帰還

気がつくと、私は元の新幹線に乗っていた。周りには数人の乗客が座っており、不安そうな目でこちらを見ている。車内は再び現実の空気に包まれていた。


女性の乗務員が、「お客様、大丈夫ですか?」と真剣な顔で聞いてきた。手には携帯電話と救急箱が握られている。息を整え汗を拭う。平静を装いながら、「大丈夫です、ちょっと疲れていて」と答えた。


嘘でもなんでもよかった。ただ、この現実に戻れたことが何よりも嬉しかった。乗務員はしばらく心配そうに見つめていたが、私の言葉を信じ頷いた。周りの乗客たちも安心した様子で視線を外す。私は心の中で「本当に良かった」と何度も繰り返していた。


目的の駅に着き、ホームの椅子に座り一息つく。突然、左手に激しい痛みが走った。持ち上げると左手がみるみるグローブのように腫れてきた。痛みが激しく指を軽く曲げるのも辛い。


急いでタクシーを拾い病院に向かうと、左中手骨の粉砕骨折と診断された。その場でギプスが巻かれ、左手を三角巾で吊るすことになった。さすがにこの姿のまま出張先に行くわけにも行かず、急いで会社に連絡する。


電話の向こうで上司が散々心配してくれた。そして出張は中止となった。さらに、この手では仕事ができないとのことで、急遽一ヶ月の休みを頂いた。「出張先には俺が謝っておくから」と言ってくれた上司の言葉がありがたかった。


病院を出てタクシーで帰宅すると、家の中は静まり返っていた。ギプスで包まれた左手を見つめながら、これからどう過ごすかを考える。少なくとも一ヶ月は安静にしなければならない。その間に、心も体も休めることができるだろうか。


ベッドに横たわり、今日の出来事を振り返る。新幹線での恐怖、痛み、そして上司の温かい言葉。すべてが混ざり合い、頭の中がぐるぐると回る。疲れ果てた体を休めるために、ゆっくりと目を閉じた。

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