第33話 追放なんて、物語の中だけにしとくべきなのさ

 討議の間に到着したところ、家臣達は何やらあれこれ話をしていたようだった。居住まいを正して俺を迎えるものの、どことなく引き締まった空気がそれを物語っていた。

 あんまり楽しい話し合いじゃなかったようだな。

 

「どうした? って聞くのもアレか……みどりちゃんか、それとも姫蔵の後処理か。前口家の信介殿についてはそこまで話し合うことでもないはずだな?」

「如月の小娘のことですな、若様。郷間殿ともあろう方が、ずいぶん甘ったれた躾をされていたようでして」

「いやはや、もはや伏して詫びるほかなく……当主様におかれましても、愚孫が大変失礼仕りまして」

 

 前口さん家の若旦那さんはさっきから無言のまま、顔を青ざめて俯き家臣団の端っこで正座している。

 気に病み過ぎだから早いとこフォローしてやりたい気持ちはあるんだが、さりとて先に家臣団の話についてだ。どうやら如月んとこのみどりちゃんがさっきまでここでやらかしていた件について、祖父の郷間を詰めていたみたいだな。

 

 正直、みどりちゃんに問題があるのもたしかだろう。どうも俺を舐めていそうなところはまだしも、火宮一族そのものに対する理解がおかしいというか、勘違いしているところがありそうなんだよな。

 やたら姫蔵に下剋上しての復権に拘ってるところなんか最たるものだ。


 別に当主たる俺だけじゃなくて家臣団から分家筋までの総意として"いやもう、そういうの良いから"って感じなわけなんだが……

 彼女だけなんだな、そんなこと未だ気にしてるのは。だからそういうところについては俺もどうかと思うんだが、とはいえなあ。


 俺は家臣団を手で制した。郷間を詰める姿を、あまり見ていたくなかった。

 仲良しこよしってわけじゃないが、それでも俺達は一つの目的に向けてともに肩を並べる仲間だからな。それは家臣団に限らず、火宮に縁のある血族みんながそうだとも。

 

「よせよせ、お前ら。みどりちゃん、いや如月みどりの主張もそれはそれで一つの意見だろう。俺らとは相容れんが、だからといって彼女や彼女の家族をあまり侮辱するなって」

「若……しかしですなあ。さすがに貴族の末席としてはあまりにもお粗末といいますか。若様へも相当無礼な物言いをしておりましたし」

「左様ですぞ、当主様。あのような真似をした者をなあなあですませては、天象火宮の焔の規律が保たれませぬ。この婆といたしましてはやはり、せめてあの小娘の追放くらいはせねばと考えますれば」

「追放ってあのな、今時のラノベじゃないんだぞ……」


 変なところで貴族らしさを出すなと、家臣の一人たる老婆、美花婆さんに慄く。

 追放っていつの話をしてるんだか、近代に入ってそんな真似した貴族なんぞ聞いた例がないぜ。


 追放ね……最近流行りの若年層向けファンタジーノベル、通称ライトノベルでそんなジャンルが流行っとるそうだが。

 うちの一族もラノベチックといえばそりゃそうなんだが、さすがに追放系とやらの文脈で語られたくはないところかもな。


「だからって郷間に当たるなよ……とはいえ何もなしでは本家のメンツってものもあるのは理解するけどな。郷間!」

「はっ!!」

「……孫娘、みどりに3年間の火宮外での社会活動を命ずる。同時にその間、如月家は彼女に再度"現在の火宮"のあり方について叩き込め。思想や言論は尊重しつつ、それはそれとして場所と場合を弁えられるように叩き直してやれ。それで今回一連の件の決着とする」

「ははぁーっ!! 寛大なご処置、感謝いたしまするっ!!」

 

 せんでいい、そんな感謝。

 まったく、なんで俺がこんな裁定者の真似事をせんといかんのか。おかげで結果的にみどりちゃんにひとまずの引導を渡すみたいになっちまったじゃないかよ。これも当主の仕事かね。

 

 みどりちゃんに必要なのは、いろんな意味での余裕だろう。視野を広くして、いろんな考えに触れて……俺みたいな若造がこれを言うのも噴飯物だが、社会経験ってやつを積んで。

 そうして一回りも二回りも大人になってから、もう一度今この時の自分を振り返ってみることが大事だと思う。

 

 向上心の強さとかはすごいし、そうでなくとも普通に賢いし事務仕事は評判良いみたいなんだしさ。そういうのを、適した場所で活躍させるのも良いんじゃないかな。

 ついでに現状、トラブルの元でしかないみどりちゃんを火宮から一時パージさせて、かつ郷間にペナルティを課しつつ家臣団の溜飲を下げさせる。

 即興の裁きとしちゃ、なかなかいい塩梅に落ち着けさせられたんじゃないかね。って、これは自画自賛か。

 

「これ以降、この件で如月についてとやかくいうのは許さん。良いな?」

「かしこまりました……さすがの采配ですぞ、若様」

「いやはや、ちと甘い気はいたしますが……これも時勢なのでしょうなあ。まあ、儂ら老人達の親世代や祖父世代だと逆に厳しすぎたでしょうから、このくらいが良いのかもしれませんなあ」

 

 如月以外の家臣達も納得したようでうなずく。

 婆さんが言うようにたしかに甘いと言われればそれまでなんだが、つってそこまで厳しくしたって仕方ねえしな。

 ご先祖さんの時代と今は違う。それだけの話なのさ。

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