第9話


         ※


 コッドは特別な任務を帯びている、というわけではないらしい。

 俺に許可を取ってこの場で仰向けになり、なんの警戒心もなくぐーすかぴーすか眠り始めたのがその証左。こんな芸当、俺にはできない。


「お疲れなんすね、コッド……」


 本当だったら、神経を研ぎ澄ましてレーザー通信の返答を待つべきなのだろうが……。

 返答というのは、スティーヴ大佐から発せられる、俺たちの疑問に対する答えとなる文言のことだ。


 さらに一歩、具体的に踏み込むとすれば、尋常ならざる活躍を見せるユウ・セガワ軍曹に関すること。先日俺が大佐に尋ねた時に比べ、二回目ともなれば大佐も俺の要請を無碍にはできまい。


 ふう、と息をついて腰を下ろし、コンテナに背中を当てて脱力。

 俺も俺とてロボットではない。ユウの超人的身体能力には驚かされるものの、まさか彼女がロボットであるわけはなかろうし。

 そんな最新技術があれば、即座に製造されるだろう。そして地球の環境改善任務に就くのだ。俺たち生身の兵士は無用の長物だな。


 そんなことを考えていると、静かで落ち着いた足音が近づいてきた。


「眠れないのか、ユウ?」

「あっ、はい。ちょっと、目が冴えちゃって」


 少し俯きがちに、おずおずと言葉を紡いでいくユウ。


「じゃあ、俺が代わりに寝る。周辺の安全確保、頼んだぞ」

「えーーー!? 何ですかそれ! 酷いですよ! 私だって眠い時は眠いんです!」

「そう言う割には元気そうじゃないか、お前」

「うぐ……」


 俺の隣に腰を下ろし、沈黙してしまったユウ。彼女を見て、俺は複雑な気持ちになった。

 相手をからかう愉快さと、気の毒だという憐み。それに、何だろうな……一種の庇護欲というか、守ってやりたいという熱を帯びた何か。


 散々怪物じみた連中を殺傷してきたが、こんな気持ちをチームメイトに抱くのは初めてだ。いや、チームメイトではない。相棒だ。たったの二人だもんな。


 いつの間にか静まり返ったコッド。今、この貯蔵庫内で音を形作っているのは、旧式の空調設備が立てる重低音、それに俺とユウの立てる微かな呼吸音。


「なあ、ユウ」

「はい?」

「俺たちが地球に降りた日……まあ、そんな昔じゃないけど、あの日のことを覚えてるか?」

「この貯蔵庫に到達する前に、ムカデを駆逐した日のこと、でしょうか」


 そうだ、と受け答えするふりをして、俺は少しだけユウの顔を覗き込んだ。

 天井や床から微かに投じられた、照明機材の灯り。その光を浴びて、ユウの瞳はきらきらと、揺らめくように輝いている。


「ユウ」

「はい?」


 ユウの返答が疑問形だ。ということは、やはり彼女も何らかの答えを予想しているのだろうか? だが、本当に言いたかったことを伝えるには、俺のボキャブラリーは貧弱過ぎた。


「あー……。あれだ、寝ずの番は俺が担当するから、お前はゆっくり寝てろ」

「でも、そうしたら先輩が――」

「いいんだ」


 俺の声は、思いの外大きかった。ここから立ち去れとユウに強要するかのように。

 ユウも何かを察した様子で、口答えしようとはしなかった。


 俺が銃器のメンテをしているのを見つめることしばし。頃合いだと感じたのか、ユウは何も言わずに自分の寝袋のある方へと引っ込んだ。


「よし」


 俺は自分の両頬をぱちん、と叩いて気合いを入れ、自動小銃を手に周辺警戒にあたった。


         ※


 それから二、三時間は経っただろうか。壁面の隙間から、日光が差し込んできた。

 警戒任務はコッドに頼んで、俺も少しばかり眠った方がいいだろうか。


「ふわ~あ……」


 という間の抜けた欠伸を遮ったのは、コッドが仕掛けた無線機だった。何者かが通話要請を出している。


「まさか……!」


 俺は未だに起きる気配のないコッドを跨ぎ、無線機の正面にしゃがみ込んだ。周波数を調整し、レーザー通信での会話を選択。


「こちらキョウ・タカキ准尉、応答願います」

《おお、やっと出てくれたな、准尉!》

「やっとって言われても……。スティーヴ大佐、あなたも他人を待たせ過ぎですよ」

《いやあ、すまん! 地球開発部会が随分長引いてな……。で、何の話かね? まあ、見当は――》

「繰り返しになってしまうことはお詫びしますが……。ユウ・セガワ軍曹は何者なんですか?」


 どうやら核心に、単刀直入に斬り込んだ形になったらしい。大佐は黙り込んだ。背後から、ごそごそという音がする。

 大佐が返答に窮するとは珍しい。だが、そこを責めなければ謎の答えは得られない。

 

