第33話 舞奈の気持ちと絵美里のけじめ
「舞奈…会いたかった。ああ……舞奈……もう離したくない」
私は愛おしい人の腕に抱かれ、優しくささやかれ、もう心が溶けてしまった。
俊則は25歳くらいの人に転生したのだろう。
凄くかっこいい。
私は力いっぱい彼に抱き着いた。
「俊則…もう、馬鹿。ずっと会いたかったよ?もう、好き。好きなの、俊則」
このまま時間が止まればいい。
本当に幸せ過ぎてそう思っていた。
でも、私には侯爵令嬢としての、いや、救済の亜神としての義務がある。
この女、ミリー嬢を……断罪しなければならない。
私と俊則が抱擁している間にミリー嬢は領兵に連れられて、お父様と面談することになった。
彼女はこの世界で許されないことを沢山行った。
そして何より、私の目の前で俊則を殺したんだ。
絶対に許すことはできない。
私の瞳から光が消えていく。
「舞奈?…舞奈、きっと君は怒っていると思う。でも……お願いがあるんだ」
私を抱きしめてくれている腕から力が抜け、俊則が私の瞳を見つめてくる。
……だめだよ?俊則のお願いでも…それだけは譲れないよ。
だからお願い……言わないで…お願いだから…言わないで。
あなたの口から…他の女の名前なんて…
……聞きたくない。
「絵美里ちゃんを、許してくれとは言わない。だけど、殺さないでほしい」
分かっていた。
優しい彼は絶対こう言うと思っていた。
でも……
「あの女はあなたを殺したの」
自分でも驚くぐらい怖い声が出た。
「うん……聞いたよ」
「貴方を私から奪ったの」
「……」
なんでそんな顔するの?
「私は絶対に許せない」
「…舞奈」
「いやだ!どうして?なんで?どうして俊則は……」
「舞奈、聞いて?」
どうしてそんなに悲しそうな顔するの?
「やだ!聞かない!……もうヤダよ……いやだ…グスッ……ヒック…うああ…あああ……」
「舞奈、ごめん、でも……」
お願い……「うん」って言ってよ……
「うわああああーーーん、やだよおお、だめえ、ダメなの…グスッ…やだあ……ひん…」
俊則は私を抱きしめる。
大好きな人に包まれているのに……
私の心はどんどん黒く染まっていく。
「舞奈、愛してるんだ。ねえ、だからさ、聞いて?…グスッ……舞奈…ヒック……ねえ」
「いやだよ、ヤダ…ねえ、グスッ……どうして?……うう…なんで………庇うの?」
ああ、私は……嫉妬していたんだ。
「っ!?んん……んう……んあ……ずるいよ」
俊則がキスしてくれた。
少し大人のキスを……
今度は歯、ぶつかってない……
私の心の黒いものが……
一瞬で吹き飛んだ。
「舞奈、ヤダよ?俺の可愛い舞奈が、誰かを殺すなんて……いやだ…」
「……ばか……ん!」
私は顔を俊則に向ける
もっとしたい。
いっぱいしてほしい……
俊則は優しい瞳で私を見つめ、呼吸ができないくらい強く抱きしめ、そして…
私の唇をついばむ。
「ん♡…んん…んあ♡」
ああ、凄い…ダメになる…
優しく何度も
「……あ♡……んう…」
好きが弾ける…気持い♡
感触が伝わる
「はあ♡……んん♡……」
……ああ、もう、
彼の好きが伝わってくる
「んん♡…んあ」
…好き、大好き
そして長く、深いキス………。
全身に電気が走る。
体から力が抜ける。
心が愛おしさと快感に塗り替えられていく
私は彼に負けた。
もう私は。
彼がいないと生きていけないと。
心の底から思い知らされてしまった。
※※※※※
「私は多くの罪を犯しました。死罪が妥当でしょう」
「ふむ。反省はしているのかね」
「はい。でも、亡くなった方は帰っては来ません」
執務室は話す言葉以外、静寂に包まれていた。
私の前にひざまずく少女は、ただ脆く儚く見えた。
嫌な感じが一切しない。
以前出会った彼女とはまるで別人だ。
1年ほど前、私は彼女と会い、そして呪縛を付与された。
視察が終わり馬車に戻る途中でこの娘が転んでいたのを助けた。
そしていきなりキスをされた。
本来なら不敬で首を刎ねられても言い訳すらできない狼藉だ。
だが私は……この娘を汚したいと、心の奥底からまるで満たされる事のない飢えの様に、獣欲が沸き上がってしまった。
そして一度だけ……
私は彼女を手折っていた。
夢中になった。
妻ではない女を初めて抱いた。
甘い吐息も
みずみずしい唇も
しなやかな体も
全てがたまらなく魅力を放っていた。
そしてすべてが狂って行った。
だが。
本当にこの娘が全て悪いのだろうか。
私は悪くないと妻に言えるだろうか。
大きくため息をつき、目の前の少女に告げる。
「しばらくは貴族牢に拘束させてもらう。頭を冷やすといい。食事と湯あみを許可する。それから危害を加えないことをジェラルドの名前で誓おう」
「えっ?そんな、私は……」
「あとはロナリアに預けることにするよ。うちの娘は怖いぞ?……おい、このお嬢さんを貴族牢へお連れしろ、くれぐれも乱暴に扱うことは許さん」
「はっ」
「……こんなことを言うのはおかしいが……君は素敵だったよ」
「私が独身だったらきっと君を愛したほどにはな。まだ若い。やり直すといい」
「っ!?ぐすっ……ありがとう…ございます…ヒック……うああ…あああああ」
地球でもこの世界でもミリーは本当の優しさと愛を得ることはできなかった。
でもわずかな時間とはいえ彼女は本当の優しさと愛を知った。
そして惑わせ、不幸にしようとした相手から認められ許された。
「生きていたい」
幼少の頃から心を壊され、凌辱され、嫉妬され、あらゆる苦難を経て、ミリーは遂に感謝と愛にたどり着いた。
もう世界を滅ぼす脅威は二度とその力を振るう事はなくなった。
彼女はこの世界で初めて『生きていたい』と思えるようになっていた。
ミリーの瞳はもうきっと。
曇らない。
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