各位、これより異世界転生が始まります

こなひじきβ

第1話 あなたのお子さんは転生者です

 現実では冴えない人生だった自分が、異世界で思わぬ才能を発揮して無双していく物語。

 右も左もわからないけれど能力がチートになった俺が、世界の常識を覆してしまう物語。

 前世の記憶を思い出した私は、迎えるはずだったバッドエンドを回避して幸せになる物語。

 勝手に呼ばれたのにも関わらず無能扱いされた俺が、底辺から成り上がる物語。などなど……。


 異世界に転生したら報われたという話は、創作において発想の源泉であり読者にも希望を与えうる存在となっている。これからも次々と生み出されていく事だろう。


 しかし、そんな物語を陰から支える存在がいたとしたら、どんな感じになるのだろうか。これからのお話は、異世界転生が始まる世界へと先回りする主人公ディレクタが、創造主サクーシャより賜りし台本を登場人物たちに共有を行っていくというものである。



 舞台はとある辺境伯邸、緑豊かな自然に包まれつつも煌びやかさを損なわない豪華な家がそこにはある。当主であるユーステスの妻ユリアは、来たる出産の日に備えて休養をしていた。やや小太りで短めの髭を蓄えたユーステスはその様子を傍らで見守っている。


 部屋にノックの音が響き渡る。ユーステスが要件を聞くと、使用人から例の客人ですと返事が返ってきた。ユリアへ目配せをしてから当の客人であるディレクタが寝室に迎え入れられた。


「突然お邪魔して申し訳ありません」

「いやなに、あんたも大変なのだろう。君の事は噂には聞いているよ、……もしかするとこの近くで異世界転生が行われるのではないか、とね」

「はい、仰る通りです。明後日、遥か遠い世界よりとある男性の魂が、この世界の住人に魂を宿すのです」


 そう、この話は前世で冴えなかった男が死んだ後に見知らぬ世界へと転生を果たしたらチート能力で無双しちゃった、というものである。ディレクタの説明を聞いたユリアは、何かを察して不安な顔になった。


「ディレクタさんがここに来たという事は……はっ! その住人って、まさか……!」

「はい、貴女の生むお子さまが、転生者となるのです。こちらがこれから起こる出来事を纏めたものです」


 そう言ってディレクタは、二人に『台本』と書かれた書物を手渡す。内容の一部に目を通したユリアはショックを受け、ユーステスは激昂した。


「私が来月に出産する予定の子が、全ての属性魔法を無限に使えるチート転生者ですって……?」

「ありえん! 土魔法のみに特化して栄え続けてきた我が辺境伯家でその様な事があるはずない! ……おい貴様! どうしてこんなふざけた話になったんだ! 私たちはこれから誕生する次期当主を心から楽しみにしていたというのに!」

「申し訳ありません、これが世界の創造主であるサクーシャ様の決定なのです」

「そんな……」


 ユーステスは顔から血の気が引いて、膝から崩れ落ちた。顔を下に向けたままブツブツと呟き始める。

 

「馬鹿な……。それじゃあこれから産まれるのは一体何者なんだ……。本当の子かもわからない彼を、愛情を持って育てる事ができるのだろうか……?」

「ユーステス、落ち着きなさい」


 狼狽えるユーステスに、ユリアはビシッと一喝した。突然の声に体をビクッとさせたユーステスはユリアのほうへと顔を上げる。


「これから産まれる命は、どんな子であれ私のお腹から出てくる事に変わりはありません。ですから、どのような能力を持っていたとしても、この子は間違いなく私の子です」

「ユリア……。そうだな、私が間違っていた」

「ええ、私達の息子を立派に育ててあげましょう」

「ああ!」


 これまで供に辺境伯家を支え合ってきた二人は、改めて決意をした。どんなに個性的で何かをしでかしていくかもしれない息子であっても、我が子として育てていく事を家名に誓ったのである。

 


 ふと、その隅でひっそりと台本を確認していたディレクタがあ、と二人にある事を伝える。


「すみません。その子は呪いにかかっていると勘違いして森に捨ててもらわないといけないんですよ」

「貴様ぁーっ!? 人の心は無いのかぁーっ!?」

「大丈夫です! 捨て終わったらお二人の出番はほとんど終了です! 優しい性格の主人公なので報復もされませんからご安心を……」

「そういう問題では無いでしょう!? 誰かこの無礼者を屋敷から摘み出してちょうだい!」

「文句はサクーシャ様に申してくださーい! 私はこれで失礼しまーす!」

「二度と来るなー!」


 二人の逆鱗に触れてしまったディレクタは、要件は済んだので脱兎の如く部屋から飛び出していった。


 彼がやたら逃げ慣れているのは、ディレクタの仕事はいつも相手の反感を買う役目だからである。今回もディレクタは大きなため息をついてから、サクーシャに完了の報告をしに行くのであった。



 赤ん坊の頃から既に意識のあった主人公は、産んでくれた両親の行動は仕方が無い物だと割り切っていた。チート魔法を駆使して領地に影から貢献していき、両親と再会して共に裕福に暮らすエンドになったらしい。

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