2/ハノンソル -8 靴底

 腹が減っては戦が出来ぬ。

 プルのなけなしの所持金を使い、マンゴーによく似た外見の果実を露店で購入した。

 その場で切り分けてもらったため、種はない。

 ねっとりとしていて酸味が強く、甘さは控えめだ。

「ふ、フルルカって、生だとこんな味するんだ……」

「調理するもんなのか?」

「うん。収穫して時間が経つと、渋くなる、……から」

「てことは新鮮なんだな。商業都市とか言ってたし、新鮮な食材が各地から届くんだろ」

「そうかも……」

 プルは口が小さい。

 フルルカをちまちまと食べ終えるのを待ち、再び南下を再開する。

 首都ハノンは南北に長い。

 ハノンソルとの境界らしき場所へと辿り着いたのは、午後十一時を過ぎた頃のことだった。

 歩き続けで足がだるいが、舗装された道路であれば二万歩、三万歩程度は慣れたものだ。

 道の悪い流転の森を革靴で踏破したときより遥かにマシである。

「この先がハノンソルか」

「た、たぶん……」

 高さ三メートルほどのバリケードが、何者をも拒むかのように延々と左右に伸びている。

 バリケードの向こうは当然ながら目視できない。

 だが、遠くの空がぼんやりと明るく見えた。

 街の明かりが雲に反射しているのだ。

 この先に繁華街があるのは、恐らく間違いないだろう。

 どうすべきかと悩んだ瞬間、選択肢が現れた。



【白】入口を探す


【白】バリケードを乗り越える


【黄】大声を出して人を呼ぶ



 同じ白枠なら、手っ取り早いほうを選ぶべきだろう。

「──よッ、と」

 木製の家具らしきものを積み重ねただけのバリケードに足を掛け、昇る。

「自分で上がれるか?」

 そう言って右手を差し出すと、プルが遠慮がちに手を重ねてきた。

「よし、引っ張るぞ」

「は、はい……!」

 体力では負けていても、体格では俺が勝る。

 こうして先導できるのが、すこし誇らしかった。

「……いい、のかな」

「よかないだろ。でも、立ち往生してるのは時間の無駄だ」

 幾度かプルを引っ張り上げ、バリケードの最上部を跨ぎ越えようとしたときのことだった。


「──誰だッ!」


 懐中電灯によく似た指向性を持つ光の魔術が、俺の網膜を灼いた。

「ぐ……ッ」

「それ以上動けば不法侵入と見なす!」

 目を細めると、相手の顔が見えた。

 まだ幼さが抜けきっていない少年だ。

 もっとも、ヘレジナという前例があるため、実年齢に確信は持てないが。

「お前ら、ソル入りの志願者か? 表で何やった。殺しか? 盗みか? 女連れだし、強姦ってわけじゃあなさそうだがよ」

「いや、俺たちは──」

 反論の言葉がすぐさま阻まれる。

「いいか。勘違いしてるようだが、ソルは無法地帯じゃねえ。表の罪人は、こっちだって罪人だ。ここは犯罪者の亡命先じゃねーんだからな」

「勘違いしてんのはそっちだ」

「ああン?」

 少年が凄む。

 だが、その程度で怯えてやれるほど、こちとら素直じゃあない。

「ケレスケレス=ニアバベルに会いに来た」

「──ぶふッ」

 不意に、少年が吹き出した。

「くははッ! 大真面目になァに言い出すかと思えば、あの方に会いたいだって?」

「何がおかしい?」

「あの方が、お前らなんぞと会うわけねーだろ! ソル生まれのオレだって、会うどころか、顔すら見たことねえんだぞ」

 軽く思案し、武器になりそうな材料を探す。

「……俺たちが、ルインライン=サディクルの連れだとしてもか?」

 ルインラインは、ケレスケレス=ニアバベルと懇意のはずだ。

 また、有名人でもある。

 少年がどう出るかはわからないが、名前を出してみる価値はあるだろう。

「──…………」

 少年が笑みを消し、こちらを睨みつける。

「ホラも大概にしやがれ。オレのこと、餓鬼だと思って馬鹿にしてんだろ」

「違う」

「気に入らねえ。気に食わねえ。そりゃあ、オレだって男だ。憧れたことくらいはあるけどよ。ルインラインの名前を聞いただけで目を輝かせて喜ぶのは、せいぜい十までだ。オレはもう十三だぞ。現実くらい知ってらあ!」



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

第一章は毎日二回投稿!

面白いと思った方は、是非高評価をお願い致します

左上の×マークをクリックしたのち、

目次下のおすすめレビュー欄から【+☆☆☆】を【+★★★】にするだけです

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る