第20話:夢と家庭・真野邦康視点

 偶然とは恐ろしいもので、翔子と明菜ちゃんは同級生、クラスメートだった。

 車椅子で通っている高井隆志もクラスメートで、翔子を子ども食堂に連れて行ってくれた事は聞いていたが、明菜ちゃんともクラスメートだとは思ってもいなかった。


 白髪稲荷神社子ども食堂の住所は柏原市だ。

 本当なら八尾市に住む俺たちは区域が違っている。

 それなのに、黒子さんたちは全く意に介すことなく迎えてくれる。


 俺も毎日朝晩通うようになって、明らかに八尾の子の方が多いと知った。

 面積も人口も八尾市の方が柏原市よりも圧倒的に多い。

 だからといって、柏原市にある子ども食堂に八尾市の子が多いのはおかしい。


「そんな事を気にしていたのかい、おかしい事も不思議な事もある物か。

 人が多ければ事情のある子も増える。

 田舎よりも都会の方が心に闇を抱える事が多くなる。

 八尾市の近くにあれば、自然と八尾市の子が増えるのは当然さ」


 黒子さんは、いとも簡単に言い切るが、決して容易い事ではない。

 事情のある子供や親を助けていれば、何かと役所に係わる事もある。


 型枠大工でしかないが、それでも役所に届ける書類が必要になる事もある。

 翔子を引き取った時にも、とんでもない数の書類を書かされた。

 ちょっと間違っただけでも、何度も何度も書き直させられた。


 役所勤めをする連中の、融通の利かなさは殴ってやりたくなるほどだ。

 子ども食堂だけではやれない事を、役所に申請する事もあっただろう。

 黒子さんたちは、昭和の半ばからそんな事もやり続けていたのだ。


 黒子さんたちなら、全部力技で押し通したのかもしれない。

 あるいは、力技を使うしかなかったから、鉄火肌の女将さんになったのか?


「おはようございます、少し遅いけど昼ご飯食べさせて」


 昼過ぎなのにおはようと言う、水商売の人が入って来たって、郁恵さんか?!


「あれ、邦康さん、お久しぶりです」


「久しぶりですね、元気になられたようで、何よりです」


「ありがとうございます、凄く元気になりました。

 黒子さんたちだけでなく、明菜ちゃんにも怒られて目が覚めました。

 まだ時々無意識にがんばっちゃうんですが、その度に明菜ちゃんに叱られます」


 郁恵さんが朗らかに笑う。

 

「はいよ、ゆっくり食べるんだよ」


「ありがとうございます、黒子さん」


 郁恵さんの前に俺と同じ定食が出された。

 今日は午前中に仕事が終わったので、翔子がお手伝いした料理ではない。


 学校のある平日の昼なので、子ども食堂にいるのは大人がほとんどで、保育園にも行けない小さな子が6人、小上がりで遊んでいるだけだ。

 

 黒子さんが出してくれた定食は、主菜が手羽元のチキンカレーだが、望めばチキンメンチを乗せてくれる、副菜は温野菜のサラダと定番のピクルスと糠漬けだ。


 保育園にも行けない小さい子供でも食べられる甘口のカレーだが、大人は辛味を加えるパウダーがもらえる。


「う~ん、美味しい、この甘いのが懐かしいわ」


 郁恵さんにはこの甘さが懐かしい美味しさなのだろうが、俺には甘過ぎた。

 パウダーをしっかり振って丁度良い辛さにしなければ完食できなかった。

 常連さんたちも辛味パウダーをたくさん振って食べていた。


「黒子さん、チキンメンチお替りください」


「はいよ、今日は同伴で食べなくて良いのかい?」


「うん、もう同伴は止めたの、自分の店は持ちたいんだけど、明菜ちゃんがまだ小学生だし、急いで店を持たない方が良いと思ったの」


「そうだね、無理に同伴する事はないだろう。

 それに、郁恵はキャパクラよりも小料理屋の方が向いているんじゃないかい?」


「えええええ、私料理なんかできないよ」


「その気が有るなら幾らでも教えてやるよ。

 今は色んなキャパクラがあるようだけど、筋の悪い客が来るのが心配だ。

 お守りは渡してやれるが、中途半端な奴には通用しないからね」


 筋の悪い客除けのお守、女将たちはどんだけ力を持っているんだ?!


