第14話 死刑囚ハイマ・ジェパード

 民衆が渦巻くいつものコロシアムにギギラが足を踏み入れる。

 一つだけいつもと違うのは、今の時間帯が夜だという事だ。


 「夜空を見るのも久しぶりだね~。おいでよバラン君」


 ギギラはそう言いながら武器庫に繋がるゲートを開いた。


 「なんか遅いなと思ったら、真っ暗じゃねぇか!!こんな時間帯に駆り出されるのなんか初めてじゃねぇか?」


 「看守の変更と言い、変な感じだよね」


 ギギラはバランを掴みながら夜空を見上げる。

 自分が捕まったあの日も、今日と同じでよく星の見える綺麗な夜空だった事を思い出しながら。


 『男を捕まえては武器にして良い様に扱うクソビッチ!!ギギラァァァァ・クレシアァァァァァ』


 いつもの様にギギラを紹介する台詞と観衆のブーイングが流れる。

 少し前に結界を壊しかけた影響か、ブーイングの声も普段より大きいような気がした。


 だが、ギギラはそれ以上に異様な雰囲気を感じていた。


 「今日はあの方が出るんだよな」

 「そろそろギギラ・クレシアも死ぬかな」

 「当り前だろ。あの方が出るなら間違いない」


 ブーイングに紛れる『あの方』という言葉。

 それも一人や二人ではない、コロシアムに集まっている観衆の約半分程が『あの方』について言及している。


 『戦争を終わらせた大英雄にして、虐殺の地獄を作り出した女。ハイマ・ジェパード!!』


 死刑囚を呼びあげる声が上がる。

 ギギラ達の目の前に、『あの方』と呼ばれていた一人の女が姿を現した。


 「諸君!!歓声を上げろ、罵声を上げろ!!」


 ハイマ・ジェパードと呼ばれた女はカツカツと足音を鳴らしながら歩いていた。

 手を大きく上げ、観衆を声を掛けながら歩いているその姿はまさに演説の様だった。


 「僕の事を恨んでいるか?僕の行いで愛する人が、村が死んでしまったか?であるならば全ての憎しみを僕に向けると良い」


 ハイマもギギラと同じく、みすぼらしい死刑囚用の服を着ている。

 しかしながら、ハイマの立ち振る舞いと溢れ出るカリスマがそれを感じさせない。


 「僕の事を崇拝しているか?僕の行いで愛する人が、国が救われたか?であるなら歓声を上げ、今ある幸せをかみしめると良い」


 コロシアムの盛り上がりは最高潮だった。

 あのギギラ・クレシアの心が、ほんの少しだけ雰囲気に飲まれそうになるほどに。


 「やぁ、ギギラ・クレシア君。僕の事を知っているかい?」

 

 「知らないよ。ギギラ、女に興味ないもん」


 「ふぅん。噂にたがわぬ男好きだね。元々の趣向なのか、禁術の影響によって捻じ曲げられてしまったのか……出来れば研究のサンプルとして残したいものだ」


 ギギラは先ほどより強くバランを握る。

 刃をいつでも相手に刺せるように、いつでも魔法を放てるように、最大限警戒しながらハイマと言う女を観察する。


 「それが【不全能ふぜんのう短剣杖たんけんじょう】かぁ。全種族の魔法が使えるんだってねぇ。威力が弱いにしても、何の成果も出してない冒険者の男を素材にそれ程の武器が作れるとは興味深い」


 「おい!!お前さり気なく俺の事ディスったな?!テメェふざけやがって」


 「そ~だ、そ~だ。バラン君の事悪く言うのは止めてよね」


 「ギギラ……お前、俺の事を」

 

