第34話 大罪人
覚悟はして来た―――自身の命を賭ける覚悟では無い。
明確に、現実から目を逸らさない覚悟。
その発端は、妖術も習得し、今日の為の妖力回復に努めていた日であった。
宮堂寺近くの河原で休んでいた。
流れる川を眺めていると、背後より足音が一つ。
振り返ると、その正体ばバニーであった。
「どうしたの?」
「狐のが、ここに居ると聞いたぴょん」
自分を訪ねて来たと言うのだから、少し驚く。
綾人が座っていた少し大きめの石の上に、バニーも腰掛ける。
「今と昔と、人と術師、妖怪と、感じる命の重さは違うと聞いたぴょん。桜井の奴は産まれた頃から術師で、言葉をではなく感情としては狐のの想いを理解出来ないと言っていたが、バニーには分かるぴょん」
静かに、バニーは言う。
今までに無い様子と、最近の疲れの原因、術師にとっての命の重さの話が出たので、綾人は少し驚いていた。
「バニーは、記憶はあまり残ってないが、元々ただの田舎娘ぴょん。その頃の感情は残ってる…………いや、残っていたぴょん。土兎と一つになって、忘れたと思っていた感情を、思い出した」
妖怪だと、全く自分とは違う存在だと思っていたバニーが、彼女だけが、桜井、銘華達とは違う、元はただの人間。
対局に立つと綾人が考えていた彼女はかつて、自分の横に立っていた。
現状彼女こそ、彼女のみが綾人の、ただの人間の、感情の理解者だった。
「あの日、こんびに……だったか? あのときの発言、思い返せば狐のに対して、配慮が足りなかった―――悪かった、許せ」
バニーは綾人へと体を向けて、頭を下げる。
最後の瞬間は、意識をしてぴょんと語尾を付けなかったのか、偶然か―――その喋り方に綾人は、ハッキリとして、澄んだ、人間を見た。
「えっと…………いや…………」
綾人は困ってはいたが、怒っていた訳では無い。
怒っていないのに謝られるのは初めてなので、綾人はどう反応すれば良いか正解を知らない。
対応に困っていると、バニーが突然顔を上げた。
心無しか、先程よりも耳に活気がある。
「さて狐のや! ここの川じゃ魚が取れると聞いたぴょん! 取るぞ魚! 百匹ぴょん!」
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覚悟はして来た―――自身の命を賭ける覚悟では無い。
明確に、現実から目を逸らさない覚悟。
他人の命を、断ち切る覚悟を。
バニーと話した晩寝れば、すっかり疲れは取れた。
謝られたからでは無い、先の見えない霧の中、一つ理解者を見つけた。
このよく分からない世界に、自分一人では無いと知れたとき、綾人は久々に呼吸をした気がした。
しっかりと呼吸した体で、刃を構える。
今まで以上に、力が体に満ちていた。
「それじゃあ、銘華さんを返してもらおうか。大人しく引き渡すなら、誰一人傷つけやしない」
「その様な言葉…………数を見てから言うが良い!」
瞬間、矢が放たれた。
風切り音を立てながら矢は突き進む―――狙いは真っ直ぐ、綾人の頭。
少し重心を低くして、夜継を一閃。
矢を真っ二つに斬った音が、戦闘開始の合図となった。
「掛かれぇぇぇ!」
指揮官と思わられる男が叫んだ。
それと同時に、地面が足跡の形に深く抉れる。
踏み込みは深い、手首なんかでは無く、確実に首を狙う位置。
一人の男の懐へと潜り込む。
男は刃を振り上げていたが、そこから振り下ろす事は未然に終わる。
綾人の持つ刃、夜継が、殺意が、男の腕を易々と通過―――そしてその先の、首を刎ねた。
これが彼の最初の殺人―――そして、初めて浴びた返り血だった。
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