第十信:彼等とその世界
夜がやって来ようとしていた。辺りが暗さを増すにつれ、私の周りに集まる結晶人の数も増してきた。彼等は少しも音を立てずに歩き廻り、その様子は、さながらこの極めて人工的な都市に映し出された幻像、と云った趣があった。その様を見ている内に、彼等の身体にある変化が現われ始めていた。
夕暮れの淡い光がうっすらと消えて行き、代りに濃紺の夜空が現われて来ると、彼等のその透明な身体に、淡いグリーンの光が灯り出す。その光は見る者に何とも言えず、深い絶望、しかし微かに心地良い痺れに似た物を起こさせるものだった。それは深夜、誰もが寝静まった後に、窓を開け、頭上に大きく広がった星空に望遠鏡を掲げ、その中にボウッと光る星雲を見出した時に覚える、あの吸い込まれる様な、例え様もなく透明な感情、私達全てが何れあの光の中に収束されて行くのだ、と云う、今にも身体も心も諸共に薄れ消え去って行く様な感情にとても良く似ていた。
彼等の発する光は、さながら蛍のそれの様に灯ったり消えたりと忙しなく、あちらで光ったと思えば、今度はこちら側で光ったりと、それが全体で見れば大きなグリーンの光の海が、寄せては返す波の様に大きく揺れ、うねっている様に見えるのだった。
繰り返す裡にその波は二つに分かれ、それ等は互いに離れたり、重なり溶け合ったりを繰り返していたが、そうする裡に徐々にその光の境目が曖昧に、同時にその強さを増して行き、遂には大きなぼんやりとした光の塊が広がって行った。
解放の時が来ようとしていた。最後に一際大きく光ったと思うと、一つ一つの光の担い手である結晶人が、一斉にその腕を大きく振り上げると、その指先から放たれた光は、一つの大きな光となって勢い良く一直線に、今や夜の黒い帳の降りた空に向け打ち出されたのであった。
思うに、これは彼等のこの世界に対する儀式めいた物。何時しか消えて無くなる世界に対する挽歌であり、その後在り続けるであろう夜の世界に対する祝福でもあった。
彼等の放った光が空の中に流星の様に昇って行くと、それが逆にこの都市全体が深い奈落の底の底に落ち込んで行く様にも見えて、その眩暈にも似た光景は、この都市の行く末を暗示している様に私には思えて来るのだった。
恐らくは毎夜繰り返されるであろうこの儀式めいた行為。未だ仮初の夜の世界に対し、飽く事無く続いて行くであろうこの行為は、何れ訪れる真なる夜の世界、それは或いは直ぐにでも訪れるかもしれないし、もしかしたら私や彼等の様な形ある者達にとっては想像する事すら出来ない程に遠い、遥か先の事なのかも知れないが、何れにせよその時まで絶える事無く続いて行くのだろう、と想像させるに十分な、夢見る様な、それは恍惚に満ちた何時果てるとも知れない、しかしそれは時間にしてほんの束の間の特別な、時の狭間の出来事であったのだ。
空に向けて折り重なりながら高く高く伸び上がるこの都市の建築群。それ等は結晶人の光の放出に合せるかの様に、色を失い、水晶の様に透き通ると、辺りの空間に仄かな光の粉を吹き、都市全体を包み込むような巨大なドームを作り出すのだった。あたかもそれが、この都市自体がこの夜の世界にたゆたう、ほんの刹那の夢の産物に過ぎないとでも言うかの様に。
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