第5話 ウェザーマップ 前編
ある晴れた日、『不可思議道具店』の前では繋ぎ手が楽しそうに鼻歌を歌いながら竹箒で掃除をしていた。
「ふんふんふーん♪ 箒があるのに掃除を放棄は許されない~♪ だけどウチの
箒で地面に転がる落ち葉を掃く音でリズムを取りながら繋ぎ手は楽しげに歌い始めたが、前方から近づく人物の姿に気づくと、箒を動かす手を止め、右手を額に当てながら近づいてくる人物を注視した。
「ほー、久しぶりに縁があるお客さんが来たみたいだね。でも、どの子との縁があるのかな?」
そんな事を独り言ちている内にスーツ姿の男性が目の前で足を止めると、繋ぎ手は戸惑う男性を前ににこりと笑う。
「ようこそ、お客さん。今日はどこからいらっしゃったんですか?」
「え、えーと……いらっしゃったというか、外回りで街の中を歩いていたら、いつの間にかこの辺りに来てたんだけど、ここはどこなのかな……?」
「ここは『不可思議道具店』です。ウチの御師匠様が作った世にも不思議な道具を扱っているお店ですよ。お兄さん、お名前は?」
「
晴が興味を示し始めると、繋ぎ手はにこりと笑った。
「はい。たまに私が試作品や店頭に並べられない子達を縁のある人に渡して歩いているんですけど、ここに来れた人はウチの店の道具と縁がある人だけなんです。もっとも、店内に入らないと、どの子と縁があるかはわからないですけどね」
「道具との縁……興味はあるけど、早く仕事に戻らないと上司にどやされるんだよなぁ……」
「ああ、それは大丈夫ですよ。ここは少し変わった場所で、お客さんが来た方とは時間の流れが違うんです。なので、向こうに戻った時は来た時と同じ時間になってるはずです」
「そ、そうなのか……それなら少し見ていこうかな」
「わかりました。それでは、お客さん一名ご案内~♪」
明るい調子で言う繋ぎ手の後に続く形で晴が歩きだし、そのまま店内へ入っていくと、壁に沿って置かれた様々な道具が納められている幾つもの棚や見慣れない飲料が陳列されたガラスケース、店の裏に続くと思われる扉などが視界に入ってきた。
「これはすごいな……ここにあるのは全部商品なのかい?」
「そうですよ。さて……お客さんと縁がある子は──ふんふん、なるほどね」
「え……どうしたの?」
「ああ、ちょっとみんなの話を聞いていたんです。それで、貴方と縁がある子というのが……あ、いたいた」
繋ぎ手は目的の物を見つけた様子で棚の内の一つに近づくと、その中にある一枚の紙を手に取り、それを手にしたまま晴のところへと小走りで戻ってきた。
「こちらがお客さんと縁がある子です」
「えっと……何も書かれてない紙のようだけど、これは何なのかな?」
「その子は“ウェザーマップ”という物で、自分を中心にした周辺の天気をリアルタイムで予測したり観測したり出来るんですよ」
「周辺の天気を……それって天気雨みたいな突然の物でもわかるって事かな?」
「その通りです。今は表示されてないですけど、向こうに戻ったらまずはおよそ半径1km以内にある建物や施設の名前と現在の道、それと今の天気を示すマークが表示されるので、後はお客さんが確認したい範囲や時間をこの子に言ってくれれば、この子が自動で表示してくれます」
「それは便利だね」
「はい。それに、この時間からこの時間までの天気って指定すると、それもゆっくりと表示してくれるので、朝の時点でその日傘が必要かどうかを判断出来ますよ」
「なるほどね……今日みたいに外回りをする事は多いし、これがあればだいぶ仕事も捗りそうだ。因みに、これはおいくらなのかな?」
晴の問いかけに対して繋ぎ手がウェザーマップの値段を口にすると、その価格に晴は驚いた様子を見せた。
「えっ、そんなに安くて良いのかい?」
「はい。ウチの子達は基本それくらいの値段で、それ以上の値段の子達は普段は店の裏にいるんですよ」
「なるほど……それじゃあこれは頂こうかな。はい、お代」
「……はい、たしかにちょうど頂きました。レシートっていりますか?」
「うーん……良いかな。そういえば、これを使う上で気を付けた方が良い事はあるかな?」
ウェザーマップを軽く丸めながら晴が聞くと、繋ぎ手は首を横に振った。
「特には無いですよ。強いて言うなら、濡れちゃうのが嫌いな子なので、一回濡らしちゃうとその日はヘソを曲げて何もしなくなっちゃうくらいです。破れも燃えもしませんし、折っても丸めても開く時にはしっかりとまっすぐになるので、末長く大事にしてあげて下さい」
「うん、わかった。それじゃあそろそろ仕事に戻らせてもらうよ」
「はい。あ、後……その子を持ってる時、『不』の文字が表示されていたら、そこからまたここに来られるので、もし機会があったらまた来てみて下さいね」
「ああ、そうさせてもらうよ。それじゃあ」
「はい、ありがとうございましたー」
繋ぎ手がお辞儀をしながら言った後、晴が店の扉を開けて外に出ていくと、店の裏に続く扉が静かに開き、創り手がゆっくりと現れた。
「ふあ……なんだか話し声が聞こえたけど、もしかしてお客さんが来てたの……?」
「はい。ウェザーマップと縁のある方でしたよ」
「ああ、あれ。あれはウチの商品の中では危険性が一切無い物だから、その人は運が良かったようね」
「ですね。さて……それじゃあ私はまたお掃除をしてきますけど、御師匠様はどうされますか?」
「……何か作ってこようかな。起きた時に新しい道具の案が浮かんだからね」
「わかりました。ふふ……今度はどんな子と出会えるのかな?」
「それはわからないけど、楽しみにしててね」
「はい!」
繋ぎ手が満面の笑みを浮かべながら答え、創り手が優しく微笑んだ後、二人はそれぞれの作業に戻っていった。
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