平常 11

「ん、んん〜〜」


 窓から差し込む日の光で、自然と目が覚める。

 あぁ、よく寝た。

 のそのそとベッドから起き上がり。

 なんとなく、窓を開ける。

 外のひんやりとした新鮮な空気が心地よい。


 ふと、今日になって気づいた。

 そういえば……

 少し前まで街全体が雪に覆われ一面銀世界って状態だったのだが。

 今はそうでもない。

 いや、まだまだ溶けきってはいないのだけど。

 建物の屋根など。

 日当たりの良さそうな場所から、徐々に雪が減っていっている。

 順調に春が近づいてきているらしい。


 少しずつ、他の冒険者達も働き始める時期だ。

 ほぼ貸切状態のギルド。

 そこで何も気にせずのんびりと飲む酒もなかなか乙な物ではあるが。

 やっぱり。

 他人が働いてる姿をさかなに飲む快感、これも捨てがたい。

 それに、雪が溶ければ馬車も動き出すだろうからな。

 辻褄合わないから。

 最近は港町にも行ってなかったのだけど。

 もう少ししたら、解禁してもいい頃合いになるはず。


 王都からこの街に帰ってきてから。

 いつものルーティーン通り。

 こつこつと、薬草の採取をし続けたからな。

 酒と娼館に金は使いつつ。

 余ったお金はしっかり貯金。

 徐々に貯まってきたし、楽しみだ。


 さくっと着替えを済ませ。

 今日も今日とて、冒険者ギルドへ向かう。

 森の景色。

 街より変化は緩やかかもしれないが。

 それでも少しは変わっているかもしれない。

 どうせやる事は変わらないのだけど。

 この歳になると。

 自然の変化で一喜一憂する物だ。


「おじさん、今日の草むしりは中止です」

「え、えぇ……」


 珍しく、それなりに乗り気で仕事に臨もうとしていたのだが。

 受付嬢に依頼の受注を拒否された。

 なぜに?

 そんなんだからお前の担当はいつまで経ってもDランク冒険者なんだぞ。

 担当のやる気を削ぐんじゃない!

 ……いや、どうせ薬草採取以外やらないから関係はないか。


「ついてきてください」


 そのまま、有無をいわせずドナドナ。

 ギルドの裏側へ。

 例の、ノアと再会時やらポーションの話の際に連れてこられた事務スタッフやらが出入りしてる場所だ。

 なるほど?

 もしかしてポーション関連で追加のお話だろうか。

 十分話したはずだが。

 ま、どう考えても見つかって無いもんな。


 そもそも探してる物自体が無いのは勿論。

 結論を出すにしても、冬だから捜索自体が中々進まないのだろう。

 あのタイプの人が我慢強いはずもなく。

 剛を煮やして、また俺への聴取を取ろうってことか。

 やってる感を出すために。

 完全に無意味。

 あれ以上話すことも無い。

 設定的に知ってたらおかしいしな。

 適当にはぐらかして、それでおしまいである。


 ただ、連れてこられた部屋は別だった。

 応接間ではない。

 この時期にブッキングでもしたのだろうか?

 ギルド長曰く。

 それなりにお偉いさんだった気がするが。

 ま、本人が来てるとも限らないし。

 気にする必要もあるまい。

 俺的には部屋なんてどこでもいいしな。


「先輩! お久しぶりです」


 へ??


 多少憂鬱な気分になりつつ、最低限ノックだけして部屋に入ると。

 中には分かりやすく満面の笑みを浮かべたノアが。

 なぜ?

 今は王都にいるはずでは。

 それがなんで、ウーヌの街の冒険者ギルドに居るのだろうか。


 ドレスまで着ちゃって。

 パーティーにでも行くんかって格好。

 いや。

 ノアがこの格好でパーティー行くのかは知らないけど。

 ……行きそうだな。


「ロルフさん、今日は私の方から会いに来たよー」


 そして、部屋にはもう1人。

 嬢である。

 彼女も娼館での格好とは違い、フォーマル気味な装い。

 ただし。

 胸元は大きく開いている。


 受付嬢にノアに嬢って、これどんな組み合わせだよ。


 受付嬢の方に視線を送るも。

 どこか満足気な表情。

 うんうんと頷いている。


「じゃ、私は準備あるんで少し待っててください」


 それだけ言って、部屋から出ていった。

 は?

