第6話【第二章】

【第二章】


 翌日、午前九時三十四分。

 第二フロア・旧車両駐車場にて。


「ユウ、そっちだ!」

「了解!」


 お任せあれ! ――そう陽気に声を上げながら、ユウは足元に駆けてきた巨大エリマキトカゲの牙を逃れた。

 と見せかけて、ひらり、と宙で一回転。トカゲの背中にしがみつき、襟巻を掴む。そのままトカゲの首を捻じるようにして横転させた。

 胸元から手榴弾を取り外し、ピンを抜いて、トカゲの口内に投げ込む。


 俺はユウが頷いたのを見届け、振り返ってフロアのデスクに身を潜める。

 小さめのトカゲが数匹襲い掛かってきた。マグナム弾を装填した拳銃から弾丸を叩き込み、一機に制圧。六発全弾がトカゲに致命傷を与えた。上出来だな。


 そうこうしている間に、ユウの方から生々しい破砕音が響き渡った。僅かな間を置いて、デスクの向こう側からいろんなものが飛んでくる。

 それは灰色や赤紫色、濃緑色の物体。少なくとも、エリマキトカゲの上半身は弾け飛び、絶命したのは間違いないだろう。


 俺は拳銃をリロードし、もう片方の拳銃も抜いて、腕を広げながら飛び出した。


「ユウ! 無事か!」


 返答はない。だがそれは、ユウが窮地に陥っているのではない。

 そうではなくて、戦闘に特化した体制に移っているのだ。その証拠に、今日もまたユウはクリーチャー駆除を続けている。どこか楽しんでいる節もあるかもしれない。


 下半身だけになったエリマキトカゲは、しかしすぐに攻撃をやめようとはしなかった。下半身の動きを司る、第二の脳が生きているのだ。

 くるりと自らの身体をひっくり返し、トカゲの後ろ半分が床を削るように歩み寄ってくる。


 だが、俺が受けた印象は、単純に呆れることだけだった。

 エリマキトカゲよ、そこまで人間を殺したいなら、ユウではなく俺に向かって突進してくればいいのに。

 いずれにしても、俺たちが何らかの傷を負う前に、トカゲは駆逐されてしまっているだろうけれど。


「せんぱーい、どうします? 私が貰っちゃってもいいですか?」

「任せるよ、軍曹閣下」

「はーい!」


 殊更元気に応答するユウ。その後、彼女の前に立ちはだかったトカゲ(の半分)は、一瞬で叩きのめされた。ユウに尻尾を掴まれ、ぶん回された挙句に放り投げられたのだ。

 その先にあったのは、超大型の冷凍庫。電気が通っているのだろう、冷気が漏れ出ている。そこにトカゲは突っ込んだ。


「放っておきましょう、先輩。どうせ変温動物です、凍えて死にます。ね、先輩! あたしって有能な後輩でしょう?」


 嬉々として近づいて来るユウ。彼女を拒絶する術はなかった。


「そ、そうだな……了解だ」


 とは言いつつも、何か腑に落ちない感覚が残る。

 やはり以前の、スティーヴ大佐からもたらされた情報が、少なからず俺の胸中にわだかまっているのだろう。


「とんだバディを寄越してくれたな……」


 俺は拳銃を仕舞ってから、ゆっくりと腕を腰に当てた。


         ※


 昨晩のこと。

 俺はレーザー通信で、スティーヴ大佐と会話していた。


「どうも、スティーヴ大佐。こちらキョウ・タカキ准尉です」

《おお! そろそろ連絡が来ると思っていたよ、タカキ准尉。どうだ、新しい任務は?》

「ユウ・セガワ軍曹は何者なんです?」


 単刀直入に、半ば大佐の言葉を叩き切る。そして俺は本題に入った。


《ふむ、そこが気になるのか。クリーチャーの相手でもしていたのかな?》

「ええ。軍曹は目覚ましい戦果を挙げました。しかし、いや、それゆえに、彼女がただの人間とは思えない。『速くて強い』という我々の理想的行動理念を、彼女は初戦で体現して見せたんです。正直、自分の目が信じられませんが」

《ご不満かな? 新しい相棒の性能には》


 おいおい、人間について述べているのに『性能』って何だよ。


《正直なところ、そこは目を瞑っていてもらえると助かる。現場の人間には申し訳ないのだがね》

「……珍しいですね。大佐がお茶を濁すなんて」

《これだから歳はとりたくないのだよ、タカキくん》


 ううむ、と唸りながら、眉間に手を遣る大佐の姿が浮かぶ。


《ただね、もう察しはついているだろうが、君とセガワ軍曹があたっている任務は極めて重要なんだ。ただ危険要因を駆逐するだけではない。なんとしても最下層のフロアに到達し、完遂してもらいたい任務がある》

