第36話 体育祭⑥

 えー、ただ今江崎智、全身に冷や汗をかいております。

 目の先の向こうには花守さんと知らん男子がお互い向き合って立っている。

 初めは頼みの手伝いをしてくれる相方かと思ったがそうではないようで男子は顔を赤らめているように見える。

 そしてここは人がなかなか入ってこない中庭。

 ……こんなシチュエーション、経験が皆無の俺でも分かるぞ。

 

 いや、それよりもこの状況をどうする…!

 不幸中の幸いでまだ二人は俺に気づいていない。

 このまま後ろに下がれば大丈夫か……?

 俺は絶対にこの場にいてはいけないことを悟ってそーっと後ろに下がっていく。

 

 すっ…すっ…すっ…すっ…パキッ……

 は?パキッ?

 謎の音が出てきたことに俺は気づき足元を見ると…。

 俺はどこまで神に嫌われているのだろう。

 なんと俺の右足のど真ん中で木の枝を踏んでしまっていた。


 そして、もちろんそんな音を聞き流すわけがなく謎の男子がこちらを振り返ろうとしていた。


(やばいやばいやばい!!)


 混乱しまくる俺はとにかく辺りを見渡した。

 すると、俺のすぐ右側に少し大きめの木が立っていることに今ようやく気づいた。

 どうする?いや、隠れるしかあるまい!

 俺は今日の体育祭では絶対見せないような俊敏さで木の後ろに隠れた。

 頼む、気づいてないでくれ……。

 木の後ろに隠れたことで向こう側の状況は確認しづらいため、二人の声のみでしか無理なのだが……。


「井上さんどうしたんですか?」

「あ、あぁいや、今何か音が聞こえた気がしたんだけど気のせいみたい」


 今のを聞く限り俺の存在には気づいていないようだ。

 いやぁ、怖すぎ……。

 俺は一時的な安心感に浸ってしまう。

 それとともに冷静さも取り戻した俺はこれからのことについて再び考える。


 現在中庭の少し大きめの木に隠れている俺。

 そしてその木を挟んだ対角線の向こう側に花守さんと謎の男の子、井上さん。

 二人は俺に気づいた様子はないが俺がここから移動したらバレてしまう。

 出口の扉は俺の方に一つ、花守・井上さんの方に一つで計二つ

 しかも多分二人には絶対バレてはいけないような気がする。

 現在の状況はこんな感じ。


 …………

 ……………え、詰みじゃね?


 ようはバレちゃいけないんだろ?

 でも、動いたらバレるんだろ?

 詰みじゃん?

 あの二人が俺に気づかずに帰るまでここにいなきゃいけないじゃん!?

 やっと冷静と安心感を取り戻したのに意味ない俺だった。


「えっと……花守さん」

「はい」


 でもそんな俺に気づかない井上さんは花守さんに向かって話を始めてしまう。

 また、ピンチな俺も聞かない方がいいのに何故か聞いてしまっている。


「高校入学のころからあなたの事が好きでした!俺と付き合ってください!」


 井上さんはそんなとても勢いのある告白を花守さんに向かって言い放った。


(やっぱりーーーー!)


 俺の予想通り、やっぱり告白だったよ。

 誰だよ、体育祭の手伝いとか言ったやつ!

 ……俺だよ!!

 あーー、数分前の俺を色々言ってぶん殴りたーい。

 俺はとにかく自分の悪口を言わないと気が済まないくらい後悔してしまう。

 しかし、そんな暴れている俺の心とは正反対にその場は意外に静寂に包まれており、そのせいで俺も変に冷静になってしまった。


 というかやっぱり花守さんってモテるんだな。

 そこはやはりというか学校一の美少女と言われるだけあるし、俺が知らなかっただけで花守さんに対する告白ってもしかして日常茶飯事だったりする?


「その…」


 などと俺も俺で恋愛経験皆無なだけあって我ながら意味不明なことを考えてるとついに花守さんが口を開いたようだ。


「すみません、お付き合いはできません」


 …でも、そっか告白ってこういうことも当たり前にあるんだもんな。

 今回のは残念だけど告白するだけでもすげぇよな井上さん。

 恋愛経験皆無の俺からしたら告白する、いや好きな人を見つけるだけでも先輩のようなもんだからな…。

 やはり俺はこの場にいるだけで自分を傷つけるようになってしまい、井上さんと比較しては自分の心をボコボコにしてしまう。


「…もしかして……」


 俺の心をボコボコにしている最中今度は井上さんが喋り始めた。

 これはあれだろうか、相手が誰が好きか当たるやつだろうか?

 俺は昔霧香に読めと押し付けられた恋愛漫画にあった流れに基づきそう考えた。

 井上さんは一拍相手から喋るのかその間再び静寂が訪れたが……


「江崎のやつですか?」


 と言い放った。


 江崎かー……。

 ……そうか、そうか…

 ……………………………


「「へ?」」


 思わず出た俺の声と花守さんの声が重なった気がした。

 俺?

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