第9話 料理人と芸術家~隠し味とタンポポの花~

「料理人見習いのヨハンソンです。祝福は口にした料理の隠し味がわかります。料理人向きだと褒められますね。パーティでは給仕をしていただけで何もしていないんですけれど」


 素朴な顔の男性だ。疲れたように溜め息を吐く。

 ルーカスやヨハンソンは、恐らくその場に居ただけなのだろう。

 誰かしら罪をかぶせられそうな相手を無作為に選んでいるのだ。


「メアリ知ってる? 使用人の」


「知ってますよ。可愛い子ですよね」


「ちょっと戻って話聞いてきてくれない? ただし、ちゃんと罪を着せられて戻ってくるように」


「何ですかそれ。無茶言わんでください」


「昨晩と同じ行動をしてくれ。それ済んだら助けてやるから!」


 ここに来て情報を詳しく確認することにした。

 そもそも過去に送り込んだ連中は具体的にどうなっているんだろう。

 記憶は継続しているようだが、何とも動きがつかめない。


 複数人なんて送り込んだことがないからさっぱりわからない。

 やはり、ミザリーに頼むべきだったと改めて小さな後悔が湧く。

 ヨハンソンは幸いにも気の良い性格で、話を素直に聞いてくれる青年だった。


「アンナ様がどうとかって話を牢番に聞いたと言われましたよ。ただそれ以上のことは、関わりたくない、知らないと」


「なるほど。やはり記憶は継続している。ただ身分が低い者だと関わることを恐れて何もしない、か。わかった。出来れば可能な限り身分の高い相手に相談して欲しい。貴族じゃなくてそれ以外の誰かが居れば声を掛けてみて」


「あの、これ成功したらメアリと良い仲になれたりしますかね」


「しますします、めっちゃします。天使嘘つかない」


 もはや自分の設定もよくわからなくなってきた。

 適当な話をでっちあげるのもやはり一定の学は必要だろう。


「ダミアン。芸術家の卵で、絵を描きます。お世話になっている方のご厚意で出席していたんですけど、同行していた師匠が料理人の方と何やら話をしていて。僕は関係ないので離れて居たら事情聴取を受けて、その後は誰かが死んだとか、何が何やらどうなっているのかよくわからず」


 確かに貴族ではないが。頭が痛くなる。

 そうだよ、微妙にぼんやりしてる奴らだから生贄にされるんだな。

 だからこそ、状況を打開する手段が見つからない。

 そして僕自身が賢いとは言えない。そこが致命的だった。

 

「何か良さげな祝福とか持ってない?」


 半ば義務的に聞いてみる。


「タンポポを出せます」


 可愛らしい黄色い花を手渡された。

 彼が木炭を出せる祝福だったらとても重宝したことだろう。

 誰もが欲しい物を都合よく得られるとは限らない。

 彼らを憐れむよりも、少しせつなくなってくる。


「とりあえず世話になってる人に守ってもらって容疑から外れてくれ。アンナが殺されるから助けてくれと伝えてくれ。多分王太子が悪い。そいつが諸悪の根源で世界を滅ぼそうとしている」


 疲労が蓄積してきた。

 何を言っているのか自分でもわからなくなってきた。


「なんか大雑把ですね」


「あ、うん。ごめん。なるべく賢くて問題解決力のあるそうな相手ってわかるかな」


「はぁ。例えば頭の回転の良さそうな方とか?」


「そうだね。今必要なのは恐らくそう言う存在だ。その人に、そう、しばらくパーティに留まって事情聴取を受けるように伝えてもらえるか。君自身は受けてはいけない」


 ここに来て意図的に誰かをここに呼ぶ手段を思いつく。

 もっと早くにそれに思い至るべきだった。


「あの、でも行く前に絵を描かせてもらってもいいですか?」


「は? 僕なんて描いてどうするんだよ」


「いやぁ、牢屋の中でこんな不思議な方にお会いできるなんて、すごく運命的ですよ。それにあなたは整った顔立ちをしています、神秘的で、何とも創作意欲を刺激されます」


 こんな時に何を言っているんだろうこの男は。

 アンナ以外に顔を褒められても嬉しくない。


「終わったら好きにして。とにかく行って、時間ないから!」


「本当ですか? 約束ですよ」


 ちなみに彼を送ると同時にタンポポの花は消えた。

 アンナの木炭はやはり残っていた。

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