芳田裕介 編-04 《 暗号 》
謎の数字の羅列。
1 2 8,3 6 4,7 6 9,8…………
よく見ると数字が3つごとに区切られている。
何かしらの法則に従って書かれているのは間違いない。
これがいつ書かれたのかはわからないが、何かを伝えようとしている。
そして、望さんは俺がこの手帳を開くことを見越して置いて行ったということになる。
望の携帯にかけてみたが、むなしくコール音が繰り返されるだけだった。
何事もなく帰ってくるといいのだが、その後も嫌な予感は晴れることはなかった。
連絡をもらったのが昨日の朝で、しかも本人が「取材に行く」と言っている以上、失踪とは言えないだろう。
ましてや健康な成人男性だ、警察に相談しても鼻で笑われるのがオチだ。
本当に取材に行っていて、たまたま忘れ物をしただけという可能性がないとも言い切れない。
いや、そもそも失踪と感じることの根拠はただの勘でしかない。
きっと考えすぎだ、着信も残したことだしそのうち連絡があるはずだ。
そう自分に言い聞かせ、今日も閃きを得るため、日課の散歩に出掛けることにした。
結局歩きながらも裕介はメモのことばかりを考えていた。
『裕介へ』と書かれているということは、俺に読ませるために書かれているのは間違いない。
恐らくこの数字の羅列は何らかの文章を表していると考えられる。
法則の様なものを見つけないことには何も進まない。
商店街のレンタルビデオ店の前を通った時に、以前観たナショナルトレジャーという映画に『オッテンドルフの暗号』というものが出てきたことを思い出した。
これは書籍を鍵として、その本のページ、行、文字を数字で座標として置き換える暗号だ。
例えば、15 2 12 なら15ページの2行目の12文字目の文字を表す座標ということになる。
まさに望の残したメモと同じ書き方をしている。
仮にこれがオッテンドルフの暗号だとした場合、鍵となる本がわからない限り、どんなに頭を使っても答えはわからない。
しかし、裏を返せば鍵さえわかってしまえばすぐに解決できる暗号ということになる。
つまり、まずは鍵を探すことから暗号解読は始まる。
わざわざ暗号に残すぐらいだから、自身の小説を鍵にするわけがない。
とは言っても何の本が鍵になるのか見当もつかない。
そのまま答えがわからないまま歩いていると、商店街を抜けて駅前の家電量販店の前にさしかかった。
特に買いたいものがあるわけではなかったが、何故か店の中へ吸い込まれるかのように、自然と足がうごいた。
在庫一掃セールの目玉商品として大型テレビが推されていた。
ズラーっと並ぶ各メーカーのテレビ。
その中のワイドショーをうつしている1台に目が留まった。
そこでは芸能人の不倫や麻薬所持などが取り上げられているところだった。
特にゴシップに興味のない裕介だが、何故かそのワイドショーから目を離すことができなかった。
しばらく見ていたが、特にこれといったものはやっていなかった。
時計を見ると13時20分、マンションを出てから1時間が過ぎていることに気付いた。
そろそろ戻って執筆作業に入ろうと思い、店を出ようとしたそのとき
画面上部に ≪速報≫ の文字がピコンという電子音とともに点滅しながら表示された。
≪速報! 直木賞受賞作家の中山望 逮捕≫
その文字が表示されるとすぐに画面が切り替わり警察署の前に中継がつながった。
パトカーから深々とパーカーのフードを被った男が降りてきた。
複数の警察官に囲まれながら歩く姿が流れ、一瞬顔がはっきりと映し出された。
そこには生気が感じられず、ぼんやりとした表情でうつむきながら歩いている望の姿が映し出された。
「え...望さん、そんな...」
裕介は気が遠くなり、その場に倒れてしまった。
——— 目が覚めると病院のベッドの上だった。
巡回に来ていた看護師がそれに気付き声をかけた。
「芳田さん、気分はいかがですか?」
話を聞くと俺は家電量販店で倒れ、救急車で近くの病院に運ばれたそうだ。
運ばれたのが大体14時頃で、今は夕方の5時をまわっていた。
続いて医者が病室に入ってきた。
簡単な診察を受け、異常はないので今打っている点滴が終われば帰っていいとのことだった。
スマホを手に取ると大量の着信履歴が目に飛び込む。
そのほとんどが母親からだった。
ロビーに移動し、母親にかけるとパニックになっており、まともに話ができない、途中から母にかわって弟が電話に出た。
凄く心配したと何度も言われ、話をしているうちに自分がなぜ倒れたのかを思い出した。
今度は裕介がパニックになりながら望がどうなったかをたずねたが、まだ速報が出てから数時間しか経っていないため、
詳しいことは明らかにされていないが、容疑は国家転覆がどうとかの聞きなれないものだったという。
初めて聞く罪状だが、この特徴は法定刑が死刑のみというもの。
話が突飛すぎて、さっき目覚めたばかりの裕介は頭が追い付いていない。
その後、点滴を終え作業場へ戻る途中、望の弟である俊からも着信があったのを思い出し電話を掛けた。
彼もまたパニックのようだった。
裕介は今まで自分が病院にいたことを伝え、これから一旦作業場まで戻ることを伝えた。
俊は今実家にいるようで、先程大勢の警察官がやってきて実家にある望の私物は全て押収されたと言っていた。
両親は憔悴しきっていてまともに話もできない状態だという。
俊は自分も望の作業場まで行くといい、例の駅で待ち合わせることにした。
——— 合流した2人は駆け足で作業場へと向かう。
マンションにつくと逮捕直後にもかかわらず不自然なほどに静かだった。
部屋のカギをあけようとすると既に空いており、中へ入ると室内は荒らされていた。
望の部屋へと行くと、資料が全てなくなっており、パソコンやカメラ、そして例の手帳も全てなくなっていた。
大家さんへ連絡すると速報が出る前には既に警察が家宅捜索に入っていたとのこと。
部屋の中にあった裕介の私物も全て押収されていた。
といっても、たいしたことが書かれていないアイディア帳や、パッとしない題材の書きかけの小説が2本。
あとはこれまで買いためた小説もすべて押収されていた。
映画やドラマでしか見たことがなかったが、全てをひっくり返すという表現がピッタリなほど
クローゼットの中身や食器棚なども全て開けられていた。
ソファのクッションまではがされており、空き巣の方が良心的なんじゃないかと思ってしまうほどだった。
何もないリビングに2人は座り、しばらく沈黙が続いた。
そして、これからどうするかを俊と話し合い、その日は解散することにした。
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