《ふ……。部下に正確な情報を提供できないというのはもどかしいな》

「でしょうね。スティーヴ・ケネリー大佐ほどの、機密を開示され得る高官の人間であれば」


 俺の皮肉めいた切り返しに、大佐は思わず(なんだろうな、きっと)、笑い出そうとするのを止めるために咳を繰り返した。


 加えて気づいたことがある。

 大佐は今、俺に情報を提供できないことをもどかしいと言った。やはり、彼自身は知っているのだ。ユウの存在に関わる、何らかの事実を。


 ふと、俺は無線機から顔を逸らした。まさかとは思うが、ユウが起き出してきて盗み聞きしているのではないかと不安になったのだ。

 すると、無線機から笑いをこらえる声が聞こえてきた。


「何か可笑しいことを言いましたか、俺?」


 コンテナの陰から顔を出しているヤツがいないかどうか、周囲を見渡しながら尋ねる。


《ああ、いやいや。君も他人に気を遣うようになったのだなと思うと、なんだか微笑ましくてね》

「気を遣う? そりゃあそうでしょう、互いに背中を任せて死線を渡っているわけですから」

《そうじゃない。任務云々ではなく、任務以外の会話の中で、だよ。ご両親が亡くなり、途方に暮れる君を育てたのは私と妻だ。里親だな》

「……」

《なあに、恩を着せよう、ってわけではないよ。ただ、現場の、末端の人間への情報提供は、デスクワーク組よりも慎重にならねばならない。心の乱れは時に命取りになる。だから、答えられない事案も出てくる》

「バディが何者なのかも分からずに、命を懸けろ、と?」


 さあ、答えてくれ大佐。ユウはいったい何者なんだ?

 期待を抱いた、その時のこと。非常事態のアラームが鳴り響いた。腕時計からの、ピコン、ピコンという機械音が空を切る。


《おっと、招集がかかるようだな。君らの制圧目標としている建築物からそう遠くないエリアで、別な班が苦戦しているようだ。コッドリー元中尉はいるかね?》

「はッ、現在就寝中ですが」

《叩き起こしてくれ。彼と私の間で連携を取る必要がある》

「了解しました」


         ※


 肩を叩いてやると、コッドはすぐさま起床した。

「ん! あっしが見張りに立つ番ですかい?」

「いえ、スティーヴ大佐からレーザー通信です。あなたと二人きりで話をしたいと」

「おおう! そいつぁマズい!」

「早く来てください、もう大佐とは繋がってますから」

「了解! 周辺警戒は頼みまっせ!」


 俺は手をひらひらさせながら、了解の意を伝えた。

 正直、二人が何について話そうとしているのか興味は尽きない。だが、やはり上官の通話を盗聴するのはいけないだろう。


 俺はわざとコンテナの奥へ、奥へと歩んでいく。幸い、無線機の集音システムが優秀だったらしく、俺にはコッドと大佐、双方の言葉は一言も聞こえなかった。

 情報流失なんて事態が発生しても、俺やユウは犯人から除外される。


 ……などと考えてしまったのは、きっと俺の心が脆弱だからだ。本来なら、ユウの正体に関することがメイントピックになるはずだったのに、話題に上げられなかった。


「ま、いいか」


 この任務が終わればユウともおさらばだ。それまでの間に、ユウのことを考えずにいればいいのだ。出生やら経歴やら家族構成やら、要するにプライベートな事柄を。


 だが、喫緊の問題があるとすれば、俺自身がなかなか眠れずにいることだな。


「……」


 気がつけば、掌を額に当てている。そして何かを考えている。家族だとか友人だかのことを。いや、ほとんど生き残っていやしないんだが。

 考えようとすると、掴みどころなく霧散してしまう。そのくせ、どうでもいいタイミングで脳裏をよぎり、俺の思考を妨害しにやって来る。


 正面にあるコンテナに書かれた文字やらイメージキャラクターやらを眺める。

 これを造った連中は、無事スペースコロニーや月面、火星などに退避できたのだろうか?

 うまく逃げていられたとして、地球にいた時と同じような生活を送れているのだろうか?


 何故か暗澹たる気持ちになってきた。マズいな。俺はコッドの気配がするまで、全身を脱力させておくことにした。

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