【本編完結済み】重い想いの鑑定士、乙女ゲームのフラグをぶち壊す

たらふくごん

第1話 第一部の終わりと第二部の始まり

「貴様のような愚かな女の顔など見たくもないわ!今をもって婚約を破棄する」


ルイラート王国のガルド王宮の舞踏会場は驚きと緊張に包まれていた。

今日は王立学園の卒業パーティーの日だ。


いわゆる『ゲームの終盤』に差し掛かっており、最後のイベントが発生していた。


第2王子カイザー・ソル・ルイラート殿下が婚約者ドレスト侯爵家長女エリス・ドレスト嬢を自分の前に立たせ、ありもしない冤罪を突きつけ断罪し、突き飛ばした場面だ。


そして今、婚約破棄を宣言した。


よろよろと立ち上がるエリス嬢。

目には涙が浮かんでいる。


第2王子カイザー殿下は金髪碧眼で甘い顔。

いかにもな『王子様フェイス』の優男だ。


まあ、性格はお察し。


優秀な第一王子のアレス殿下が次期国王にほぼ内定していることを良いことに、遊び惚けている愚かな男なのだ。


世の中の女子を馬鹿にしているような設定だが何故か受けが良い。

顔か?顔なのか?

それとも何もできない愚かな男をいいように調教する過程がツボるのか?

全く意味が分からない。


私は御遠慮願いたい。


血筋のせいか魔力は高い。

もっとも魔力が活躍したのは『数行の文章で表示』されただけで、スチルすら存在しない。


今思えばめちゃくちゃな設定だよね。


そして『手が硬くなる』という訳の分からない言い訳を続けたことで剣術はからっきしだった。

弱いところもチャームポイントなんだとか。

そして柔らかい手が人気らしい。

おい、お前ら正気か?ゲームだぞ?触れないんだぞ?


ますます意味が分からない。


そしてそんなカイザー殿下の腕には、オボルナ男爵家長女ミリー嬢が殿下の瞳の色である派手な青色のドレスを纏い無駄にでかい胸を押し付け、にやけ顔でエリス嬢を見下ろしていた。


聖属性に目覚めた可哀相な少女というベタな設定の一応『主人公』だ。


「カイザーさま♡わたし怖いですう。きゃっ、睨まれました~♡」


わざとらしくカイザー殿下に抱き着くミリー嬢。

普通なら不敬罪で首を刎ねられても文句の言えない狼藉だが…


ここは残念ながらご都合主義がまかり通る乙女ゲームの世界。

誰もそのことを指摘すらしない。


私はミリー嬢に何気なく視線を向ける。

実際に見たのは初めてだけど、ゲームでは嫌というほど見てきた女の子だ。


やはり違和感を覚える。

コイツもっと上品だったはずだ。


「わ、わたくしは何もしておりません。どうして信じていただけないのです」


ポロポロと涙を流しながらも気丈に訴えるエリス嬢。


……フラグが立ったね。

私は冷めた目を装って、この茶番を見つめていた。


エリス嬢、もうちょっと頑張ってね。

しかしシナリオとはいえホントに阿呆だな王子は。

そしてこのゲームで遊んでいる人たちもね。


どう考えてもミリー嬢よりエリス嬢の方が良いと思うけどな。


あれか?奇麗で礼儀正しく何でも持っているから気に入らないのか?

嫉妬なのか?


ふう……

私にはこのゲームにハマる奴らの気が知れない。


そしてエリス嬢を取り押さえるように何故か出てくる宰相の長男アントニオと第一騎士団長の次男ロローニ、そして魔法庁長官の長男エスベリオの3馬鹿トリオ。


まあ客観的に見ればこの3人も美形だ。

うん、確かにかっこいい。

私もこの世界に来る前は画面越しにキャーキャー言いながらプレイした記憶がある。


でもね、あくまでゲームで創作だからいいんだよ。

マジならこんな奴等は牢屋にぶち込んだ方が世の中の為だ。


コイツらは冤罪を作るために何人もの女性に乱暴を働いているのだ。


「ふん、お前がミリーに嫌がらせをした事はすでに証拠もそろっているのだ。ああ、可哀そうなミリー、こんなに怯えて。大丈夫だ。私がお前を一生守ってみせるからな」


「ああ、カイザー様♡お慕い申しております♡」


抱き合う二人。

そして沸く拍手。


ああ、確かこれで第一部は終了するんだよね。

エンドロールが流れ、スチルとともに回収率が表示されるんだよ。


今回の結末は正統派の王子様篭絡ルートかな。

別ルートだとこの直前に対象攻略者が出てくるけどその気配がなかったもんね。


私はスチル回収率100%達成したので間違いないはずだ。


購入した以上それは必須でしょう?

