第8話 祖父太蔵
田口は早速達也から聞き出した重要証言を元に、ひとつづつ潰して行こうと思い立った。
「凛は傲慢な女の子なので敵も多かったかも知れません。それは私にだけ見せた顔かも知れません。好きな人には優しかったと思いますが、嗚呼……それから……お母さんを事故で亡くしてますよね。それだって……色々あったみたいです。凛は小さかったので殆ど覚えていないようですが、両親に凄く可愛がられていたようですが、ある日を境に喧嘩が絶えなくなってしまった。それは凛が言っていたんじゃないのです。お姉さんだった養母から凛が聞いたんです。だから妹の凛のお母さんが耐えられなくて養母に話していたって事です」
「それで…なんて言っていたのですか?」
「夫清が最も愛した女性亜美と偶然会ってしまい、それで……相手の女性も懐かしくて何度か会ったらしいのです。こうして夫清が変わってしまったと、凛の母が養母に愚痴っていたみたいです」
そう……この魔性の女亜美をまず徹底的に調べ上げようと奔走する田口。
★☆
亜美とは一体どんな少女だったのか?
亜美は幼少期に父と母が離婚した事によって父に引き取られた。
それでは……どうして両親は離婚に至ったのか?
両親は高校時代から付き合い出して結婚した。高校時代の父誠はバレーボールのエースとして活躍していたので、女子の憧れ的だった。
だが、バレーボールの世界は厳しいもので、ほんの一握りしか日本代表として活躍する事が出来ない。
大学もスポーツ特待生で入学しており、父誠の将来には輝かしい未来しか待っていない。そんな夢と希望で一杯だった。だがそんな時試合中に「前十字じん帯断裂」で選手生命を絶たれてしまった。
スポーツ特待生というのは、各種大会で優秀な成績を収めるほか、大会で直接スカウトされたりして入学出来るのだが、誠は各種大会で優秀な成績を収めていたので特待生枠で大学に入学出来た。
だが、「前十字じん帯断裂」で選手生命を絶たれてしまった誠にはもう何も残ってはいない。バレーボールに全力投球するが余りに、学力がおざなりになっていた付けが回ってきた。
何と……学力がさほど芳しくなかった為か、あの時代就職者は金の卵と重宝がられ、就職は売り手市場(就職先が多い)と言われて勤め先は山ほどあったにも拘らず苦戦続きだった。
それでも…何とか自分の希望する薬品会社に就職する事が出来た。
誠が大学を卒業した1980年代前半は日本企業が破竹の勢いで世界を席巻していた 時代だ。ましてや大手家電メーカーは世界ランキングに6つの企業がトップ10に名前を連ねていた。それも……1位2位3位を独占している事も珍しくなかった時代だ。
残念なことにスポーツを優先して学業を疎かにしていた誠は、中小企業にしか就職出来なかったが、それでも…母洋子は夫誠を支え続けた。
父とは正反対で母洋子は成績優秀で国立大学を卒業して都庁の総合職として勤務していた。美人だった洋子は夫の不甲斐無さにとうとう我慢が出来なくなった。
そんな時に6歳下の同僚に告られ深い関係になり夫誠と離婚した。当然娘亜美の親権を望んだが不倫関係がバレて夫に親権が渡った。
父に親権が渡り新たな生活が始まったが、父が再婚した事によって生活は一変する。その相手というのが父誠が勤務している会社の社長の愛人との間に授かったの娘由美子だった。
その会社は従業員数242名「日の丸製薬株式会社」という会社だ。
医療機関・研究機関向け培地・診断試薬類の製造、販売ならびに輸出入の会社だが、中小企業といえども優良企業で業績をグングン伸ばしている企業だった。
何故誠が製薬会社に就職したのかというと、足首の捻挫 、指関節の捻挫、肩の捻挫や靭帯の断裂など、しょっちゅう怪我に悩まされていた誠は薬品に並々ならぬ興味を持っていた。
だから……たとえ中小企業といえども自分の興味のある企業を選んだ。これが妻洋子との亀裂の始まりだった。プライドの高い洋子はイケメンでスポーツ特待生の誠が何より自慢だったが、「前十字じん帯断裂」というアクシデントで選手生命を絶たれてしまった事によって夫誠に対しての不満が爆発してしまった。
あの時代売り手市場と言って、高度成長期が落ち着いて安定成長という事もあって、求人の数が多く、就活者や求職者が仕事を選べる状態だったにも拘らず中小企業に就職した誠に一抹の不安どころか、絶望を感じていたのは否めない。
こうして溝を埋められないまま洋子は目の前に転がっていた、さして格好よくもないそれでも…体裁を何とか維持できる6歳下の都庁総合職の男性と結婚した。
★☆
前文でも話したように、父に親権が渡り新たな生活が始まったが、父の再婚相手というのが父誠が勤務している会社の社長の愛人との間に授かった娘だった。何と社長令嬢という事になる。と言っても愛人の娘ではあるが優秀な女だった。
それでも…仮にも社長令嬢がよりによって何故こぶつき男と結婚したのか?
