第48話 消えた蝋燭

 熱い、燃えるように熱い。

 もはや痛みを感じるレベルを超え、呆然と膝をつくばかり。やがて腕に目をやると、自分から滴る大量の血液がその痛みを教えてくれた。


「さすがだぜ姐ちゃん。こんな若者の未来をこうも簡単に奪ってしまうなんてな」

「ち、違う私は……どうして……」


 リラ中尉は軽い錯乱状態に陥っており、自分が何をしたのか、何をしなければならないのかを見失っているようだ。それも致し方ない。だって、彼女は過去の過ちを克服するどころか、繰り返してしまったのだから。

 

「久しぶりだったのか? まあイイんだよ、海賊ってのはこうでなけりゃ」


 心配してこちらに駆け寄るでも、目を逸らすでもなく、彼女はただ悶絶する僕をじっと見つめている。

 僕の感情は、彼女の瞳に引き寄せられるようにグルグルと変化していく。


 騎士としての誇りに誠実で、忠実であったはずの想いは、いつからか歪んだ正義感へと変わってしまった。その責任は彼女だけに背負わされるべきものではなく、もっと大きな力や、この世界自体に押し付けていいはず。しかし、それでもリラ中尉は自分を責め続けた。「自分が未熟であるが故だ」と。

 その背中には大きすぎるほどの責任感と後悔を背負い続けた彼女の身体と心は、いつの日か知らぬ間に崩壊を始め、今日の結果をもたらした。


 今の僕の心にあったのは殺意でも嫌悪でもない、“憐れみ”であった。


「辛かったのですね」

「っ……!?」


 片腕を斬り落とされ大量に出血しながらも、まるで自分のことでは無いような無頓着な僕の言葉に、彼女は冷静を通り越し恐怖すら感じただろう。


「ごめんなさい、私は、私は……」


 消えかかったその正義の灯火は、新たな火種となりうる。蝋がダメになったら、新しいものに変えてしまえばいい。


「ごちゃごちゃうるせえガキだなあ!!」

「ま、待て!」


 この状況では賊の攻撃は避けきれない。朦朧としてくる意識の中で、僕は死を覚悟した。


「ストーンバレット」


 乗客の後ろ側、聞き慣れた声と共に複数の石の破片が飛び、男の体は宙に舞う。


「遅くなって悪かったね、2人とも」


 その正体は、我が海洋騎士団の一員で、僕の教育係のダリウス少尉だった。


「ダリウス……」

「どうしたんですか中尉。顔が真っ青ですよ」


 全てを察しながら、その質問を投げかける彼の目は真っ直ぐにリラ中尉を睨みつけていた。

 そうこうしているうちに、次から次へと騎士団が船内に乗り込み、賊の男が目を覚ました時には客船は完全に騎士団の船で包囲され、逃げる隙さえ無くなっていた。


「ダリウスさん、怒らないで……あげてくだ――」

「バルト、しっかりするんだ! バルト!」


 意識が暗闇に飲まれる寸前まで、彼は何度も何度も僕の名を叫んでいた。


 


「目を開けなさい」


 雲に乗っているかのような、ふわふわとした感覚の中、誰かの声が脳内に響く。


 この声には聞き覚えがあるぞ。


「お久しぶりです女神様」


 真っ白な衣に全身に光を纏う女神様。

 そうか、僕はやっぱり……。


「はい、お久しぶりです。佐藤啓二さん――いえ、今はバルト・クラストさんですね」

「それももう終わりですけどね。せっかく頂いた異世界での暮らしだったのに……すみません」

「あら? もしかして自分が死んだと思っているのですか?」


 首を傾ける女神に、僕も同じように首を傾けて見せた。


「違うのですか?」

「魂が一時的に肉体から離れているだけで、死んでいるわけではありませんよ。まったく、あのお婆さんは何者なのでしょうね」

……?」

「それはさておき!」


 手をパンッと鳴らすと、女神は笑顔を向けた。


「バルトさん、スキルを“覚醒”させてみたくはありませんか!?」


 スキルの……?

 


 

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