2/ハノンソル -10 魔法と魔術
ハノンソルは活気溢れる街だった。
時計の針が頂点を過ぎても人通りが途切れることがない。
それどころか、繁華街へ近付くにつれ、少年の背中を見失いそうになるほどの人の波が通りを満たし始めた。
ハノンとハノンソルは、あらゆる意味で対照的だ。
ハノンが昼の街なら、ハノンソルは夜の街。
ハノンは道路が石畳で舗装されているが、ハノンソルでは土が剥き出しだ。
碁盤目状に区画整理されているハノンに比べ、ハノンソルの街並みは放射状であり、元の場所へ戻れと言われても難しいほど複雑に入り組んでいる。
枯れた声の客引き。
一人で叫ぶ酔っぱらい。
通りの端に佇むひときわ露出度の高い女。
たとえ世界が違っても、盛り場の様子だけは、どこもかしこも変わらないものらしい。
「──それにしても明るいな。随分派手な街だ」
ハノンの街灯は白一色で落ち着いた雰囲気だったが、ハノンソルの光はどれも色彩豊かだ。
看板に描かれた絵や文字が鮮やかに街を彩っている。
まるで、元の世界のネオン街へと迷い込んだ気分だった。
「当然だ。ハノンソル・カジノばっか目立つけどよ。ソルは灯術士の街でもあるからな」
「灯術士?」
「……おい、姉ちゃん。あんたの保護者、灯術士も知らねえのか」
「ほごしゃ……」
友達にも兄妹にも恋人にも見えない二人だから、無理もないだろう。
プルは不満げだが。
「知らないもんは知らない。案内ついでだ、教えてくれ」
「しゃーねーな」
溜め息ひとつ、少年が口を開く。
「魔術と魔法の違いくらいは、兄ちゃんでもさすがにわかんだろ?」
「ああ。
騎竜車での道中、プルとヘレジナに教えてもらったのだ。
「その通り。んで、光法は魔法。灯術は魔術だ。
影の魔獣を葬り去ったのも、魔法ではなく魔術──灯術なのだろう。
となれば、看板に描かれた光の絵や文字も永遠ではない。
一日二日で消えゆく儚いものだ。
「毎日描き直してるとなれば、食いっぱぐれのなさそうな職業だな」
「そう! そうなんだよなァ! 灯術士になりさえすれば、ジジイになっても仕事に困るこたねえ。おまけにソルじゃあ年中人材不足と来たもんだ。こんないい条件、他の仕事にあるもんかよ」
なるほどな。
「お前、灯術士を目指してるのか」
「この流れで八百屋目指してるわけねえだろ」
そりゃそうだ。
プルが、恐る恐る少年に話し掛ける。
「……さ、さっきの、知らない術式だった。指向性のある光、みたいの……」
「ああ、これか?」
少年が念じると、手のひらの上に光が現れた。
ただの光ではない。
懐中電灯のように前方のみを照らす光だ。
「遠くまで照らせるから、わりと便利でよ。術式も基本式の応用だし」
うんうんと頷きながら、プルが灯術を観察する。
「べ、……勉強に、なりまっす」
ところで、見ただけで再現できるものなのだろうか。
術式という概念に触れたことのない俺にはよくわからなかった。
魔術か。
使えるものなら使ってみたいもんだ。
クソ上司を魔術で十メートルほど吹っ飛ばす妄想に浸っていると、
「──よう、悪童ナクル!」
身長二メートルはあろうかという偉丈夫が、少年──ナクルに声を掛けてきた。
「まーた観光客騙して金ふんだくってんのか! ガハハ!」
「あッ、馬鹿野郎! 言うなスカタン!」
ナクルがあからさまに慌てている。
知り合いらしき偉丈夫は通りすがりだったようで、挨拶代わりに言うだけ言ってさっさと歩き去ってしまった。
「──…………」
「──……」
俺とプルの冷たい視線がナクルを刺し貫く。
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