第25話 出会い

 僕は息を整え、身を小さく屈めた。奴は足を擦るようにじっくりと近づいてくる。緊張感かもしくは殺意に威圧されてか、僕の鼓動は音を早めた。


(来るか……)


 太陽に照らされて伸びる影が少しの揺らぎを見せた時、直感で攻撃がくると感じ拳を握りしめた。

 奴はまだ不敵な笑みを浮かべている。


「そうだ、自己紹介がまだだったな。私の名はグレゴール・ライアン。ライアン先生と呼んでくれたまえ」


 ああ、もちろん無視だとも。少なくとも今は彼のことを“先生”などとは思っていないのだから。


「おや、無視は傷つくなあ。これは教育が必要なようだねッ……!」


 恐ろしく早い正拳突きを間一髪で避け、反射的にカウンターを仕掛ける――が、それも避けられる。この一連の動きだけで辺りは砂ぼこりがまるで小火のように舞い上がり、風で押し流されていく。

 

 グレゴールの目は冷静に僕を見据えていた。彼の動きは鋭く、そして無駄がない。再び間合いを詰めてきた。僕は焦らずに構えを整える。


 突然、彼の姿が消えた。瞬間的に背後に気配を感じ、振り向きざまに肘打ちを放つ。だが、それもまた空を切る。次の瞬間、腹部に強烈な一撃が入り、息が止まる。


「ふっ、まだまだだな。いくらスキルがあろうと君たちには基礎が欠けている」


 痛みに耐えながら僕は立ち上がる。視界がぼやけ、身体が言うことを聞かない。それでも負けるわけにはいかない。


 グレゴールが再び襲いかかってくる。今度は右フックを狙っている。僕はその動きを読み、体を低くして避ける。相手の腕が空を切った瞬間、僕は全力で拳を突き出した。


 拳は確かに当たった。グレゴールの表情が一瞬歪む。しかし、それも一瞬のことで、彼はすぐに体勢を立て直す。次の攻撃を仕掛けるつもりだ。


(次が勝負だ……)


 僕は全身の力を集中させ、最後の一撃に賭ける。グレゴールが動いた瞬間、全力で前進し、拳を繰り出す。彼も同時に攻撃を仕掛けてきた。


 激突の音が響き、二人の拳が交差する。僕は痛みに顔を歪めながらも、全力で拳を押し込んだ。


 沈黙が訪れる。砂ぼこりが風に乗って流れ、視界がクリアになる。目の前には倒れたグレゴールが息を切らしている。


「……勝ったのか?」

「今のは良い攻撃だった」


 ニヤリと口角を上げるグレゴールに人生で初めての敗北感が包む。ここから「戦え」と言われても既に体力は限界に近い。そして僕は悟った。

 ああ、負けたんだ――と。


 予鈴が高々と鳴り響き、授業の終わりを告げた。


「ここまでにしようか。それぞれ土を払って教室に戻るように」


「流石ね、バルト……」

「君凄いじゃないか。あの教師にあそこまで戦えるなんて」


「ふん、アイツが疲れていただけでしょ。それを見越して最後に戦ったに違いないわ」

「そうかなあ? そうだとしても、他の皆は瞬殺だったんだから十分凄いよ」


 褒められてもあまり嬉しくはない。あの勝負は完全に僕の負けだった。しかも相当な手加減をされていたに違いない。

 僕は「強くなろう」と再度心に言い聞かせた。


―――――――――――――――――――――――


「はあ、はあ、はあ……」

「まさかお前があそこまで追い詰められるとはな」


「……殺されるかと思った」

「はっはっは、まさか……本気か?」


「ああ。アイツはやばい。バルト・クラスト、彼は一体何者なんだ」



―――――――――――――――――――――――――


 騎士学校の授業は座学と訓練が交互に行われる。一見、休めると思うかもしれないがこれが案外キツい。一度温まった体を冷やしてからまた動かすというのがとてつもない負荷になっていた。

 そんな厳しい授業も一旦終わり、お待ちかねの昼食タイムがやってきた。


「バルト、一緒にお昼どう――」


「ねえ、君。食堂があるらしいんだけど一緒に行かない?」

「あら、私も一緒に行ってあげてよろしくてよ?」


 ライアン先生との一件で、やたらと僕に絡んでくるようになったこの2人は、ダリオンとエリシアという。ダリオンは僕と同じく庶民の出で彼もまたスキル持ちだ。そして、このツンデレお嬢様キャラの彼女は子爵家の御令嬢であり、同じくスキル持ちである。身分は違えど2人は幼馴染で仲も良いようだ。


「いいね行こうか。イシュクルテも一緒にどう?」

「う、うん! 行く!」


 可愛い……

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