第6話 招きウサギ 前編

「……ふぅ、学校帰りの一杯はたまらないなぁ」



 学校や仕事終わりの人々が行き交う夕暮れ時、落ち着いた雰囲気の喫茶店の店内で繋ぎ手がカウンター席でほかほかと湯気を上げるカップを両手で持ちながら幸せそうな表情を浮かべていると、その様子を見ていた店主の男性は口許を綻ばせる。



「まだ若いのに、君はいつもおじさんみたい事を言いながら飲んでいるね」

「この一杯がたまらないのは間違いないからね」

「ははっ、そうかい。そういえば、君の御師匠様は元気かな? 最近見かけないから、少し心配していたんだ」

「元気ですよ。この前も一緒に買い出しに行きましたしね」

「そうかそうか。ところで……今日も色々な道具を持ち歩いているのかい?」

「はい。もっとも、マスターさんと縁のある子は今日はいないみたいですけどね」

「まあ、それなら仕方ない。その時が来るまで楽しみにさせてもらうよ」



 マスターが微笑みながら言っていたその時、入り口のドアベルがカランカランと鳴り、二人が揃ってそちらに視線を向けると、そこにはメガネをかけた学生服姿の少年がいた。



「いらっしゃいませ。空いている席へどうぞ」

「あ、はい……」



 少年はボソボソと答えると、カウンター席へと歩きだし、繋ぎ手の席から一つ離した席に静かに座る。そして、少年が店主の男性に注文を告げた後、そんな少年の様子に繋ぎ手は興味が沸いたのかジッと少年を見つめ始めると、少年は視線に気づいた様子で少女の方へ顔を向けた。



「えっと……何か用ですか?」

「用というか、少し落ち込んでる様子だったから、何かあったのかなと思って」

「落ち込んでる……まあ、そうかもしれません」

「そっか。ねえ、どうして落ち込んでるの? ここには私達しかいないし、せっかくだから話してみない?」

「え……で、でも……」

「マスターも良いですよね?」

「ああ、もちろん。まあ、彼さえ良ければだけどね」



 マスターの言葉に少年は少し考えた後、暗い声で静かに話し始めた。


「……僕、宇咲うさきしょうといいます。こんな性格だから今まで女の子とあまり話した事が無いんですが、最近友達に次々彼女が出来始めてて、その事に少し焦りを感じ始めてるんです。でも、中々声をかける事も出来なくて……」

「なるほど……まあ、恋人なんて急いで作る物でもないが、周囲がカップルばかりになると、自分が浮いているように感じるものなのかもしれないなぁ」

「そんな物ですかね……まあでも、その悩みを解決してくれそうな子ならちょうどいるみたいですよ?」

「ちょうどいるって……?」



 少年が不思議そうに首を傾げると、マスターはクスリと笑ってから繋ぎ手を指し示した。


「この子は変わった道具を持ち歩いていてね、どうやら今日は君の悩みにピッタリな物を持っているみたいだ。それで、どんな道具なんだい?」

「それは……この子です」



 繋ぎ手が鞄から取り出したのは、手のひらサイズのウサギの置物だった。



「ウサギの置物……?」

「これは“招きウサギ”といって、招き猫が金運を引き寄せるのと同じようにこの子は恋愛運を引き寄せる物なんだけど、因幡の白兎って聞いた事無い?」

「ああ、たしか縁結びの神様……だよね?」

「そう。この子はその神様みたいな力があって、大事にしてあげれば所有者の恋愛運を格段にアップしてくれるんだよ。ただし、注意点がいくつかあって、それを守らないとこの子は怒っちゃうんだ」

「怒ると……どうなるの?」

「とっても大変な事になる。だから、この子は怒らせない方が良いんだ」

「そ、そうなんだ……」

「それで、どうかな? この子の力を借りてみる気はある?」



 繋ぎ手の言葉に照は少し迷った様子を見せたが、程なくして覚悟を決めたような表情で頷いた。



「……その力を借りる事にするよ。正直、神頼みくらいしないといけないと思ってたし、せっかくのチャンスを逃したくはないから」

「うん、わかった。それじゃあこれは君にあげるよ」

「え……そんなにすごい物なのにお金は払わなくて良いの?」

「うん、大丈夫。それじゃあ……はい」

「あ、ありがとう……そういえば、注意点があるって言ってたけど、何に気をつければ良いの?」

「そうだね……まずはしっかり大事にしてあげる事かな。埃がついてたら払ってあげたりたとえ一時的にしまうとしても乱雑にしないとかね。それと、この子の力で上がった恋愛運で誰かと恋人になれたとしてもその子を決して裏切っちゃいけないよ。裏切られた子も悲しいだろうけど、この子は恋人を裏切る人が本当に嫌いなようだから」

「わ、わかった……」

「よろしい。さて、こうして出会ったのも何かの縁という事で、もう少し君と話をしていこうかな。マスター、紅茶のおかわりをお願いしまーす」

「はいはい、少し待っていてね」



 マスターが微笑みながら答えた後、繋ぎ手は楽しそうな様子で照と話を始めた。照はそんな少女に対して面食らった様子だったが、話を続ける内に表情は柔らかくなっていき、注文した飲み物が来る頃には楽しそうな様子で繋ぎ手と会話を交わしていた。

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