第55話 Bet(ベット)
「やあ、弱き人族の諸君」
声は広く轟き、人々は宙に浮かぶその者を見上げた。
彼の目は白色が見えず、真黒に染まったローブと側頭部から生えた角がただ者ではないと告げる。
「私の名は魔人ゼオス・ビクオーネである。今日この日、人族の歴史は幕を閉じ、魔が支配する世界へと変わるのだ!」
高らかな笑い声は更に恐怖心を煽る。
「さて、ショーを始めようか」
人々は恐怖から足を動かすことも、呼吸をすることすらもできず、ただただ死を迎えるばかり。それは、文字通りの虐殺であった。
◇◇◇◇◇
「近衛騎士団長、状況はどうなっていますか?」
「はい。広場に出現した魔人は自らをゼオス・ビクオーネと名乗り、その場に居合わせた20名を虐殺し、騎士団が現れると逃走しました」
インヒター王国王宮内、シュリア王女に来賓室へ呼び出されたアラン団長は眉を寄せた。
その理由は――
「すぐに近衛騎士団への出撃命令を出します。魔人ゼオス・ビクオーネとやらを逮捕しなさい」
「しかし王女殿下、それでは王宮内の守りが手薄になってしまいます。街には冒険者もいますし、憲兵団も既に動いています」
「そうですか……では、オーム領の現状を教えてください」
「あらから報告は何もありません。王都にも魔人が現れてしまった以上、オーム領は海洋騎士団に任せるしかないでしょう」
王女は胸に手を当て、祈るように東の空を見上げることしかできなかった。
その後、国王の招集により、貴族や各騎士団のトップが集められ、魔物と魔人の襲撃についての会議が行われた。
◇◇◇◇◇
「まさか、大陸全土を潰すつもりなのか?!」
場所はテラドラック海岸、海洋騎士団本部。
イザベラ海将は握った拳でデスクを叩いた。その目には怒りと憎しみが渦巻き、今にも涙が溢れそうなほど。
オーム領の避難は着実に進んでいる。だが、その避難先というのも王都なのだ。このままでは挟み撃ちになりかねない。
どうしたものか――と頭を抱えているところ、本部の魔導通信が鳴り響いた。機械的な「ツーツー」という音。それは、彼の国から傍受された暗号通信だった。
「通信班は解読急げ!!」
その間にも戦況は変化してゆく。
一列に押し寄せる魔物の波は、騎士団の魔法攻撃にも勢いを緩めることなく接近し続けている。
現場は既に混乱状態に陥りかけていた。
「これではジリ貧だ……」
殺しても殺しても減ることのない“軍勢”に、あのダリウス少尉でさえ弱音を吐く始末。魔物の中には一体でも出現すれば災害レベルの個体も見えるし、どう考えてもこの状況を打破する手段は無い。僕を含め、皆がそう思っていた。
「一隻やられた!」
「こちらも応援を頼む。早く!」
ついに騎士団の船にも被害が出始める。
今まで侵攻するだけだった魔物が、「邪魔だ」と言わんばかりに目に映った船を攻撃し始めたのだ。
どうしたら……どうしたら守れるんだ。
この数を海上で相手をするには不利すぎる。かといって、陸地に上陸させてしまえば四方から囲まれ、すぐに決着がついてしまうだろう。今は戦力も武器も、何もかもが足りない。
「クッソ!」
手当たり次第に近づいた魔物に攻撃をする。でも、僕の力では致命傷を与えることはできず、足止めが精々。それが悔しくてたまらなかった。
「何が“普通”だ、馬鹿野郎おおお!!!」
そう叫んだ時、本部からの魔道通信が鳴り響いた。それはイザベラ海将の声だった。
「遅くなってすまない。先程、隣国であるシャイン大帝国より『魔物の大氾濫を確認、援軍に向かう』と通信があった。我々はこれを受け入れ、魔物どもを挟み撃ちにする!」
シャイン大帝国と我がインヒター王国は漁業権などの海洋問題が絶えず、お世辞にも仲が良いとは言えない間柄ではあるが、前回の“オームの大災害”の時も領民や釣り人を助けてくれたのも事実。彼女は藁にも縋る想いで賭けたのだろう。
「本部、各船に緊急報告!」
けたたましい轟音と、焦燥に駆られた声が鳴り響く。
「魔物の軍勢は更に増大、沖合に大災害級の魔物を3体確認!!」
ここから僕たちの総力を上げた時間稼ぎが始まる。
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