シリアルキラーな君との、猟奇的日常

hard(ハルト)少佐

プロローグ

シリアルキラーの告白

「お願いします、俺と付き合ってください。東雲しののめさん」


 それは二人だけの特別な空間というわけではなく、学校内での、公衆の面前で。桜が舞う恋の季節でもなければ、雪が降り注ぐクリスマスでもなく。ロマンチックでも何でもない五月の中頃に起こった出来事。


 私立白礼はくれい高校二年生・東雲しののめは、異性からの告白という一大イベントに飲み込まれている真最中だった。

 眼前の攻略目標に真摯に向き合い、手を差し伸べる彼の姿。それに圧されて異様に締め付けられる。二人の間に生じる異様な空気感が、周囲の注目を我が物のようにしていた。


 さて、問題は相手の男。

 彼の名は〈桐崎きりさきそう〉。普段は表立って目立つような人物ではないものの、顔立ちがいい。ミステリアスな雰囲気も相まって、陰より一部の女子の人気を有している男だ。


「マジで⁉ 桐崎が東雲を⁉」

「ちょっとカッコいいなって思ってたのに……」

「うそ……普通に衝撃なんですけど」


 周囲の反応を見れば、彼の好感度が大体わかるだろう。


 対する莉緒のスペックは、一言で表すならば成績優秀。加えて内申点も良好という、所謂、〈優等生ちゃん〉だとか言われるタイプ。顔も平均か、少し上くらいか。

 そして、大きい。何がとは言わないが。

 周囲のみんなが、それを知っている。だから彼女に好意を抱く男がいても、不思議ではないだろう。


 この二人の組み合わせ、そしてこの状況は、思春期真っ盛りの高校生たちにとって実に面白い。誰だって羨むだろう。だから莉緒にとっても、この申し出を断るのは惜しいことに違いない。きっと、そのはずだ。


「えっと……その」


 しかし、莉緒は答えを渋った。それは驚きでもなく、羞恥心でもない。


「ビビってんじゃねーよ!」

「ほら、イェスかノーかで答えろよ!」


 この様子を楽し気に見物する生徒が、たじろぐ莉緒へ向けて「やいのやいの」と圧力を掛ける。

 焦燥感。野次馬の声に煽られて、喉が渇く。冷汗が出る。

 ――みんな、何も知らないくせに。


「どうなの? 東雲さん」

「わ、私は……」


 ふと、意図的に避けていた霜の目と、莉緒の目が合った。


「――っ⁉」


 その瞳孔が脳裏に焼き付く。蛇に睨まれた蛙とは、まさにこれなのだろう。

 莉緒を縛り付ける霜の目は、あの夜に見た目と同じだった。逃げも隠れも、救いを求めることも出来ない。


「……はい」

「うおおおおおおお! 告白成功じゃん!」

「ヒュー! お前ら最高!」


 莉緒は、彼を受け入れた。次の瞬間には拍手喝采が巻き起こり、祝福ムードが爆発した。


「決まりだ。これからよろしくね! ……東雲莉緒さん」


 ――みんなは知らない。でも私は知っている。彼の本当の姿は……



 恋人関係の始まりとは、全てがロマンチックで甘々しいわけではなく、尚且つ美しいものというわけでもない。王道から逸脱した、例外的な始まりだっていくつもある。

 しかしこの二人、桐崎霜と東雲莉緒は例外的すぎた。シチュエーションだとか高校生だとか、そんな話ではなくて。……奇妙で、非現実的過ぎた。


 これは決して、甘い関係のスタートではない。

 血濡れて、そして奇妙な、『シリアルキラーとの猟奇的な日常』の始まり。



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