凡夫転生〜異世界行ったらあまりにも普通すぎた件〜

小林一咲

1〜30

第1話 転生

「いいかい、啓二? 人間、欲を出し過ぎたらだめだよ。普通がいちばんなんだからね」


 両親を早くに亡くした俺を祖父母は本当の息子のように愛してくれ、何も不自由なく大学まで行かせてもらえた。反抗期もそこそこな時期に祖母が病気で倒れ、医師からの宣告を大幅に繰り上げるようにして息を引き取った。それから俺はその祖母が亡くなる寸前に遺した「普通がいちばん」という言葉をずっと大切にして生きてきたつもりだ。


 良くも悪くも平凡な一生――いや、最高な一生だったのか。素敵なパートナーと出会い、3人の息子も授かったし、今じゃその息子に子供ができ孫の顔も見ることができたからな。

 

「おじいちゃん、死なないで!」


 病室で泣きじゃくる我が孫の頭をそっと撫でる。そんな力は残っていないはずだったけど、どうしてだろう。この時ばかりは自然に体が動いたんだ。

 息子夫婦と目が合うと2人の目にも涙が溜まり、今にもこぼれ落ちそうになっている。息子のこんな顔を見たのはいつぶりだろうか。喧嘩したり一方的に怒鳴ったり色々あったけど結局あれも楽しい時間だった。そんな今までの70数年の記憶がフラッシュバックしてくる。


 ああ、俺は――


「俺は幸せ者だよ」

 

 なんだか眠くなってきた。瞼が重くのしかかり辛うじて聞こえる息子の「おい、親父?! 親父!」という声だけが暗闇にこだましている。

 

 普通、普通か……これまでが俺の人生にとって普通だったのならどれだけ運が良かったのだろう。誰かに憧れたり叶わない夢を追いかけた時期もあった。でもそれはきっと普通のことであっただろう。

 天国に行ったらばあちゃんに報告しなくちゃ。「普通がいちばんだったよ」ってね。



「目を開けなさい」


 誰かの声が聞こえる。神様……そうか、ここが天国なのだな。

 瞼の裏からでも白く煌々とした光が漏れているのが分かる。


「ようやく会えましたね、啓二さん」


 目の前に真っ白な衣と全身が光に覆われた美しい女性がこちらを優しく見つめている。


「女神様か」


 直感でそう思った。


「ええ、私はこの輪廻を司る女神です。早速で申し訳ないのですが佐藤啓二さん、貴方を異世界に転生させます」

「て、転生?! 待ってください。まだ死んだばかりなのに」

「簡単に申し上げますと、あちらの世界が人手不足でして。ですから今すぐに転生していただく必要があるのです」


 普通なら天国に行って、しばらくしてから転生する。そんな感じだと思っていたのに。まさかばあちゃんにも会えないなんて。


「お詫びといってはなんですが、前世の記憶を引き継いでの転生を許可いたします。舞台は剣と魔法のファンタジー世界ですからきっと世代だったでしょう」

「ああ、まあ……」


 懐かしいな転生ラノベ。ちょうど俺が奥さんと出会った時の――。


「ということで、今は急ぎますので! 行ってらしゃい!」

「ちょ、待っ、えええええ?!」


 奥さんとの甘酸っぱい青春の回想も俺の盛大な雄叫びも虚しく、俺は異世界へと転生を果たしたのだった。

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