☆陰陽アイドル☆ と 物理担当プロデューサー
アーカイブシステム
上
ストレスだらけの現代社会。
人の負の感情、怨嗟。
それは普通の人間が考えているよりも強いエネルギーを持っている。
人口密集する現代都市において、その負の力はたやすく集まり、悪霊と呼ばれる存在となって、事故や災害を引き起こす。
そんな悪霊たちを、人知れず祓う者たちがいた。
詠呪と舞法で、闇を祓う者たち──古くは陰陽師と呼ばれた彼らは、現代において、別の形へと姿を変えていた。
歌とダンスで、光を振り撒く──陰陽アイドルである。
☆
早朝の都市を、大型トレーラーが疾走する。
運転席の呪測計がビービーと鳴った。
前方の大型交差点、あそこが今回の『会場』だ。
ハンドルを握るサングラス女がインカムに言う。
「ウォームアップは済んでるな? 突っ込むぜ。踏ん張りなよ」
少女の声が、低音質なドライブスピーカーから返ってくる。
『ハイいけますっ!』
『準備、万端』
『いつでも来いってかんじ~』
都市有数の大交差点だ。幅広い幹線道路を大量の歩行者が行き交っている。
とくに今は通勤通学ラッシュの時間帯。黒いスーツや学生服の人混みは、まるで蟻の大群がうごめいているかのようだ。
そんな交差点のど真ん中に、派手なトレーラーが突っ込み、急ブレーキで停まった。
同時に車載の大型スピーカーから、大音量のノイズが響き渡る。
通勤通学者たちにとっては、たまったものではない。なんだあの迷惑車両は? 耳が痛くなるほどの大音量、喧嘩を売っているのか? ただでさえ憂鬱な朝なのに。誰かアレをなんとかしてくれ。警察はなにをやっている?
人々の苛立ちが、波のように広まっていく。
それはただのイメージではない。かすかに黒い色をまとった波が、交差点に広がり、そしてどんどん濃くなっている。
負の感情が形を成しはじめているのだ。
黒い瘴気が満ち、まるで生き物のように蠢き始めたその瞬間……
陰陽アイドルの『ゲリラライブ』が始まった。
「みなさーん! おはようございまーす!」
バカッ とトレーラーコンテナが開くと同時。
元気溌剌な少女の声が響き渡った。
一瞬のうちにきらびやかなステージが出来上がっている。コンテナは移動型ステージだったのだ。
元気な挨拶は、巫女のような紅白衣装をまとった少女によるものだった。
清楚で活動的な黒髪。明るい瞳。ブンブンと健康的な手を振り、笑顔を輝かせている。
「お時間頂戴、お目汚し御免」
涼やかな声。二人目の少女だ。
口元からベールを降ろしていて、切れ長の目だけがのぞいている。
ピシリと整った純白衣装をまとい、美しく背筋を伸ばした姿は、見るだけで清涼感を覚える。
「まあ気楽に観て聞いて、楽しんでって~」
柔らかな声。三人目の少女だ。
眠そうな目、ウェーブがかった明るい髪。ゆったりとした衣装だが、ところどころ肌が露出しており、女性的な輪郭を際立たせている。それでいて人を癒やすような柔らかな立ち姿だ。
三人の少女は歌い始めた。
ゲリラライブだ。
歩行者たちは、苛立っていたことも忘れて聞き惚れる。
鳴り響く曲は、さっきまで流されていた雑音とは違う、洗練されたポップピュージックだ。
少女たちのパフォーマンスも良い。
明るいステップ。
瑞々しい歌声。
艷やかなダンス。
年若い少女たちによるライブは、生命力に溢れている。
まるで光り輝くようだ。
その光は錯覚ではない。さきほどまで大交差点にあふれようとしていた黒い瘴気が、今やすっかり無くなっている。
まるで光によって祓い散らされたかのように。
「どうも、ありがとうございました! 今日も元気にいきましょう! いってらっしゃい!」
突然はじまったゲイラライブは、突然終わった。
バタンとステージが閉じ、トレーラーが走り去っていく。
朝の通勤通学者たちは、夢から覚めたように歩き出した。
なんだったんだろう。最近売り出したグループかな。検索してみようかな。名前言ってたっけ? またどこかでやるのかな。
彼らは気づいているだろうか、憂鬱な気分が霧散していることに。
肩こりが消え、頭痛が引き、理由のない鬱屈としたモノがサッパリ消えていることに気がついているのは、この中に何人いるだろうか。
いつも通りの姿を取り戻した交差点。
さきほどまでそこにあった黒い瘴気は、跡形もなく綺麗に祓われていた。
☆
眠い。
だるい。
トレーラーの振動が眠気を加速する。
なにが嫌って、朝が早いんだよな、このゲリラライブ。
これがいちばん鬱屈した人間を多数相手にできる効果的な時間帯って話だけどさあ。
普通、陰陽師の仕事って、夜じゃないか?