中途半端など私の矜持が許さない。


ハマっていたわけではないよ?


私は義務を果たしただけだ。


そして胸糞悪い、何故か18禁になった第二部では、ドロドロした関係の物語が展開していくんだよね。


酔った勢いで購入してしまったので、義務感でコンプリートしたけどさ。


今思い出しても腹が立つ。

私は開発陣や運営に怒鳴り込みたい気持ちを、ぐっと我慢していたことを思い出した。


イベントに触れたことで私は再度転生してしまった事を実感する。

この下らない『愛の狩人~美しすぎる男たち~』とかいうクソゲーの世界に。


今の私は念入りに磨かれた美しい美少女だ。


まあ中身は38歳のおばさん、んんっ、コホン。

……ぎり『お姉さん』だけど。


ゲーム第一部では初期イベントの『クラス対抗のダンジョン探索』で、ちらっと名前が出ただけのモブなんだけど、自分で言うのもちょっとアレだけど、めっちゃ可愛いのよね。


まあこのゲームの売り『登場人物すべて美形♡マルチエンディングシステム』だからかもだけど。


転生直後に姿見を確認して、ピチピチすぎで驚いた。

現実世界の私は……

ああ、やめやめ。

今を生きるのよ私!


そろそろね……


私は連れて来た侍女のルルをちらりと見やる。

ルルは頷いて、エスコートしてくれたレイナルドお兄様のもとへ歩いて行った。


エリス嬢は、第二部では意味も分からず娼館に売られていた。

……まさかこんなカラクリがあったとはね。


ゲームならまだしも、一応これ現実だ。

エリス嬢は優秀だし、父である侯爵様に溺愛されていた。


普通ならちゃんと調べて、頭の悪い王子の企みなんてすぐ裏が取れて、無罪放免、めでたしめでたしのはずなのにね。


あっ、憲兵に連行されていく。

その後を追うようにお兄様も動いてくれた。


シナリオでは悲観したエリス嬢は舌を嚙み切って自害して、死んだと勘違いされ森に捨てられて、野党に襲われる。

さんざん弄ばれて心が壊され売られるのだ。


実際はもっと悪辣だ。


私はハラワタが煮えくり返ってきた。


確かに転生前はゲームだからって思考放棄していた。

ただ奇麗なスチル見て喜んでいた私だけれども、普通にあり得ない設定におかしいよねって思っていたはずだ。

私にこのゲームを薦めた加奈子にも文句言ったもん。


「なによ、いいじゃん。ゲームだよゲーム。そんなんだからあんた『重い』って言われるんじゃん」


ああ、改めてムカついて来たよ。

よし分かった。


転生したときにグダグダ言い訳していたあの無駄に長い名前の神も言っていたよね。

そして創造神様にもお墨付きをもらった。


「好きにしていい。人を殺さない範囲で」


開発陣もクソなら登場人物もクソなこの世界。


無理やりもらった『鑑定』のスキルで、わたしがこの世界のフラグを叩き折ってやる。

私の好きなように書き換えてやろうじゃないの。


エリス嬢が可哀そうだけど、ここまでの流れはもう変えられないんだ。

だからもう第一部はしょうがない。

残念ながら戻る能力はもらえなかった。


私が見たところこの世界は非常に緩い設定の世界だ。

実際私はまだ転生して日が浅い。

神様の言う通り、きっともうここで生きていくしかないのだろう。


今思えば日本での私はあの事件が尾を引いて自分に制限をしていた。

そして……幸せではなかった。


「あははっ」


私は思わず笑ってしまう。

そうだね、せっかくゲームの世界に転生したんだ。


頭にウジがわいた奴らが作ったようなご都合主義満載な緩い世界の皆さま方。

現実社会の荒波で揉まれた社畜の力、思い知るがいいさ。


手始めにエリス嬢は助けて見せる。

手はしっかりと打たせてもらった。


ふん、あんたの思い通りにはさせないわよ。


高坂舞奈、いや転生したロナリア・ウッドストック伯爵令嬢はミリー嬢を睨み付ける。


一人拳を握りしめ再度決意を新たにしていた。

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