第29話
その頃、ルフナ教会の隣にある墓地の、奥まったところにある
「デェト、デェトデーエト、フゥフゥ!」
「……ちょっと落ち着きなさい、ライル」
「これが落ち着いていられるかっての! デートだぞ、デート! おまえは嬉しくないのか、ルカ。セドリック坊やとメアリちゃんがデートなんだぞっ」
「そりゃあ、嬉しいですよ」
「だろう⁉︎」
はしゃがなければ損だとばかりに、ライルは上機嫌である。
小さなタルが入っていそうな、張りのあるムキムキの腕を上げ下げさせ、裏声で歌いながら腰を振る彼のこんな姿を見て、かの有名な
現役時代ならまだしも、伝説となった今ではいるわけがない。
ガゼボに設置されたベンチへ腰掛け、空中で騒ぐゴーストたちを見上げながら、セドリックはそんなことを思った。
そもそも、ゴーストを視認できる存在が稀なのである。
ましてや、セドリックのように意思疎通できるとなると、可能性は限りなくゼロに近い。
伝承される餓狼の騎士の容姿は誇張されていて、実際とは大きく異なる。
となれば、本人から自己紹介されなければ知る方法はないわけで、すなわちそんな存在はセドリックくらいなものなのである。
今ほど、セドリックは自身の能力を恨めしく思うことはないと思った。
餓狼の騎士といえば、男の子なら誰もが一度は憧れる存在である。
子ども向けの絵本もたくさん出版されているし、セドリックだって擦り切れるほど読んだ。
大挙した敵兵をたった一人でバッタバッタと倒していくシーンは、暗記しているほどなのに。
威厳などかけらもない、ただの酔っ払いおじさんにしか見えないライルに、セドリックはガッカリだ。
「いざという時は俺に任せておけ。とっておきのタイミングで合図してやるから、男気出して頑張るんだぞ!」
男気の意味を履き違えている。
おそらくライルはチャンスがあったらメアリに手を出せと言いたいのだろうが、男気の本来の意味は『自分を犠牲にしても困っている者を助けようとする気性』のことである。
いつも以上に酔いが回っているらしいライルに、セドリックはゲンナリしたくなる気持ちを抑え、「ハハ」と乾いた声で笑うだけに留めた。
ゴーストというと一般的にはおどろおどろしいイメージがあるようだが、セドリックの目には生者も死者もそう変わりなく見える。
実体がないため、触ろうとすると霧をすり抜けるような感覚があるが、それ以外は生者と大差ないのだ。
むしろ、死んでいるはずのゴーストたちの方が、生き生きとして見える時があるくらいである。
そう。今、目の前にいる二人のように。
隣国に残る記録では、過去にセドリックと同じような能力を持った女性がいたそうだが、彼女は死んだ瞬間の姿のゴーストが見えていたという。
その記録を読んだ時、セドリックはつくづく運が良かったと思ったものだ。
どういう理由があってのことかはわからないが、セドリックにとっては幸いなことに、ゴーストは生前最も輝いていた瞬間の姿に見えている。
ライルもブレゲも、墓地に眠る英霊たちもすべて、没した年齢よりも若く見えるのはそのせいなのである。
「それにしても……。デートの約束を取り付けるなんて、ずいぶん頑張りましたね、セドリック」
ブレゲの言葉に、セドリックは自分でもそう思っていたことなので、深くうなずきを返した。
あの時のことを思い返すと、今でも緊張で喉が震えそうになる。
感情が表情にあまり出ないタイプで良かった。そうでなければ、壊れそうなくらい心臓が脈打っていたことを、メアリに悟られていたに違いない。
また、彼女が機械のことになると夢中になる
賢明な彼女のことだ。普段通りであったなら、この誘いに乗るはずがないからである。
「大義名分があったので、なんとか誘えたという感じですが」
リサーチなんて言ったが、実際は夜の墓地をお散歩しませんかというお誘いである。
きっとメアリは生真面目にメモを取りながらセドリックの隣を歩くのだろうが、二人きりなら立派なデートだ。
「この際、事実などどうでも良いのです。既成事実が、大切なのですから」
「そうだぞぉ。前は遠くから見つめるので精一杯だったセドリック坊やが、デート……。グスッ……。女の子をデートに誘うなんて、俺は、俺は……うぉーん!」
感極まったライルが男泣きしだし、ブレゲとセドリックが顔を引き攣らせた。と、その時である。
「大変、大変、大変ですぅぅぅぅ!」
墓地の端から、叫び声がかすかに聞こえてくる。
なんだろうとセドリックが立ち上がると、ビュンと
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