闇夜の月の下、陣と術具を構えた術師が、
「オイ阿部ぇ、アクビすんな。アタシに伝染るだろうが」
運転席のヤンキーサングラス女が理不尽な文句を言ってきた。金髪黒ジャージ、サンダル履き。片腕でハンドルを操っている。
「うるせえ。俺の欠伸くらい受け止めろ」
「年増のアクビなんて邪悪だ。アタシに伝染るなんて許せん。呪い返ししてやろうか」
「欠伸がうつるのは、呪いとかじゃねえ。科学的な反応だよバカ。酸素足りてねえんだ。いっしょにたくさん欠伸しようぜ、ネギ。ふわああああ」
「やめろ! 結界! 喝ッ!」
ハンドルを握りながら叫ぶ女は、ネギ。俺の同僚だ。
見た目ヤンキーだし頭悪いし言葉も悪いが、こう見えて陰陽師だ。
霊能力こそ皆無だが、多彩なスキルを持つ有能女である。
なんせ今日のライブの曲とダンスを考えたのは、こいつだ。
あれはただのアイドルパフォーマンスではない。
陰陽師の術と舞をその中に織り交ぜた、呪力を持つ演舞。
流行りのミュージックとダンスの中に、正真正銘の陰陽師の技を織り込む技術は、誰にも真似できない高度なものだ。
陰陽アイドル。
それは現代における、陰陽師の姿。
かつて社会の裏で活躍していた陰陽師は、時が移ろうほど活動が困難になっていった。街のいたるところに監視カメラが置かれ、秘密裏に動きづらい。人は信心を忘れて科学信者ばかり。
だというのに、都市では人口密集のせいでどんどん瘴気が生まれてくる。
伝統的な陰陽師にとっては、動きづらいうえに過酷な都市部。
そこで考え出されたのが、陰陽アイドルだ。
瘴気の貯まる場所にトレーラーで突っ込み、瘴気を刺激して悪霊を集める。最初に鳴らすノイズは、複数の流派の呪言や御経をミックスした音だ。
そして若い女の陰陽師が、まとまった瘴気を一気に祓う。流行りの曲と踊りに呪力を乗せて。
それは最初はおふざけに過ぎなかった。本家の天才陰陽師がオタク趣味に目覚めた結果、お遊びで試された実験。
だがそれは予想外に絶大な効果があった。
歌と踊りを複合させた『アイドルパフォーマンス』は、アイドル文化が根付いた現代において、最も効果的に邪を祓う行為となっていたのだ。
アイドル3人は日本に数多ある流派から集まった、選りすぐりの若手陰陽師。
運転席の女陰陽師は、パフォーマンス考案からトレーラー設備の操作までこなす裏方のエキスパート。
一方、助手席に座る
『阿部さん! すみません後ろ来てください!』
「はいなんでしょうか、今行きます」
ドライブスピーカーから助けを求める声。
俺は助手席から後部ハッチを抜け、コンテナに移動。
コンテナは展開型移動ステージであり、閉まっているあいだは簡易な生活スペースにもなる。
そこには3人のアイドル陰陽師がいる。
が、余計な人間もひとり、居た。
「ぎゅわあああん、皆かわゆぃいいいねえええ、ぺろぺろしたいお!!」
キ、キメエ。
今どきめずらしいくらいのキモオタ。人類が想像するそのまんま100%の典型的なキモオタだ。
「すみません、ステージ配置から戻してたら、この方がいつのまにかいらして!」
「珍妙、来客」
「プロデューサー、おねがいします~」
ハァ……どこに紛れ込んでたんだ。監視はしてたつもりだったんだがな。
最近、人気が出てきたせいか、こういう輩も増えてきたんだよな。
「申し訳ない、怖い思いをさせました。すぐ片付けます」
俺は速やかに突撃した。
「死ねよやァアアア!! クソ厄介ファンがァアアアアア!!!」
「ギャアアアアアアス!! 痛いでござる!! 痛いでござる!!」
今をときめく陰陽アイドル。
それをサポートする俺には、 何故かプロデューサーという名前がついてはいるが……
仕事の内容は、陰陽術『以外』の全般。
物理担当……つまりは、雑用係だ。
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