第31話最後のざまぁ END

*****


ーホフマン伯爵家にてー




「…やはり、文官の仕事はきつかったのだろうか、体を壊すほどに」



国王から、王太子が人知れず療養のため旅立ったという話を聞かされ、ヴィクター様の顔には悲しみが浮かんでいた。



「文官の仕事で病んでしまう器であれば、卒業後、本格的な王太子の仕事など無理でしたでしょう。早めにわかってよかったのですわ。それに、原因不明の病だそうですので、仕事は関係ないかもしれません。ゆっくり療養し、ご自分に合った生活ができると考えれば幸せでしょう」


「そうだね。療養を終え、再び心を入れ替えたら…うん、臣下として支えていくことにするよ」


「戻って来られたら、そういたしましょう」



ええ、戻って来られたら



ふと気配がし、振り向くとレオナードがひらひらと手を振りながらやってくるのが見えた。




「お、ヴィクターも来ていたのか?すまん、セレナ嬢に用事があってな。ちょっと借りていいか?」


「もちろんだとも。」




手招きをするレオナードについていく。何かしら?あっ!



「もしかして頼んでいたものを持ってきてくれたの?」


「そうだ、これだ。中は確認するか?」



ヴィクター様へのプレゼント。ヴィクター様の瞳の色と同じブルートパーズを使ったカフス。



「この後、ヴィクター様と一緒に見ますわ。ありがとう、レオナード。あなたの宝石を見る目は確かだから楽しみだわ。」



”お前に褒められると裏がありそうで怖いな”と言いながらも、嬉しそうなレオナード




「それよりも、この契約書の条件ちょっときつくないか。利益の3割を伯爵家にって、お前、帝国の皇子相手に、ぼったくり過ぎだろう。」



「7割でもいいと思っていますのよ、本当は。それでもかなりの利益が出ると踏んでいますわ。」



レオナードは肩をすくめ、笑みを浮かべた。



「あーわかった。わかった。ったく、あんまり抜け目がないとヴィクターに教えるからな。」


「その時は、あなたとの縁もそれまでよ。」


「まじかよ……って、おい、あれ…」




レオナードが指をさした先を見る。…!!!

ヴィクター様の目から涙がはらはらと零れ落ちているわ。


どうなさったの!!大変!慌てて駆け寄り、ヴィクター様の様子を確かめる。



「どこか痛いところでも?ど、どうしましょう、お医者様を呼びますか?」



ヴィクター様は首をフルフルと横に振った。




「…ねえ、セレナ?」


「…はい。」




ヴィクター様は苦しげな表情だ。




「これは私への『ざまぁ』なのだろうか?」





はい?




*****



「ヒロインに無関心な婚約者は、物語では『ざまぁ』されることが多いんだ。彼女の真の価値に気付いた時には、もうすでに遅く、ヒロインは、あとから登場したヒーローと恋に落ちる。そして、幸せな未来を築き始める。彼女の幸せを目の当たりにし、婚約者は過去の自分の無関心さを後悔し、彼女に対する感情を見直し修復を図ろうとするのだけど…ヒロインは、冷静にそれを断る…ぐす…婚約者は、自分の失敗を噛み締め、孤独と後悔の中で生きることになる。ヒーローはレオナードだ…」



ああ、涙をハンカチで押さえても止まりませんわ。なぜそのような勘違いを…


見てください、レオナードの嫌そうな顔を…




「ねえ、セレナ?私には、もうチャンスがないのだろうか?」



「ヴィクター様、誤解のないように先に言っておきますわ。私、レオナードのことは男としてちっとも何とも思っていませんわ。恋に落ちるなんて…ありえませんわ。」



レオナードが、少し離れた場所で、何度も大きく頷く



「で、でも、さっき何かをもらってすごく嬉しそうに…あ、あと、前のお茶会では、2人の会話から愛って聞こえたし…」



あらあら



「受け取ったこれは、ヴィクター様へのプレゼントです。商人としてのレオナード様に頼んでいたのですわ。それに、前のお茶会での会話は…ふふ、お恥ずかしいのですが、ヴィクター様との愛をレオナード様が疑いましたので怒っていただけですの。」


ヴィクター様が、きょとんとしている。ああよかったわ泣き止んで。



「本当に?仲のいい幼馴染なんだろう?気の置けない感じで、セレナの表情も豊かで…笑ったり不機嫌になったり私の前では見せたことのない表情で…」



「まあ、ヴィクター様は私に怒られたいのですか?私の気分を害して不機嫌な顔をさせたいのですか?」



「い、いや、そんなことはない」



「それに、私はヴィクター様の前で笑っておりませんか?」



「笑っている…。セレナの笑顔は、内面の美しさを映し出す鏡、春の陽だまりのようなんだ。ん?あれ?」



少し考えこんだヴィクター様が、絞り出すように言った。




「…でも、前の私は、セレナがずっと嫌な思いをしていても婚約者として庇うことなく、無関心だった。罪は消えない…」



私、気にしていませんのに




「そうですわね。でしたら、これからは、私のことに関心を持ち、私のことを一番に考えてくださいませ。それが償いですわ。『ざまぁ』はいりません」



「そんな…関心を持って一番に考えるなんて当然なのに、それが償いになるのかい?…あっ!ねえ、セレナ?…その償い、少し難しいかもしれないから…えーと、その、一生かかるかもしれないよ?」



「ふふふ、そうでしたか。ええ、では一生償ってくださいね。」



飛び切りの笑顔に戻ったヴィクター様に抱きしめられる。



『俺は、帰るからな』とジェスチャーをし、呆れ顔で帰っていくレオナード。いい判断よ。




邪心がなく、権力や富を求めることもなく、人々の笑顔と幸福を何よりも大切にするヴィクター様に、この世界は、生きづらいだろう。陰湿な権力争いや偽りの人間関係、張り巡らされる策略、貴族の一員として、その一端を担わざるを得ないこともある。ふふ、大丈夫です、ヴィクター様。私、それらは大得意ですの。


だから、あなたは知らなくていいのです。


私がいる限りこの世界は生きやすく、心はいつも自由ですわ。



輝く陽光が差し込む庭園、花々が咲き乱れる中で、ひときわ輝くヴィクター様。

ああ、ヴィクター様のいる世界はなんて美しく心地よいのかしら。




END

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