ゼロの魔弾士
竜胆マサタカ
第1話 当たらねぇ
俺が十歳の誕生日を迎えた翌日──つまり八年前、セカイは混迷に陥った。
天から降り注いだ『白い塔』。
地を覆い尽くした『赤い壁』。
それまでの常識や日常は、いつの頃からか『
最初の三年間は黎明期。多くの犠牲を支払いつつの、何もかもが手探りだった時代。
次の三年間は過渡期。新たな摂理へと順応するために費やされた時代。
そして。そこから今日に至るまでが、停滞期。
退きも進みもしていない、上っ面ばかりの平穏が取り繕われた、無為な時代。
──ああ。つまらねぇ。
「ギャアギャア喚くなってんだ。合唱コンクールじゃあるまいし」
ここ数年、白い塔は主に『ダンジョン』と通称されている。
塔なのに
「狭い通路で何匹も群れやがって」
白い塔の内部は、怪物が跋扈する迷宮。
その怪物を倒せば実入りが得られ、一定の階層まで登ればごほうびもある。
成程、まさしく絵に描いたようなダンジョンだ。
「俺はクリーチャーに情をかけるほど酔狂じゃないが、一応一度だけ常套句を言っておいてやる。死にたくなければ道を開けろ」
黎明期には災厄と忌避されていた白い塔は、今や人々が生活を営むための根幹。
あらゆる資源を生む泉。そして白い塔を探索し、怪物を屠り、資源の元を持ち帰る者を『探索者』と呼ぶ。
まあ正式な職業名は別にあるんだが、忘れた。と言うかハナッから覚える気が無い。やたら長ったらしい上、協会のお偉方以外ほぼ誰もその名称を使ってないからな。
「……チッ。犬畜生が、こっちの言葉を理解する能も無いのか。昔近所で飼われてたハスキーより馬鹿とか、信じらんねぇ」
さて。十八歳の誕生日を迎えた俺が協会の窓口で手続きを済ませ探索者(仮)となり、およそ三時間の説明会を終えて白い塔の二階層へと足を踏み入れたのは、つい数分前の話。
何故(仮)なのかと言えば、探索者登録は申請者本人が白い塔の五階層に据え置かれた端末へと書類を読み込ませなければ、決裁がおりない規則だからだ。
早い話、自力で五階層まで辿り着くのが探索者となるための絶対条件。
そこまでの道中を乗り越えられないようでは不適格ってのが協会、延いては代理政府の考え。
「いいだろう。なら押し通るだけだ」
今、俺の前には四匹の怪物──『クリーチャー』が屯している。
協会が保有するリストに登録された種族名は『コボルド』。分かりやすく言い換えれば、剣や棍棒で武装した二足歩行の犬っころ。
平均身長は一八〇センチメートル。割とマッシブな体格をしており、大まかな強さは体育会系の成人男性と同程度。確か先々週、学校の授業でも習った。
ランクは七段階のうち最下級のG。要するに白い塔で出くわす怪物の中では最弱の、取るにも足らん雑魚ってことだ。
ただし過度な油断は禁物。
何せクリーチャーには、通常の武器兵器が一切通用しない。
奴等はどんな雑魚でも例外無く『外套』という特殊な力場を纏っており、計算上では戦術核の爆心地に居ようと無傷で凌ぐ。
それを知らず、黎明期に塔内へと踏み入った自衛隊の一団は徹底的な負け戦を味わってる。ご愁傷さん。
で、そうした辛酸を舐め尽くした末、人類はクリーチャーへの対処法──即ち外套を打ち破る二つの手段である『スキル』と『
「遅せぇ」
手近なコボルドが振り下ろした剣をバックステップで躱し、腰のホルスターに手をかける。
引き抜いたのは一丁の拳銃。と言っても、モデルガンだが。
つい先程
「蜂の巣になりやがれ」
精巧に本物を模して造られた銃口を、コボルドに突き付ける。
間髪容れず引き金を絞り──鉛色の鈍い輝きを帯びた『
「……くくっ」
撃つ。撃つ。撃つ。
「はははははははっ!!」
撃つ。撃つ。撃つ。撃つ。
二秒間で合計七発。初めての割には悪くない早撃ち。
七条の軌跡は音よりも疾く鋭く、眼前の敵を貫くべく飛来し──
「──当たらねぇ!」
一発残らず、空を裂くだけの結果に終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます