第27話 初恋と親友との出会い
俊則は、同い年の女の子の事が好きだった。
あの時声を上げてくれた女の子。
高坂舞奈の事が。
どうして好きなのかは分からない。
だけど……好きだった。
まだ保育園児だ。
淡い初恋の様なものだったのだろう。
当然気持ちを伝える勇気など、俊則には無かった。
だから誰もそのことに気づく者はいない。
それに保育園の皆は、俊則はティナのことを好きだとずっと思っていたのだから。
※※※※※
俊則は、同じ小学校に通えることをとても楽しみにしていた。
実は家もとても近い。
だからきっといつか告白すると、まだ小さな少年は心に決めていた。
残念ながら同じクラスにはなれなかったけれど、帰る方向は同じだ。
俊則はいつでも舞奈の姿を探していた。
姿を見られた夜は嬉しかったのを覚えている。
まあ、舞奈は全く俊則のことなど眼中にすらなかったので、高校の時再会したにもかかわらず付き合うまで俊則のことなど完全に忘れていたのだが。
でもそんな思いとは裏腹に、俊則は小学2年生の時に父親が騙されたことで夜逃げの様に数年間姿をくらますようになる。
親友の保証人になってしまった彼の父親は、せっかく購入した家を奪われ、さらに数百万円の借金を背負うことになってしまっていた。
俊則の母親は、もともと精神を少し病んでいた。
今の父と結婚する前、付き合っていた男の酷い裏切りを受け、心を壊してしまっていた。
そして父が騙されたことでさらにショックを受け、彼女は一人実家で療養することになる。
父子二人の暮らしは、とても大変だった。
もう住んでいない住宅のローンと母の療養にかかるお金。
そして騙され背負った借金の為、父は通常の勤めのほかにいくつもの仕事を掛け持ちする。
当然家庭の事に避ける時間などなく家事はまだ8歳の俊則の仕事になった。
追い出された父子はとても人が住めないようなぼろい平屋の一軒家を格安で借り、そこで暮らし始めた。
電気が壊れ暗く鼠が出てくる風呂。
腐り床がきしむ台所は隙間風が入ってくる。
臭く虫の湧いてくる汲み取り式のトイレ。
そんな家で俊則は仕事でほぼ帰ってこない父と3年半暮らした。
俊則が5年生の9月ごろ、母がようやく戻ってこられることになった。
そのタイミングで彼らは以前住んでいた町で市営住宅の抽選に運よく当選したため戻って来る事が出来た。
俊則は期待していた。
成長した舞奈に会えることに。
だが距離はそんな離れていないのに彼女の住む場所と市営住宅は学区が異なっていた。
この3年半の父の頑張りのおかげで、騙されて負った借金も返済が見えてきて、母も戻ってこれた。
舞奈に会えないのは残念だけど俊則は新しい家と学校に嬉しくなっていた。
普通に考えて俊則が生きてきた環境は普通ではないのだろう。
だから周りの同級生が幼く見えていた俊則は『可哀そうな自分』に酔っていた。
きっと他の人より何でも出来るだろうと己惚れていた。
そして結果的には短い間しか共に過ごすことはできないが、彼は親友となる神薙大輔と出会う。
彼はあり得ないくらい大人だった。
まるですべてを知っているかのような瞳。
何故か惹かれてしまう存在感。
いつ死ぬか分からない体なのに、彼の表情に暗さは見られない。
いつでも明るい大輔に俊則は問いかけた。
「なあ、大輔。お前死ぬの怖くないのか?」
「ん?なんで?」
「えっ、だってさ…俺は死ぬのとか怖いよ」
「ふーん。ビビりかよお前」
「なっ……みんな怖いだろ?普通」
「俺は怖くないかな……だってさ、みんないつか死ぬんだぜ。平等じゃんか」
「っ!?」
「早いか遅いかだろ?だったら毎日楽しまなきゃ損じゃんよ」
かっこいいと思った。
彼に触れ、惹かれていく俊則は自分が情けなくなっていた。
そして子供ながらに、彼を助けたいと、現実を知らない俊則は勉強に集中するようになる。
医者になって彼を助けたいと。
だけど、俊則の運命は簡単に楽をさせる気がなかったようだ。
中学に入ってすぐ、父が過労で倒れた。
それでも中学生でもできる朝の新聞配達のバイトをしながら、内職も頑張り、家計の足しのため努力を続けた。
たまにお見舞いに行く大輔に、逆に励まされながらも俊則は夢を叶えたかった。
きっと父が元気になると信じて。
努力は必ず報われると信じて。
勉強だって頑張った。
内申点の為生徒会書記長も務め、風紀委員長にも立候補した。
そしてなるべく人を助けたいといつも思って生きていた。
大輔に笑われたくなかった。
いや……失望されるのが怖かったんだ。
そして中学3年に上がり迎えた4月。
父は帰らぬ人となった。
そしてさらに知ってしまう無情な事実。
医者を目指すための学校へ行くためのお金など、彼の家には無い事に。
俊則は日々弱っていく母を見ながら、自分の心が折れることを自覚してしまっていた。
俊則はあきらめてしまった。
そしてただ死んだような毎日を過ごしていく。
舞奈に再び出会い、心を交わすまで。
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