「クリーチャーやジャンクを駆逐する以外に、ですか」

《左様。増援は急がせる。あと二日、持ちこたえてもらいたい》

「了解です。セガワ軍曹にも伝えます」

《うむ。よろしく頼む》


 ピピッ、という軽い電子音に続いて、通話終了との立体表示が現れる。


「……」


 途端に静まり返る貯蔵庫。俺の額には、その日何度目かの嫌な汗が浮かんでいた。


         ※


 取り敢えず昨日は俺だけが晩飯を頂戴し、シャワーを浴びた。

 ユウは寝かせておいた。こればっかりは、他人の俺がどうにかできる問題でもあるまい。

 

 それからしばしの間、俺はデータ端末を使って立体画像を流し見していた。地下建造物や周辺の環境、出現が想定される異生物の種類。

 ううむ、今回はただ異生物を駆逐するだけでも、だいぶ厄介な任務になるな。


「……ふん……」


 いや、別にユウが一緒だからではない。

 むしろユウは俺の部下であって、脅威ではない。俺がきちんと命令し、俺が制御し、俺が上手くフォワードとバックアップを交代しながら戦って、俺が、俺が、俺が――。


「……やっぱり厄介だな、今回の任務は」


 俺は壁に背を預け、座った姿勢のままがっくりと上半身を折った。額に軽く拳を押し当てる。繰り返し、繰り返し。


 スティーヴ大佐からユウについての情報を得ることで、俺はこの違和感を抹消できると思っていた。

 それがまさか、大佐にまで知らされない事案、あるいは緘口令が敷かれている事案になっているとは。

 その事実が、得体のしれない何らかの不安を搔き立てることになっている。


「何者かなんて、お前自身も気づいていないかもしれないな」


 それだけ呟いて、ユウに一瞥をくれる。俺はそのまま大の字に寝そべった。疲労ですぐに寝つけたのは、それこそ不幸中の幸いだ。


         ※


 回想に浸っていたのは、ほんの僅かな時間だった。

 気づけばユウが、俺のところに駆けてくるところだった。にこにこしてから、ふっと背後を見遣るユウ。


「うわ! 先輩もだいぶ仕留めましたね!」

「ユウには及ばんよ」

「でも、私がやっつけたのは一体だけですよお?」

「だが大物だ。俺は雑魚を蹴散らしておいただけだ」

「へえ~? でもそれって、私が存分に戦えるように、敵の不意討ちを防いでくれたってことでしょう?」


 おう、そこまで状況把握ができていたのか。


「俺もお前くらいの勘の良さがあればな」

「大丈夫です! 先輩は、私がちゃ~んと守ってあげますから!」


 そう願いたいな。というか、それ以外は何もしなくていいんじゃないか。

 口にしたら余計にユウが増長しそうなので、自分の胸中だけに留めておく。


「一旦引き揚げるぞ、ユウ。銃器のメンテだ。それと、昼飯」

「ふぅん?」


 なにやらユウはご不満の様子。敢えて、何か問題があるかどうかなど尋ねてやることはしない。

 いや、意思疎通の強化は大事だ。チームワークを高めるのも、絶対的な必須条件ではある。

 だがどうにも俺は、ユウのために戦う自分を想像できないでいた。さっきのトカゲにしたって、放っておいたら俺がやられると思ったから撃っただけ。


「なあユウ、お前の考え方、間違ってるよ」

「へ? どんな風に?」


 俺の少し前を歩きながら、ユウは振り返った。


「俺は、お前と自分の間で戦略的価値を比較できるほど優秀な兵士じゃない。お前は常に前衛に出ろ。命令だ」


 すると、後ろ歩きしていたユウが、すっ、と足を止めた。


「命令と言われたら仕方ないですけどねえ? でも、先輩の価値基準がよく分かりません」

「どこがだ?」


 脳裏に僅かな苛立ちが走る。

 するとユウは、自分の腕をぶんぶん振り回しながら語り出した。


「い、いや、どこがだ? って言われても……。だって、私は先輩の大ファンです! 愛してます! あなたがご自分を否定しようとしても、私がそれを止めてみせます! それになんなんですか、『戦略的価値』って? たくさん敵を倒せればいいんですか? だったら私たちは廃業です。人間の生存権を確立するだけなら、広域核爆弾で世界中を土くれだらけにしてやればいい。そうしないのは、人間が地球をこれ以上壊したくない、っていう意図があるからじゃないですか? そこに人の心があるからじゃないですか? 違いますか?」


 俺が何も答えられないでいるうちに、ユウは俺と腕を組むようにして緩やかな坂道を登り始めた。

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