日常 4

「おじさん、さっきの良いんですか?」

「ん?」

「いや……、ん? じゃなくて」


 不意に話しかけられた。

 さっきの青年だったらどうしてやろうかと思ったが、受付嬢だった。

 わざわざ俺の席に来たらしい。

 ここはギルドの隅っこ、受付からはそれなりに距離がある。

 なんの用だろうか?

 別に心当たりも無いのだけど。


 もしかして俺に気があったりとか?

 と思考するのはNG。

 勘違いおじさん直行である。

 そもそも、ひとまわり以上年の離れた異性が恋愛対象に入りますかって話。

 俺で言えば47歳。

 47か、ますます熟れて色気も出てきて……

 いやいや。

 これは単に俺のストライクゾーンが広いだけだわ。


 勘違いして雄でも出してみろ?

 セクハラ間違いなし。

 ま、この世界にセクハラなんて概念あるのか知らんけど。


「受付嬢が受付を離れて良いのか?」

「休憩時間ですよ」

「あぁ、もうそんな時間か」

「そうですよ。その間おじさんはずっとお酒飲んでたんですか?」

「まぁね」

「褒めてません!」

「まぁまぁ、そうかっかっするなって。いつもの事じゃないか」

「はぁ……」


 怒られてしまった。

 この子も大概真面目だよな。

 別に良いじゃん酒ぐらい。

 まぁ、ギルドの受付嬢なんだからそれぐらいじゃないと務まらないのかもしれないけど。


 良いとこの娘だったりするんだろうか?

 貴族って事はないだろうけど。

 そこそこの商人の娘とか……

 字を書ける時点で庶民の中では上澄、しかも仕事で使えるレベル。

 どこかで教育でも受けてるのかもしれない。

 流石に学園って事はないだろうが、私塾で数年ってのはありそうだな。


「って、そうじゃなくて。さっきの」

「さっきの?」

「おじさん、彼に絡まれてませんでした?」


 受付嬢の視線の先には冒険者が数人。

 さっきまで、口論をしていたパーティーだ。

 結局青年が折れたのだろうか?

 簡単な討伐依頼を受けることにしたらしい。


 絡まれてた、ねぇ。

 あれを絡まれたと言うのは当たり屋もいいところだろう。

 確かに多少イラッとしたけど。

 それだけだ。


 にしても……


「絡まれてはいないよ」

「本当ですか?」

「それに、」

「?」

「ほんのちょっと会話しただけなのに、よく見てたね」

「話を逸らさないでください!」

「あ、はい」


 また怒られてしまった。

 別にそんな意図はないんだが。


「彼、今年冒険者になったばかりの新人ですよ」

「へー」

「舐められてるんですよ」

「そりゃ、だろうな」

「だろうなって……」


 いや、ムカついたけどね。

 確かにムカつきましたよ。

 でも、それを表に出すのはダサいじゃん。

 しかも、いい歳したおっさんがよ?

 若者相手にガチになるとか。

 ……ねぇ。


 魔王城に飛ばすとか考えてたって?

 それは、まぁ。

 それはそれ、これはこれってやつ。

 心の中ぐらい良いじゃん。

 実際イラッとしたんだもん。

 行動に移してない時点で、俺としちゃ褒めてもらいたいぐらいだ。


 ただ、受付嬢的に俺が舐められてて何か問題があるのだろうか。

 わざわざ言ってくるほどか? って。

 疑問だ。


 例えば、風紀が乱れる的な?

 俺みたいな年数やってるだけの低ランクが幅効かせてる方が乱れそうなものだが。

 あの青年、多少英雄願望が強そうに見えるがそこまで問題児って感じもしないし。

 生きのいい若者が入ってきてギルドとしては嬉しい限りだろう。

 少なくとも、俺みたいな先の短いおっさんよりは。


 それとも、単純に担当冒険者が舐められてると自分の立場がみたいな?

 それはごめんなさいだわ。

 でも、いくら受付嬢の名誉がかかってるとは言え人のために働くのはちょっと。

 せっかく理想的な生活を送れているのだから。

 別に担当が俺1人って訳でもないんだし、他に期待してくれ。


「新人新人って言うけど、彼のランクは?」

「Dランクです」

「なら俺と同じじゃん。別に問題ないだろ」

「……」


 流石にFランクとかなら受付嬢の言うことも分かるけど。

 同じならねぇ。

 それにしても、いつあがったのかは知らないが今年冒険者になって今既にDランクって結構早いんじゃないか?

 E、Dと2ランクアップだ。

 俺は20年以上やってこのランクだからな。

 彼、案外バカに出来ないかもしれない。

 もしかしたら本当にって可能性も、なきにしもあらずかもね。


「将来有望だな。新しいAランク候補か?」

「それならもっと分かりやすく増長するでしょうね」

「あれ? 期待されてない?」

「Dランクぐらい、誰でもすぐなれますから」

「何だ。まだDランクの俺への当てつけか?」

「そうですよ」


 俺への当てつけだったらしい。

 ショック。

 って、程じゃないけど。


 でも、そっか。

 簡単に上がるんだっけ。

 よく考えたら俺も一瞬で上がった気がするわ。

 昔すぎて記憶が曖昧だけど。

 俺は、単にそこから上がらなかっただけか。


「おじさんも良い加減ランク上げましょうよ。いつまでもDランクのままだから、ああやって舐められるんですよ?」

「上げようと思ってあげられるもんでもないだろ」

「依頼受ければいいじゃないですか、いつもの草むしりじゃなくて討伐依頼」

「楽な仕事以外やりたくなーい」

「このお馬鹿さん」

「へいへい、お馬鹿さんですよ」


 ランクを上げるとしたら、何かしら討伐依頼受ける必要が出てくる。

 別に勝てないわけじゃない。

 むしろ楽勝だ。

 じゃなきゃ薬草採集に森の中に入ったりなんてしない。

 ただ、血の処理とかめんどくさい。

 返り血を浴びなくても刀の手入れは必須だろう。

 討伐証明に血まみれの肉片を持って帰ってくる必要もある。

 そこまでしてランクを上げる必要は感じないな。


 だから舐められるだろうけど。

 舐められてるぐらいがちょうどいいのだ。

 多分。

 俺って、すぐ調子乗っちゃうからね。

 根が一般人だし、チートもあるし。

 調子乗って破滅する未来が見える見える。

 生きの良い新人相手にムカつくなーって思いながら酒でも飲んでるぐらいがベスト。


 こんなに気楽に生きれてるのに、わざわざ今の生活を変える意味も見出せないしな。

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