第2話 頭を撫でて欲しい聖女様

「七瀬さん、ナイスシュート! 今の凄い良かったよ!」

「いえ、佐々木さんのパスのおかげですよ」


 昨日の雨が嘘だったのではないかと思うぐらい今日の天気は晴れだ。


 俺のクラスの2組と七瀬の4組は、午後から合同で体育の授業をグラウンドで行っていた。


 男女共にバスケを行い、男子が休憩時間の間、俺は友達と女子の試合を見ていた。


「いや~、今日も変わらず千夏は可愛いな。なっ、そう思わないか?」


 そう言って俺に共感を求めてきたのは高校で初めてできた友達である岩田晴斗いわたはるとだ。


 そして千夏というのはショートカットの彼女、杉本千夏すぎもとちなつ。晴斗の彼女だ。


「そーだな……ん、千夏、手振ってるぞ」


 教えると晴斗と千夏は顔を見合わせて、楽しそうにしていた。


「弘輝も彼女作ったらどうだ? 世界変わるぞ」

「そんな大袈裟な……。晴斗は、千夏という彼女ができて変わったこととかあるのか?」


 いつも晴斗から千夏との惚気話を聞かされていたので恋愛に興味がなかった俺は少し興味を持ち始めていた。そのことを言ったらからかわれるので晴斗にも千夏にも言っていないが……。


「んー、そうだなぁ……癒しの千夏といれて学校生活が前よりも楽しくなった」

「他には?」

「後は、千夏の手料理が食べられる」

「晴斗の方が料理上手いし自分で作ったらいいんじゃないか?」

「いやいやいや、彼女が作ったものを食べるのがいいんだよ。下手でも愛情がこもってるんだから」

「そうなのか……」


 彼女がいたら俺もそう思うのだろうか。まぁ、好きな人も気になる人もいない俺にはまだ早い話かもしれない。


「そういや、ジャージの上下はどうしたんだ? まだ寒いぞ」

「忘れたんだ」

「忘れ物とは珍しいな」

「確かにな」


 本当は忘れてなんてない。七瀬に貸してないだけだ。


 水分補給をして帰ってくると試合をしている方からキャーと歓声が聞こえてきた。


 晴斗がいるところへ戻ると手招きしていたので少し急いで向かう。


「七瀬か?」

「そうだよ。七瀬さんの人気は、相変わらず凄いな。弘輝、彼女と同じ委員会だろ? 話したりしないのか?」

「しないけど……」

「気になったりは?」

「しないな」


 昨日までの自分ならしないと言うだけで終わっていただろう。けど、今日の自分はおかしい。見かけたら自然と彼女を視線で追ってしまっている。


 まさか昨日、話しただけで彼女のことを好きに……いやいや、一目惚れした覚えはない。きっと昨日のことがあって彼女のことを気にしているだけだ。


「はーい、休憩終了! 試合やるチーム決めるから集合な」


 先生から集合がかかり、晴斗と先生がいるところへ向かおうとすると、七瀬と目が合った。そして、彼女はこちらに向かって手を振った。


(俺に……だよな?)


 後ろを振り返るが誰もいないので俺は小さく手を振った。





***





 夕方頃、インターフォンが鳴った。家のところではなく、下のエントランスだ。


 こんな時間に誰だろうか。連絡もなしに親は来ないはずだ。となると……


 モニターを見るとそこには私服姿の七瀬がいた。


(えっ、七瀬?)


 なぜ七瀬がまた家に……と頭の中で考えているとあることを思い出した。



『ジャージは洗って返しますね』



 って言ってたよな。何か、手に持ってるし、中身は体操服かもしれない。取り敢えず、下のドアを開けることに。


 開けてから数分後。次は家のインターフォンが鳴った。ドアを開けるとそこには七瀬がいて、笑顔でニコッと微笑んだ。


「こんばんは、立川くん」

「あぁ、こんばんは……」


 上は白い長袖に下は黒のロングスカート。髪はいつもは下ろしているが今はハーフアップになっていた。


「こちら、昨日、借りたものです」


 紙袋に入ったものを渡され、俺はそれを受けとった。ジャージだけしか入っていないはず。だが、なぜか重い。


「ふふっ、中に借りたジャージ、折り畳み傘、そしてお礼の品を入れておきました」

「お礼の品?」

 

 気になり、受け取った袋の中を見るとそこにはタッパーに入れられていた肉じゃがあった。


「少し作りすぎたのでお裾分けです。おかずは作らないと聞きましたので」


「あ、ありがとう……」

 

(ん? 少し作りすぎた? お母さんが作ったのなら作りすぎたとは言わないよな)


「もしかしてこれ、七瀬が作ったのか?」

「えぇ、基本夕食は自分で作っていますので」

「偉いな、七瀬は」


 知り合いの小さな女の子にするようについ無意識に俺は彼女の頭を撫でてしまった。すると、七瀬は驚いた表情をしたのですぐに手を離した。


「ご、ごめん!」

「い、いえ……とても安心しましたのでもう一度してもらってもいいですか?」

「うん───って、七瀬、もう一度って言ったか?」


 聞き間違いかもしれないと思い、聞き返すと彼女はコクりと頷いた。


「安心しましたので……もう一度してほしいです。ダメ……ですか?」


 上目遣いに可愛らしくお願い。断る理由もなく、俺はもう一度彼女の頭をそっと優しく撫でた。


「ふふっ、ありがとうございます」


 ふにゃりとした彼女の表情に俺はドキッとしてしまった。小動物のようなこの可愛さにドキドキしないわけない。


「では、渡せましたから帰りますね」

「……俺の家でゆっくりしてから帰らないか?」

「えっ……?」


 何を言ってるんだろうか俺は……。まだ話したいと思ってしまい、引き止めてしまった。


「あっ、えっと、やっぱりさっき言ったことは忘れ───」

「いいのですか?」

「! お、俺は構わないけど……」

「では、お邪魔してもよろしいですか? 私、立川くんともっと……いえ、たくさんお話ししたいです」


 話したいのは俺だけじゃなかった。彼女も俺と話したいそうで家に招くことにした。


「そう言えば親と仲直りできたのか?」


 七瀬は親と喧嘩し、雨の中、傘も差さず立ち尽くしていた。仲直りできたか心配だ。


「仲直り……喧嘩と言いましたが、私が勝手にそう言っただけで喧嘩はしていません。昨日はちゃんと家に帰りましたよ」

「そっか……」


 何か悩みを抱えていそうに見えるのは俺だけだろうか。


 リビングへ案内し、彼女をソファへ座らせ、目の前に俺が座ろうとすると彼女はトントンと優しく隣を叩いた。


「対面だと緊張します。後、寂しいので隣に来てもらえませんか?」

「さ、寂しい……わ、わかった」


 ソファは広いため俺は少し間を空けて彼女の隣に座ることにした。








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