第31話 仕事の前にもやることが盛り沢山だぜ

 すっかり綺麗になった貞時の、無事健康も確認できたことだし一安心だ。俺達はその後教室に戻り、普通に午後の授業も受けて今日の学校を終えた。

 さすがに今日は綾音嬢も俺ん家に挨拶をーとか言い出さないでくれて助かるんだが、いかんせん授業と授業の合間には必ず近くに来て話かけてくるのが地味に困惑させられたな。

 

 

『なあ綾音嬢。いつものクラスメイト達と話したりしたほうが楽しいだろ。みんな寂しそうにしてるぜ』

『紫音さんとお話するのも姫蔵本家の娘として大事なことだからね! 友達にもそのへんはちゃーんと話してるから大丈夫! ねっ、二人とも』

『は、はい……』

『……そう、ですね』

 

 

 なんてな。同意を求められてあからさまに嫌な顔してる逆ハーの時久と兼輝の顔がなんとも無情感に溢れてたな。

 ともあれ綾音嬢はこんな感じで今後も話しかけてきそうだ。嫌な気分じゃないがまた面倒なことになりそうな予感はひしひしとしている。

 

 今さら100年ぶりに火宮と姫蔵が変に縁を持ったって、妙な疑いを持たれるだけな気がするんだがそのへんどうなんだろうな?

 少なくとも姫蔵分家に取り巻き貴族どもはいい顔せんだろ、逆ハーどものように。揉めるのは勝手だが"天帝勅命"の邪魔だけはしてくれるなよって感じだわ、マジで。


「難儀だな……帰り道くらいか、一人のんびりと落ち着いてられるのは」

 

 さておき帰り道を一人歩いて帰る。やたら騒がしかったからホッとするな。

 今日は"天帝勅命"ある日だ、昨日のことがあったからにはしばらく厳戒態勢だし、再発防止についての話し合いもせにゃならん。


 ああ、あとは夕方に分家は前口家の若旦那が来るんだったか。昨日の現場責任者ってことでずいぶん思い詰めているそうだしフォローしてやらんと。

 姫蔵んとこの当主さんのご厚意もあって、なんか知らんがうまい具合に落ち着きそうだしな。変に引きずるよりはさっさと改善策出して次にこんなことがないように気をつけようやって促すほうがお互い、良いだろ。

 

 そんなことを考えながら歩くこと30分ほど。俺は火宮本家屋敷に辿り着いた。今日は客人もいないから使用人が一人だけ門の前で待っていてくれて、学生鞄を預かってくれる。

 ただいま、と告げつつ玄関から中へ。家令の元治爺やの出迎えを受けつつ、自室に戻る傍ら報告を聞く。

 

「分背筋の前口家当主、信介様がすでにお待ちです。家臣団とともに討議の間にておられます」

「すぐに行く。他なんかあったか、特に昨日のことで」

「姫蔵本家からの連絡がいくつか。井上大老が対応されておりましたので、仔細はそちらへ」

「分かった。さすがに早いな、姫蔵も……」

 

 前口の若旦那、信介はすでに来ているか。それに姫蔵からの連絡もすでにあり、と。

 話が早いのは良いことだ、さっさと終わらせちまえばその分、万全の態勢で"天帝勅命"に取り組める。


 部屋に入り、例によって使用人数人に囲まれて袴に着替える。

 その間も元治爺やは報告を続けていて、俺はそれに対して築一答えていった。

 普段はここまで忙しないこともしてないんだけどな。そこはやはり昨日の一件がどうしてもあるってこった。何かトラブルがある度に、事後処理が膨大なことになるのは世の常だからな。

 

「それと如月家の令嬢、みどり殿が昼前に本邸を訪れておりました」

「みどりちゃんが? …………大方"天帝勅命"から外されたことへの不服を申し立てにでも来たか。祖父の怒りをも恐れずによくやる」

「ええ、どうやらそのようでした。しばらく討議の間で家臣団と言い合いをされていたようですが、最終的には郷間殿に取り押さえられ、如月家の遣いが連れて行きました。そのあたりも今日、郷間殿から説明があるかと存じます」


 おいおい。俺のいない間に何もを面白くも笑えもしないことしてるんだ、この屋敷は。

 こないだ性格の不一致ってことで現場から降りてもらった如月んとこのみどりちゃん、それがご不満だったみたいだな。おっかねえ祖父に真っ向から歯向かってでも、現場の位置にしがみつきたかったか。


 そしてそれを認めない郷間は、おそらく取り押さえて実家に帰らせた。後で半殺しくらいにはしちまうかもなあ。

 ああ、詳しい話を聞くのが億劫だぜ……うちの分家の爺様方はどうにも、この手の意見の衝突になるとすぐにどっちかが、あるいは両方が虫の息になるまでやりだしかねないから面倒なんだよ。


 ま、武闘集団としては修行にも繋がるから悪くない考えではあるんだが。世間一般じゃさすがにドン引きものの考え方なわけ。

 みどりちゃんの容態がどんなものかはまだ知らんけど、場合によっちゃ郷間とみどりちゃんの間に立って仲裁せんと駄目かもな。


 難儀だよ、と心の中で呟きつつ。

 俺は着替えを終えていつもの袴と肩がけ羽織の服装になり、さっそく自室を出て渡り廊下を歩いた。

 その際もなお、俺に付き従う元治爺やとの対話を続けながらだ。


「分かった。如月の件については、俺も当事者といえば当事者だ……後でしっかり収めるさ」

「畏まりました。郷間殿も他の家臣様と同様、討議の間にいらっしゃいます」

「つまりはいつもどおりだな。姫蔵とみどりちゃん、あと前口の件があるばかり。今日の"天帝勅命"が始まる前に、いくつか目処が立てば良いほうかねえ」

 

 はあ、と溜め息を吐く。

 トラブルは重なるもんだなと改めて縁側、軽く目をやりそれから空の碧さに目を向けながらも。

 俺は今日もなんかあるかも? なんておっかねえ予想に思いを馳せるのであった。

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