第二王子の初恋1

 アニエスが薬草実習をしている頃、エルネストは学園の訓練場で剣術の授業を受けていた。模擬戦をしているエルネストは、相手を圧倒している。


「すげえな、第二王子……」

「ああ。何だよ、あの強さ……」

 周りで見ている男子生徒達がヒソヒソ話をしている。


 模擬戦に勝利し、休憩していたエルネストは、辺りが少し慌ただしい事に気付いた。

「どうしたのかな?」

 近くにいた男子生徒に聞くと、その男子生徒は緊迫した表情で答えた。

「エルネスト殿下、学園内に……魔物が現れたようなんです!」

「何だって!!」

「先生達が話しているのを聞いたんです。薬草実習で使われる裏庭に魔物が出たって……!」

「裏庭だって……!?」

 確か、アニエスは薬草の科目を選択しているはず。嫌な予感がする。


 イネスと話していた剣術の教師が訓練場に戻ってきて、生徒達に向かって言った。

「皆、聞いてくれ!裏庭に魔物が現れた。既に魔物は立ち去ったようだが、生徒が一人怪我をした。念の為ここでの訓練は中止する。教師はまだ魔物が学内にいないか手分けして調査するので、君達は教室で自習するように」

「先生、その怪我をした生徒の名は?」

 エルネストが聞くと、教師は言いにくそうに答えた。

「……アニエス・マリエット」

「彼女は今どうしているんですか?」

「医務室にいる。命に別状は……」


 教師が言い終わらない内に、エルネストは医務室に向かって駆け出していた。


 走りながら、エルネストは思った。自分は、全然アニエスの事を守れていないじゃないか。アニエスを守ろうと決めたのに。アニエスは、大切な人なのに。


 エルネストがアニエスと初めて会ったのは、エルネストが十二歳の時。兄の婚約者であるブリジットの家に、兄と一緒に遊びに行った時だった。アニエスは、ブリジットの専属メイドとして働き始めたばかりだった。

 初めは、変わった言葉遣いをするメイドだとしか思っていなかったが、段々と気になる存在となった。


「ちょっと、この紅茶、ぬるすぎるわよ」

 ある日のお茶会の最中、そう言ってブリジットがアニエスにお茶を掛けた。アニエスのメイド服が汚れている。以前からブリジットが我儘で下の身分の者にきつく当たるのは聞いていたが、エルネストがそれを目の当たりにするのは初めてだった。

 自分がブリジットに注意しようか、でも婚約者でもない者がどうこう言うのも……とエルネストは迷っていた。そうしている間に、アニエスは何事も無かったかのような表情でお茶を淹れ直し、ブリジットに言った。


「お嬢、ご両親がお忙しく、相手をしてもらえなくて苛立つのはわかります。お嬢は十一歳ですが、まだまだご両親に甘えたい年齢でしょう。しかし、他の者にきつく当たるのはいけません。お嬢の評価を下げるだけっす。……どうか、ご自身がどう見られるか考えて行動して下さい。お嬢は本来お優しい方。お嬢には、人に愛される人間になって欲しいっす」

「……何よ、メイドの分際で」

 そう言いながらも、ブリジットは思う所があったようで、その後は誰かを困らせるような行動は取らなかった。


 エルネストは驚いた。メイドが主人に注意する事にも驚いたが、ブリジットがアニエスの言う事を素直に聞いたのも意外だった。きっとこの二人には信頼関係が出来ているのだろう。ブリジットが我儘な為、メイドが何人も辞めたと聞いているが、きっとこの子はずっとブリジットの側にいるだろう。エルネストは確信にも近い思いを抱いていた。


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