 色々聞きたい事はあるが。

 ま、受付嬢がとっぴな行動するのは良くあること。

 もうそこは諦めるとして、だ。


 嬢も、受付嬢と面識はないはずだけど。

 この街の人間だし。

 別に、この場にいても……

 いやかなり驚きこそしたが、それでもおかしいって事はない。

 問題は王都に居たはずのノアがなぜここに居るのか。


「ノアは、いつ頃からこの街に帰って」

「ちょうど今朝に」

「もしかしてドラゴン便で?」

「いえ、普通に王都から走ってきました」


 ……


 いや、出来るとは思ってたけどね。

 だから温泉行く前とか。

 普段やらないのに、受付嬢に軽く報告入れて行った訳だし。

 でも、まさか。

 本当にやるとは思わなかった。


 学園の講師の仕事って言ったって、学園自体毎日ある訳じゃ無い。

 それに、今はミスリルの杖の件でフィオナと共同研究やってる訳だからな。

 彼女は学園の理事である。

 他にも貴族社会全体への影響力も強いし。

 ま、確かに多少の融通だったら幾らでも効かせられそうな気はする。


「お、全員揃ってるな」

「おばちゃん?」


 ただ、2人揃ってこの場所にいる理由ははぐらかされ。

 頭にハテナを浮かべながら、軽く雑談して受付嬢の帰りを待っていると。

 ドアが開く。

 受付嬢が戻ってきたのかと思えば、おばちゃんが。

 本当に。

 どんな組み合わせだよ。


 もう間も無くして、受付嬢も戻ってきた。


「さて、皆さん揃ったと言う事で」


 何が始まるのだろうか。

 ちょっと怖い。

 いや、ポーション関連とかそんな話じゃない事は明白で。

 別に不都合はないのだが。


「「「ロルフさん(先輩)お誕生日おめでとう」」」


 ……?


 あ、そゆこと。

 そういえば、今日って誕生日だったか。

 確かに雪も溶けかけて。

 春をほんの少し感じる。

 これぐらいの時期だった気がする。


 おっさんになるとマジで意識しないからな。

 最近祝われてもないし。

 でも、そう考えると。

 このメンツも納得か。

 無理せず来れる距離で、俺とそれなりに親交深いのって。

 多分、ここの4人ぐらいしか居ないし。


 ノアは違う気もするが……

 まぁ、無理せず来れる距離の概念が人によって違うって事で。

 この国の中なら。

 おそらくその範囲内な予感。


 いや、この街にある酒場のおっちゃん達とか。

 それなりに親しくはあるけどね。

 あれって基本的に、客としての関係性だから。

 ……ん?

 受付嬢もおばちゃんも嬢もそれは同じなのでは?

 深く考えるのはよそう。

 悲しくなる気がする。

 親しくない相手の誕生日会わざわざ開催します?

 つまりはそう言うことである。


 しかし、誰が言い出したんだか。

 やりそうなのはノアと嬢のペアだけど。

 俺の誕生日知らんだろ。

 本人自体が完全に忘れてたぐらいだし。

 そもそも話した記憶が皆無。


 ふと、受付嬢と目があった。

 ドヤ顔。

 冒険者ギルドに登録した時に確か記入したかもしれない。

 受付嬢なら確認可能か。

 でも、こういう事企画するような奴じゃないし。

 なるほど。

 こいつが教えたのか。

 譲といい、俺の個人情報が色々ノアに漏れすぎじゃね?

 まぁ、別にいいんだけどね。


 さらに、自由に使える場所として。

 ギルドの一角を提供してくれたと。


「……ギルドでこんな事していいのか?」

「いいんじゃない」

「適当な、次こそ本当に受付嬢を首になっても知らねぇぞ」

「大丈夫許可はとったから」


 そうか……

 一応、流石の受付嬢でも許可は取ったのか。

 よく許可なんて出たな。


 なんか一緒に飲んで以降。

 変な仲間意識でも芽生えたのだろうか。

 ギルド長とのコネ。

 だんだん強くなってる気がする。

 本当に強かな奴である。


「「「かんぱーい」」」


 この国に誕生にケーキを食う文化は無い。

 前世との共通点といえば、ワインぐらいだろうか?

 いや、別に誕生日といえばって物でも無いか。

 強いていえばおめでたい日にって感じ。


 多分、このワイン今年のやつだな。

 俺が買った安物と違って、嫌な意味での酸味が随分と抑えられている。

 別に普段飲むなら安物でもいいのだが。

 記念日ってなると。

 確かにこっちの方がふさわしいよな。

 やっぱ値段張るだけあるわ。


 料理もパーティーらしく豪勢。

 おばちゃんが中心になって準備してくれたらしい。

 肉も干し肉じゃなくて。

 しっかり肉料理だ。

 値段どうこう以前に、売ってないだろ。


 ノアが来る途中に狩ってきてくれたとの事。

 流石Aランク冒険者。

 長距離移動の途中にサクッと、慣れた物である。

 いや、ほんとに感謝しかないな。


 誕生日を祝われるのなんて。

 何年振りだ?

 この世界に生まれた後、しばらくはお祝いされてた気がするが。

 それも二桁になる前に学園に通うために村を出た。

 そっからずっと冒険者として、ソロで活動してきたからな。

 大体2、30年ぶりだろうか。


 しかも、サプライズでパーティーなんて。

 前世を入れてもこれが初めてである。

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