第31話最後のざまぁ END
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ーホフマン伯爵家にてー
「…やはり、文官の仕事はきつかったのだろうか、体を壊すほどに」
国王から、王太子が人知れず療養のため旅立ったという話を聞かされ、ヴィクター様の顔には悲しみが浮かんでいた。
「文官の仕事で病んでしまう器であれば、卒業後、本格的な王太子の仕事など無理でしたでしょう。早めにわかってよかったのですわ。それに、原因不明の病だそうですので、仕事は関係ないかもしれません。ゆっくり療養し、ご自分に合った生活ができると考えれば幸せでしょう」
「そうだね。療養を終え、再び心を入れ替えたら…うん、臣下として支えていくことにするよ」
「戻って来られたら、そういたしましょう」
ええ、戻って来られたら
ふと気配がし、振り向くとレオナードがひらひらと手を振りながらやってくるのが見えた。
「お、ヴィクターも来ていたのか?すまん、セレナ嬢に用事があってな。ちょっと借りていいか?」
「もちろんだとも。」
手招きをするレオナードについていく。何かしら?あっ!
「もしかして頼んでいたものを持ってきてくれたの?」
「そうだ、これだ。中は確認するか?」
ヴィクター様へのプレゼント。ヴィクター様の瞳の色と同じブルートパーズを使ったカフス。
「この後、ヴィクター様と一緒に見ますわ。ありがとう、レオナード。あなたの宝石を見る目は確かだから楽しみだわ。」
”お前に褒められると裏がありそうで怖いな”と言いながらも、嬉しそうなレオナード
「それよりも、この契約書の条件ちょっときつくないか。利益の3割を伯爵家にって、お前、帝国の皇子相手に、ぼったくり過ぎだろう。」
「7割でもいいと思っていますのよ、本当は。それでもかなりの利益が出ると踏んでいますわ。」
レオナードは肩をすくめ、笑みを浮かべた。
「あーわかった。わかった。ったく、あんまり抜け目がないとヴィクターに教えるからな。」
「その時は、あなたとの縁もそれまでよ。」
「まじかよ……って、おい、あれ…」
レオナードが指をさした先を見る。…!!!
ヴィクター様の目から涙がはらはらと零れ落ちているわ。
どうなさったの!!大変!慌てて駆け寄り、ヴィクター様の様子を確かめる。
「どこか痛いところでも?ど、どうしましょう、お医者様を呼びますか?」
ヴィクター様は首をフルフルと横に振った。
「…ねえ、セレナ?」
「…はい。」
ヴィクター様は苦しげな表情だ。
「これは私への『ざまぁ』なのだろうか?」
はい?
*****
「ヒロインに無関心な婚約者は、物語では『ざまぁ』されることが多いんだ。彼女の真の価値に気付いた時には、もうすでに遅く、ヒロインは、あとから登場したヒーローと恋に落ちる。そして、幸せな未来を築き始める。彼女の幸せを目の当たりにし、婚約者は過去の自分の無関心さを後悔し、彼女に対する感情を見直し修復を図ろうとするのだけど…ヒロインは、冷静にそれを断る…ぐす…婚約者は、自分の失敗を噛み締め、孤独と後悔の中で生きることになる。ヒーローはレオナードだ…」
ああ、涙をハンカチで押さえても止まりませんわ。なぜそのような勘違いを…
見てください、レオナードの嫌そうな顔を…
「ねえ、セレナ?私には、もうチャンスがないのだろうか?」
「ヴィクター様、誤解のないように先に言っておきますわ。私、レオナードのことは男としてちっとも何とも思っていませんわ。恋に落ちるなんて…ありえませんわ。」
レオナードが、少し離れた場所で、何度も大きく頷く
「で、でも、さっき何かをもらってすごく嬉しそうに…あ、あと、前のお茶会では、2人の会話から愛って聞こえたし…」
あらあら
「受け取ったこれは、ヴィクター様へのプレゼントです。商人としてのレオナード様に頼んでいたのですわ。それに、前のお茶会での会話は…ふふ、お恥ずかしいのですが、ヴィクター様との愛をレオナード様が疑いましたので怒っていただけですの。」
ヴィクター様が、きょとんとしている。ああよかったわ泣き止んで。
「本当に?仲のいい幼馴染なんだろう?気の置けない感じで、セレナの表情も豊かで…笑ったり不機嫌になったり私の前では見せたことのない表情で…」
「まあ、ヴィクター様は私に怒られたいのですか?私の気分を害して不機嫌な顔をさせたいのですか?」
「い、いや、そんなことはない」
「それに、私はヴィクター様の前で笑っておりませんか?」
「笑っている…。セレナの笑顔は、内面の美しさを映し出す鏡、春の陽だまりのようなんだ。ん?あれ?」
少し考えこんだヴィクター様が、絞り出すように言った。
「…でも、前の私は、セレナがずっと嫌な思いをしていても婚約者として庇うことなく、無関心だった。罪は消えない…」
私、気にしていませんのに
「そうですわね。でしたら、これからは、私のことに関心を持ち、私のことを一番に考えてくださいませ。それが償いですわ。『ざまぁ』はいりません」
「そんな…関心を持って一番に考えるなんて当然なのに、それが償いになるのかい?…あっ!ねえ、セレナ?…その償い、少し難しいかもしれないから…えーと、その、一生かかるかもしれないよ?」
「ふふふ、そうでしたか。ええ、では一生償ってくださいね。」
飛び切りの笑顔に戻ったヴィクター様に抱きしめられる。
『俺は、帰るからな』とジェスチャーをし、呆れ顔で帰っていくレオナード。いい判断よ。
邪心がなく、権力や富を求めることもなく、人々の笑顔と幸福を何よりも大切にするヴィクター様に、この世界は、生きづらいだろう。陰湿な権力争いや偽りの人間関係、張り巡らされる策略、貴族の一員として、その一端を担わざるを得ないこともある。ふふ、大丈夫です、ヴィクター様。私、それらは大得意ですの。
だから、あなたは知らなくていいのです。
私がいる限りこの世界は生きやすく、心はいつも自由ですわ。
輝く陽光が差し込む庭園、花々が咲き乱れる中で、ひときわ輝くヴィクター様。
ああ、ヴィクター様のいる世界はなんて美しく心地よいのかしら。
END
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