転生少女と歌姫2

 上演当日、エルネストとアニエスは、歌姫ユスティーナに挨拶する為、劇場の控室を訪れた。エスネストは、黒を基調とした正装、アニエスは、青を基調とした正装をしている。控室に入り、アニエスは目を瞠った。


 ユスティーナは、赤いドレスに身を包み、ウェーブがかった長い黒髪を垂らしている。アニエスは、彼女の顔に見覚えがあった。先日酔っ払いから助けた女性だった。


 ユスティーナもアニエスの顔を覚えていたらしく、一瞬目を見開いたが、すぐに唇に人差し指を当てた。一人で出歩いた事を内緒にして欲しいらしい。


「エルネスト・アベラールと申します。本日は、お招き頂きありがとうございます」

「アニエス・マリエットと申します。本日の公演、楽しみにしております」

 エルネスト達は笑顔で挨拶した。ユスティーナも、笑みを浮かべて言った。

「王族の方に私の歌を聞いて頂けるなんて光栄です。楽しんで頂けるよう、心を込めて歌わせて頂きます」


 挨拶が終わり、二人が廊下を歩いていると、ウェーブがかった金髪の男が反対側から歩いてきた。酔っているのか、足取りが覚束ない。手にはワイングラスを持っている。この劇場には、飲食できるスペースがあるが、酔ってグラスを持ったままここまで来てしまったのか。


 この先はユスティーナがいる控室。関係者以外立ち入り禁止だ。エルネストが声を掛ける。

「そこのお方、そちらは立ち入り禁止ですよ」

 酔った男は、振り返ると言った。

「うるさいな、俺に構うな」

「しかし、決まりは守らないと……」

「うるさいって言ってるだろ!」

 そう言うと、男は持っているグラスの中身を、エルネストではなくアニエスに浴びせかけた。


 エルネストは、スッと目を細めると、男の腕を捻り上げた。

「いててて……!」

「酔いを覚ました方がいいようですね」

 そう言って、エルネストは男を会場の入り口まで引き摺って行った。


 男が劇場からつまみ出されると、エルネストは側にいたアニエスを振り返った。

「ドレスも身体も濡れてしまったね。近くに服屋があったはずだから、新しいドレスを買って着替えよう。急げば上演に間に合うはずだ」

「わざわざ買って頂くのは気が引けますが……婚約者としての体面もあるし、お言葉に甘えさせて頂くっす」


 こうして、服屋に駆け込んだ二人だが、何とかアニエスの体型に合う既製品を見つけ、試着室で着替えてそのまま劇場に戻った。


 劇場に戻り、二階にある特別な観覧席に向かおうとした時、通路が少し騒がしくなった。一般の観客席にいた人々が、次々と通路に飛び出して行く。


 どうしたのかと思っていると、羽音と共に、蜂の大群が通路に飛び出してきた。

「何だあれは!?」

 エルネストが困惑した声を上げる。その蜂は、赤と黒の縞模様で、今まで見た事のない種類だ。魔物ではないだろうが、特殊な虫なのだろう。

 その蜂の大群は、周りの観客達を襲うことなく、何故かアニエスの方に向かってきた。


「アニエス!!」

 エルネストが叫ぶ。しかしアニエスは顔色を変える事なく、飲食が出来るスペースへと走った。そして、酒の入った茶色い瓶を持つと、それを自分の身体に振りかけた。すると、蜂はアニエスを襲うのをやめた。

 それを見たアニエスは、今度はその酒を蜂の大群に振りかけた。蜂は、次々と床に落ちていく。残った蜂も、アニエスの側を離れ、遠くに飛んでいった。


「……何とかなったっすね」

 アニエスが、緑色のドレスを濡らしたまま言った。エルネストが、アニエスの側に駆け寄る。

「アニエス、蜂に刺されなかった?」

「大丈夫っす」

「良かった。……でも、あの蜂はあのお酒に弱かったの?アニエス、良く知っていたね」

「……以前図鑑であの蜂について読んだ事があったっす」


 ゲームの世界のエルネストルートでは、これでもかと言う程エルネストの暗殺未遂事件があった。だから毒を持つ生物について調べていたのだが、ゲームの事は言わないでおこう。


「そう……この蜂の死骸を片付けてもらわないといけないな。従業員に言ってこよう」

 エルネストは、側にいた授業員に話をしに行った。


 エルネストの背中を眺めながら、アニエスは考え込んでいた。何故あの蜂の大群は自分だけを襲ったのか。何だか嫌な予感がする。


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