 「人間の魅力は成果だけじゃないから。バラン君は雑に扱いながら愛し合うのが一番良いんだよ。分かってないなぁ」


 「おい、全然フォローになってないぞ」


 ツッコミを入れながら怒り狂うバラン。

 そんな彼を腕を組みながら興味深そうに見つめるハイマ。


 とても今から殺し合いを始める雰囲気とは思えない。

 ハイマは隙こそ見えないものの、攻撃する気なんて微塵も無い様にすら感じてしまう程だ。


 「それにしても良いの?ギギラ達とこんなにダラダラと喋っちゃってさ」


 「実を言うとね、君を殺すのに3分もかからないんだ。だから少しだけ僕と話をしないかい?」


 「へぇ~。だったら、一つ言いたい事があるんだよね」


 「ほう。聞かせてくれたまえよ」


 「……君さぁ、裏でこの施設と関ってるよね」


 ギギラの言葉に、会場が一瞬シーンと静まった。

 ギギラとハイマは顔色一つ変えずに互いを睨み続けているまま、観客も固唾かたずを飲んで見守っている。


 その静寂を破ったのはバランだった。


 「裏で繋がってるって、それどういう事だよギギラ?!」

 「バラン君だって、あの独房で暮らしてたら分かるでしょ?」


 「分かるって何がだよ」

 「あそこってさぁ、今何時かも分からないぐらい外と遮断されてるでしょ?情報なんか仕入れる方法皆無だよね」


 「まぁ、そうだな」

 「だけど、あの女は違う。最初から私達を知っている風だった」


 そこまで聞いてバランはハッとした。

 今までギギラ達が死刑囚と戦う時にバランを使っていたのは相手の戦い方を見極める為だ。


 もし、独房の中で簡単に対戦相手の情報が手に入れられるのであれば最初から相性の良い武器カレシで戦えばいい。


 それが出来ないからわざわざ戦いの中で相手の情報を集めているのだ。


 だけど、目の前の女は違う。

 戦いが始まる前からすでに、ギギラとバランの性能を熟知している。


 「正解だよギギラ・クレシア。僕はここの監獄長と仲が良くてね。特別にこのコロシアムで行われている全ての試合を見させてもらってるんだ」


 ブワリ、とハイマから力の渦があふれ出した。

 その渦は女体を形作り、ハイマの背中に寄りかかって彼女の耳を両手で塞ぐ。


 ギギラはそれを見てすぐに思い出した。

 朝食を届けに来た監獄長補佐官のジェーエル・モランシーも同じ様な現象を起こしていたことを。


 「それ、何なの?禁術とは違うみたいだけど」

 「これは真なる神の力の一部さ。僕も、このコロシアムを作り出した監獄長も、今朝君に朝食を届けに来た監獄長補佐官も、皆【耳無し】様の使徒なのさ」


 ハイマの顔は少し自慢げであった。

 まるで神の信徒である事そのものが誇りであるかの様に。


 そんな彼女をギギラはわらいながら吐き捨てた。


 「へぇ~。その女神の信徒になれば特別扱いしてくれる訳?じゃぁギギラも入信しようかなぁ」


 「おやおや、勘違いはしないで欲しいな。僕が特別扱いを受けているのは何も耳無し様の信徒だからと言う訳じゃないんだよ」


 「じゃぁそれ以外に何があるって言うの」


 「罪状さ。僕の罪は少し……いや、だいぶ特殊でね」


 ハイマはそう言うと、右の手を開く。

 その手の平の上に、ボール状のエネルギー体が現れた。


 エネルギー体の正体は結界だ。

 特殊なルールを与えられ、そのサイズを縮小している高位の結界がハイマの手の上で転がっている。


 「ギギラ・クレシア君。この国が少し前まで戦争をしていた事は知っているかな?」

 

 「知ってるよ。だって、ギギラのママとパパは戦争に巻き込まれて死んだんだから」


 「おやおや。では、君も僕が起こした犯罪の被害者である可能性があるわけだ」


 「……その内容によってはギギラ、君をどうしちゃうか知らないよ」


 ギギラ目が殺気に染まる。

 今まで殺し合いを繰り返してきたのだ、殺気が飛び交うのなんて当り前だろう。

 

 だが、この日ギギラが放った殺気はどんな物よりおぞましくかった。

 それこそ、長い間一緒に戦ってきたバランの心を委縮させる程に。


 「僕の罪状はね、民を巻き込みながらも敵を殲滅する広範囲結界術【ナパームヴォイド】を開発、実行した事による戦争犯罪なんだよ」

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