「そうだよね、筋の悪い客に目をつけられるのは怖いよね。

 私も施設で育ったから、質の悪い人間の話はたくさん聞いているよ。

 私1人ならどうにでもなるけれど、今は明菜ちゃんがいるもんね」


「柏原なら面倒な奴は少ないけれど、店が繁盛するほどの客がいない。

 八尾市の繁華街の方が店は流行るけれど、筋の悪い客が多い。

 割烹でも小料理店でも高級ラウンジでもいいから、行儀の良い客が来るような店を目指した方が良いよ」


「う~ん、本当に私にそんな店ができる?」


「人間が本気でやれば、大概の事はできるようになるよ。

 どうしても庶民的な水商売がしたいのなら、ボディーガードができるような旦那さんを見つける事だね」


「五郎さんたちのような、気は優しくて力持ちの男を探すの?」


「なかなかいないけれど、全くいない訳ではないよ」


「ちょっと無理かな、私ダメンズ好きだから」


「たった1人、駄目な男を好きになったくらいで決めつけるんじゃないよ。

 初めて好きになった男が、たまたま女好きのダメンズだっただけだよ。

 次に好きになる男が、糞真面目で融通の利かない事もあるさ」


「できればそんな男の人は遠慮したいな。

 働き者で、好きになった女の人に一途な男の人ならいいけれど、融通が利かない人は好きになれないと思うわ」


「五郎も融通が利かない頑固者だけれど、好きになれないかい?」


「五郎さんなら好きになれるかも?」


 全く会話に入れない、もう帰ろうかな。

 常連の男性たちは何も気にせずにコーヒーを飲んでいるけれど、俺は聞い良いのか悪いのか分からなくて、居たたまれない。


「邦康さん、あんたも他人事ではないんだよ。

 両親の愛情を知らないどころか、親戚縁者から傷つけられて育った子は、愛する事が苦手になる場合があるんだ。

 まして2人ともシングルマザーとシングルファーザーだ。

 新しいパートナーを探すのにとても不利なんだ。

 愛する人ができたとしても、その人が良い人とは限らないのが人生だ。

 あんたたちの目が届かない所で、子供たちが虐待される可能性もある」


「そんな心配はいらないわ、明菜ちゃんが一人前になるまで誰も好きにならないわ」


「俺もだ、俺も翔子が一人前になるまで誰も好きにならない」


「郁恵、そんな事ができるのなら、あんたは健吾さんを好きになっていない。

 愛する人との間に生まれた子供に、自分が得られなかった愛情を、たくさん注いで育てるのも夢だったんじゃないか?」


「……それはそうだけど……」


「何度も言って悪いけれど、あんたたちのような育ち方をすると、恋愛下手になる。

 優しくしてくれた人に依存してしまい、何でも言う事を聞いてしまう事がある」


「その話は施設を出る時にも言われた、黒子さんたちにも言われた。

 でも健吾さんは、優しくされたから好きになったんじゃない、と思う」


「好きになるのはいい、恋心は大切にしたらいい。

 だが、自分たちの弱点はしっかり覚えておきな。

 そして、好きな人ができたら、必ず相談しな。

 邦康さん、あんたもだよ」


「え、俺もですか、俺も相談して良いんですか?」


「腹が立つだろうが、はっきり言っておくよ。

 私たちは子供が虐待されるのが許せない、できるだけ助けたい。

 同時に、恋する気持ちも大切だと思っている。

 愛する人ができて、翔子ちゃんや明菜ちゃんが重荷になる可能性もある。

 そんな時は私たちが引き取ってやるから、預けに来な」

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