第1章〜初恋の味は少し苦くて、とびきり甘い〜⑫

 針太朗しんたろうは、続けて次の封筒を手に取る。

 パステルピンクのその封筒からは、かすかに桃の香りと思われるフレグランスが漂う。

 

 生徒会室から図書館に向かう途中、(少なくとも針太朗しんたろうの認識では)急に身体をぶつけてきた中等部の女子生徒の名前は、西田にしだひかりと言っただろうか?


 封筒を手渡される前に、一応の面識があったクラスメートや生徒会長とは違い、彼女との出会い方と、この封筒を渡されたシチュエーションについては、警戒心が薄いタイプである針太朗しんたろうですら疑問に感じる程だったし、保健室で養護教諭の幽子から、リリムに関する話しを聞かされたあとは、その疑念がより深くなってはいたが……。


(北川さん達の手紙は読んだんだし、あのコが渡してくれたのも読んでおかないとな……)


 律儀な性格の彼は、怪しさを感じながらも、年下の女子生徒が手渡してきた封筒を慎重に開封する。


 中には、北川希衣子きたがわけいこのモノよりも、さらに丸みを帯びた可愛らしい文字が綴られていた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 お兄ちゃん へ


 ひかりが渡したこのお手紙を読んでくれたということは

 アナタは、ひかりの運命のお兄ちゃんです


 ひかりは、いつか、運命を感じるヒトと出会ったときの

 ために、世界一かわいなるための努力をしています


 世界一のカワイイをめざして、ひかりは動画の配信も

 しているので、チャンネル登録よろしくね。

 

 そして・・・

 

 もし、お兄ちゃんがまだ運命のヒトと出会ってないなら

 ひかりに、お兄ちゃんのはじめてをください


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


(こ、これは、なんというか……)


 年下の中学生ということを差し引いても、クラスメートや年上の生徒会長に比べて、自己主張というか、圧の強さを感じさせる内容である。


 最近では珍しいことではないと言っても、動画配信を行うほど、自己PRにチカラを入れているだけのことはある。

 

 さらに――――――。


 何度も繰り返される『運命』という言葉からも、思い込みの強そうな性格が感じられる。


(女の子らしいというか、確かに可愛らしい文面だけど……)


 下手に断りを入れたら、恨まれたりはしないだろうか――――――?


 針太朗しんたろうに、そう感じさせるほど、西田にしだひかりが書いた手紙からは、彼女の個性の強さがあらわれていた。

 そんな下級生のことを考えて、彼は、小さくため息をついたあと、最後に受け取った封筒を手にして、ジッと見つめる。


 淡い緑色の封筒からは、ほんのわずかにライムのような柑橘類の香りが感じられる。


 裏側のシールを慎重に剥ぎ取って中を確認すると、便箋には、生徒会長の奈緒に負けないくらい、美麗な文字で文章が綴られていた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 針本 さん


 突然、手紙を差し上げてしまい、驚かれたことでしょう

 

 まず、この文面に目を通して下さったことに感謝します


 図書館では、偶然を装って出会ったふりをしましたが…


 私は、昨日の入学式で一目見たときからあなたのことが

 頭から離れなくなってしまいました。


 あなたと大好きな本のことを話せたことは、私にとって

 夢のような時間でした。

 

 また、今日の様にあなたと語り合うことができたら…

 

 明日も、図書館で、あなたの来訪を待っています。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 文章に目を通し、全文を確認したところで、針太朗しんたろうの背中には、ふたたび、冷たい汗がしたたり落ちる。


(初対面なのに……彼女は、どうしてボクが読書好きだと知ってたんだ?)


 南野楊子みなみのようこが手紙に書いた内容によれば、針太朗しんたろうとの出会いは、偶然を装って、図書館で待ち伏せをしていたということだが……。

 それも、彼の趣味が読書であること、図書館の蔵書を細かく確認するほど、世に出回ることの少ない稀少本きしょうぼんに興味を持っていることなどを知っていなければ、行動に移すことなど不可能なハズだ。


 彼女は、いったい、どうやってボクの趣味を知ったんだ……?


 保健室で、安心院幽子あじむゆうこに、リリムの生態について聞かされたことで、その疑問に対する恐怖心は、より大きなモノになる。


 だが――――――。

 

 それ以上に恐ろしいのは、リリムが、人間のたましいを喰らう瞬間の映像を目にした現在いまですら、南野楊子みなみのようこの書いた文面に心惹かれてしまっている自分の感情だ。


「あなたと大好きな本のことを話せたことは、私にとって夢のような時間でした。』


 と、彼女は文章にしたためている。


 この一文からも、楊子ようこが、針太朗しんたろうの趣味を事前に察知して、放課後の図書館での出会いを演出したことが想像されるが、その認識をもってしても、彼女が記した一言には、否応なく心を動かされてしまう。


 何より、大好きな本のことを話すことができて、夢のような時間を過ごせたのは、針太朗しんたろう自身の方だったからだ。

 彼には、異性はもちろんのこと、同性にすら、古い純文学やSF小説のことを語り合える友人はいなかった。


 その貴重な相手が、まさか、人間の恋心こいごごろを主食にする魔族だとは……。


(だけど…………)


 彼女と、もっと、本について語り合いたい――――――!


 そんな抗いがたい欲求と戦いながら、針太朗しんたろうは、翌日、四人の女子生徒に対して、手紙を書いてくれたお礼と、どのように彼女たちの申し出を受けいれることができないという旨の返答を伝えようかと、頭をひねる。


 彼は、しばらく、考えたあと、ありがたいことに、リリム対策に関する協力を申し出て、メッセージアプリのアカウントを交換していた女子生徒と連絡を取ることにした。

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