2/ハノンソル -5 首都ハノン

 パラキストリ連邦ザイファス伯領、首都ハノン。

 ザイファス六世の統治する商業都市である。

 南北に細長く、その特徴的な形から〈長靴〉などと揶揄されることもあるらしい。

 人口は、公称で十七万人。

 だが、実際には三十万人近い人々が住んでいる。

 公称と実情とに差があるのは、ハノン南部に〈ハノンの靴底ハノンソル〉と呼ばれる不法地区が広がっているためだ。

 ザイファス六世が、納税の見込みのないハノンソルの存在をなかば黙認しているのは、その住民が運営するパラキストリ最大のカジノが理由のひとつだと言われている。

 表向きは不干渉を貫く代わりに、上前はきっちり撥ねていく。

 その噂が本当だとすれば、双方共にしたたかだ。

 騎竜車を降りて最初に驚いたのは、幹線道路の広さだった。

 優に軽自動車三台分の横幅を誇る騎竜車が、十輌は同時にすれ違うことができる。

 道路の端には、馬車や牛車、騎竜車などの預かり所がずらりと併設されており、好きな場所で降りることができる仕組みになっていた。

「へえー……」

 石畳の上を歩きながら、感嘆の吐息を漏らす。

 車止めのある歩道には一定間隔で金属製のポールがそびえ立っており、プルが作り上げたものより遥かに小さな光が、その上で皓々と輝いている。

 無数の魔術の明かりが照らす街並みは上品で、どこかロンドンを彷彿とさせた。

 見るもの聞くものすべてが珍しく、人の波に沿って歩きながら周囲を見渡していると、一本の街灯が切れていることに気が付いた。

 ヘレジナがポールへと近づき、光の魔術で明かりをつける。

「街灯が消えていれば、気付いた者が灯す。暗黙の了解だ」

「なるほどな」

 必要は発明の母だ。

 光の魔法があれば、ランプが必要になることはない。

 一方で、懐中時計が作れる程度には技術も発達していることから、魔術で補えない分野が存在することもわかる。

 成り立ちからして異なる文明を目にするのは、この上もなく刺激的だった。

「──さて、ひとまず宿を取ることにしよう。カタナ殿は儂と同室でよいかね」

「ああ」

 ルインラインが、にまりと口角を上げる。

「なんなら、プルクト殿と同室でも構わんが」

「!」

 プルの背筋がピンと伸びた。

「べつにいいけど、あんたの思ってるようなことにはならないぞ。絶対」

「なんだ、つまらんのう」

「す、すごく失礼……」

「師匠。あまりプルさまで遊ばないでください」

「はっはっは」

 言ってることが、酒を飲み始めたら子供に絡んでウザがられる親戚のオッサンと同じだ。

 実力はともかくとして、よくこれで騎士団長が務まるな。

 副団長とかが苦労しているのかもしれない。

 顔も名前も知らない副団長に同情の念を向けていると、

「──!」

 ルインラインの眼光が唐突に鋭さを帯びた。

「……しまったな。その手で来るか」

「る、ルインライン……?」

「カタナ殿。プルクト殿を連れて、離れていてくれるか。ちと厄介なことになりそうだ」

 その言葉の直後、選択肢が現れた。



【白】この場から離れる


【黄】この場に留まる


【黄】ルインラインに真意を問う



 黄色が二つ、か。

 以前の黄枠ではひどい目に遭ったが、今回はルインラインとヘレジナが万全の状態である上に、周囲は人混みで溢れている。

 身の危険はないと思いたいが、わざわざ選択する理由もない。

 無難に白枠でいいだろう。

 心の中で決定した瞬間、時の流れが元に戻った。

「プル」

「は、はい!」

 人の流れに沿って、プルと共に十メートルほど距離を取る。

 振り返ると、ルインラインとヘレジナを挟んで反対側の道から、板金鎧フルプレートアーマーを着込んだ十数名の兵士がこちらへ歩いてくるところだった。



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