんと母さんは動かなかった。父さんは全身に矢を射られ、お腹から内臓が飛び散っていた。お母さんは、魔法をくらったのか肌が焼け爛れていた。

そして、茫然として虚脱の状態となり一歩も動けなくなってしまった。

そんなアタシに、撤退が遅れたレッサーオーガが襲いかかってきた。あれだけ大声を出したのだから当然見つかるだろう。

迫りくる魔法を、アタシはそのまま見ている事しか出来なかった。


─────しかし、その時横からの衝撃でよろけ、魔法は直撃しなかった。

それがサーマルが庇ってくれたと気づくのに、少し時間がかかった。


そこからのことはよく覚えていない。レッサーオーガがどうなったのか、サーマルがどう助かったのかも。

ただ、アタシは両親の最後の約束を守れなかった。だから、あの傷跡はアタシの罪そのもの。だからサーマルは普段は襟の高い服を着て隠しているのだ。


「ねぇ、サーマル。」


「なんだよ、イライラしたりしおらしくなったり忙しいやつだな。」


「えっと、その....」


「......あぁ、急にしおらしくなったと思ったらそういうことか。隠した方がよかったか?」


「いや、そうじゃなくて.....その、今回の冒険でも全然アタシ活躍出来なかったし、あれから成長てるのかなぁって.....えへへ、変なこと言ってごめん!もう寝よっか。」


「成長してるに決まってんだろ。それに、羊牧場でも今回でもお前が前線でしっかり押さえてくれたおかげで俺は怪我無しだ。」


「.....うん。」


「安心しろよ。それにこの傷跡もお前を守れたという勲章みたいなもんだ。プリマさんと買って貰った服で明後日はこの誇らしぃ~勲章を見せびらかすつもりだったんだぜ?」


「なにそれ。普段は隠しているくせに。」


「そりゃ、あれだ。普段から見せびらかしたら勲章の価値も落ちるだろ。」


「....フフッ、そうね。そういうことにしておいてあげる。」


「おう、そういうことにしておいてくれ。そんで、これからも俺らを守ってくれ。」


「えぇ、それが両親との約束だもの。」


「そんじゃ寝るか。寝ないと身長も伸びないし、明日には疲れを取って万全な状態で祭りを楽しまなきゃな。」


「むう、アタシがドワーフ低身長だからってすぐそういじる。

 ....それじゃあ、おやすみ、サーマル。」


「あぁ、おやすみ。」



まぁ、身長いじりの件は今回は許してやろう。そう思い私はベッドに横になる。

今日はいい夢がみれそうだ。

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