それが……この誠は一つの事に集中するタイプで、その甲斐あり新薬開発に成功した。こんな状況もあり社長と愛人も祝福してくれた。
だが、父と再婚相手由美子の間に子供が出来た事によって亜美は酷い仕打ちを受ける事になる。
「亜美!もう💢掃除してっていったでしょう?やってないじゃないの!」
「まだ小学3年生なら出来なくて当り前じゃないか、そんなこと言うなよ」
「あなた!そんなに亜美を庇いたいのであれば……今直ぐにこの家を出て行ってもらって結構です。私が父に報告しておきます。会社を辞めて出て行きましたってね?」
「……分かったよ。亜美ちゃんお母さんのいう事聞かなければいけないよ」
「だって……だって……手が届かなくて……」
「そんな言い訳しなくて結構よ!」
継母と連れ子の関係はいつの世も上手くいかないものだ。それでもだ……何故由美子はこんな小さい亜美に強く当たるのか?
それは亜美が生まれて来た自分の子よりも、遥かに可愛いのが気に食わないのだ。誕生した樹里亜は祖父の社長にそっくりのブスなので、亜美を見る度に悔しさとコンプレックスで居ても立っても居られなくなるのだ。
それと……やはり……亜美を見ていると、愛する夫誠が仮初めにも愛した女と愛し合った証が目の前にいるのだから、誠を愛していればいるほど、その愛の塊を見るのが耐えられないのだ。
それでも欠点だらけの子であれば元妻に勝てた誇らしさで、さして鼻に付かないのだが、意に反して亜美は高身長でイケメンの父と、知的な美人母洋子の良いとこ取りの超美人にして賢い少女だった。それが気に食わなくて仕方のない由美子。
亜美はこれでは家に居場所が見つからない。そこで考えたのが一番の権力者社長のおじいちゃん太蔵とそれにおばあちゃん美代子に、可愛がられるという事だと悟った。
★☆
亜美は義母由美子に虐められ行き場がなくなると、祖父で社長の豪邸が近所だったのでしょっちゅうお邪魔していた。また祖母美代子もどういう訳か亜美には優しかった。
それはそうだろう。愛人の娘由美子は仇も同然。自分の愛する夫を奪った女の娘だ。八つ裂きにしても済まないくらい憎い存在だ。だから子宝に恵まれなかった美代子は連れ子の亜美が可愛くて仕方がない。
由美子の悪口は蜜の味。何よりもの聞き触りの良い至福の時間となっていた。
「おばあちゃん、あの由美子が私を『掃除しろ!洗濯しろ!買い物して来い!』って……酷いの!」
「ふむふむ。やっぱり登紀子の娘だ。性悪だね。私がおじいちゃんにこっ酷く𠮟ってくれるように言って置くから心配しないでね」
「おばあちゃん私もおじいちゃんとこに行く」
それにしても何故ここまでおばあちゃんと仲良くなれたのか?
実は……そこには原因があった。実は……本妻の美代子おばあちゃんは子宝に恵まれなかった。この様な事情からおばあちゃんは愛人に全てを奪われる危機に瀕していた。それなので……それを阻止するためには、この亜美が重要な存在なのだ。
何ならこの亜美を次期社長に押したいくらいなのだが、まあ年齢的にもそれは少し無理はあるが……。
こうして亜美はおばあちゃんという強い見方を手にしていた。またおばあちゃんはよく亜美だけを社長宅に呼んでくれた。
そんな事もあり社長の太蔵は美しく賢い亜美をそれはそれは可愛がった。小中高と亜美は益々美しい少女に変貌していった。
月日は流れ……亜美が17歳で社長の太蔵は69歳祖母美代子は66歳。美代子は太蔵にこれでもかと由美子の娘ではなく亜美をプッシュしている。今では美代子は子宝に恵まれなかったので亜美が何より大切な、子供であり孫のような存在となっていた。そして……亜美も社長宅が何よりもくつろげる空間になっていた。
実は……自宅では由美子が実子の樹里亜可愛さにお金は腐るほどあるくせに
、お小遣いもまともに渡してくれない有様となっていた。それは亜美が絶対権力者の美代子おばあちゃんに可愛がられているという危機感から、この家から追い出すように仕向けて、母洋子の家に転がり込んでくれることを願っての行動だった。
でも亜美はすでに美代子おばあちゃんに助けを求める以前に、母の家に家出を決行していた。だが、母洋子は総合職で仕事が忙しくてそれどころではなかった。今のような携帯が普及する前の事だったので連絡も出来ず諦めていた。
こうして美代子おばあちゃんに救いを求めて鉄の結束となって行った。だが、落とし穴が待っていた。太蔵じいちゃんはこの年でも艶福家であった。お金がもらえない亜美は高校生だ。
友達の中にはお小遣い欲しさにパパ活に走っている娘も数人知っていた。亜美は年頃なのでお洒落もしたい。はやりのファッションや最新のゲーム機諸々に欲しいものだらけだ。
※80年代初頭にいわゆる援助交際を仲介する愛人バンクが登場し、パパ活は1985年頃から始まりました。パパと呼ばれる裕福な男性を客として、食事や買い物などのデートをして、その報酬として金銭を受け取る。80年代後半はテレクラ。
90年代はQ2ダイヤルなど電話を使ってコンタクトするのが主流だった。1996年には「援助交際」という言葉は流行語大賞にも入賞するほど世間一般に知られるようになった。
2000年代に入って携帯電話で誰でもネットが使えるようになってから出会い系が登場した。
「おじいちゃんお小遣いチョット用立てて欲しいんだけど……」
今までは亜美可愛さにホイホイお金を出していた太蔵だったが、亜美が高校に入学してからというもの、態度が変わって来た。
「亜美こっちにおいで!」
「何?」
「亜美良いかい?これは内緒だよ……亜美ちゃんのオッパイ一回につき1万円てのはどうだい?」
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