第4話 縁切りバサミ 前編

「あーあ……ほんと、ムカつく……!」



 とあるビルの屋上。青空の下で一人の女性が転落防止用の柵にもたれながら怒りをあらわにしていた。



「あのハゲ部長……いつも私達に仕事を押しつけるくせにその手柄は全部自分の物にしようとするのほんとありえない。そんなズルばかりしてるから髪との縁がどんどん切れてくのがわからないのかしら!」



 スーツ姿の女性は職場の上司に対しての不満を次々と口にしていたが、次第に表情を暗くしながら小さくため息をついた。



「はあ……あの部長、何かやらかしてどこかに飛ばされないかな。あんな部長との縁なんていらないから、もっと良い人との縁が結ばれてほしいわ……」



 女性が大きくため息をつき、軽く空を見上げたその時だった。



「ねえ、お姉さん」

「……は?」



 女性が背後を振り向くと、そこには高校生くらいの少女が立っており、その手には小さなハサミが握られていた。



「あなたは? ここは関係者以外立入禁止よ?」

「私は……まあ、人間と道具の橋渡し役、両者の縁の繋ぎ手とでも考えてください。お姉さんの名前は?」

桐谷きりたにまどか。人間と道具の橋渡し役ねえ……高校生くらいに見えるけど、その年で何か商売でもしてるの?」

「いえ、商売をしてるのは私の御師匠様で、私は試作品や店頭には並べられない子達を縁のある人と出会わせているんです」

「へえ……それで、私の前に現れたという事は、その手に持ってるハサミが私と縁があるって事?」



 繋ぎ手の手の中にあるハサミを円が指差すと、繋ぎ手はにこりと笑う。



「はい。この子は“縁切りバサミ”という名前で、自分と何らかの形で出会った人との縁の糸を切る事が出来るんです。縁を切った相手は、一週間以内にいなくなり、それ以降は絶対に目の前には現れなくなります」

「それは便利ね。ちょうど、私も縁を切りたい相手がいたから、その上でいなくなってくれるならすごく嬉しいわ」

「そして、切られた縁の糸は世界のどこかにいる誰かと再び繋がり、近い内にその人との出会いが訪れます。ただし、誰との縁が結ばれるかはランダムなので、望んでない縁が結ばれても怒る事は出来ません」

「まあ、それは仕方ないわね」

「さて……お姉さん、この子はどうですか? さっき言ったような理由で持ってきているので、お代は結構ですよ?」



 繋ぎ手が首を傾げる中、円は迷う事なく頷く。



「もちろんもらうわ。でも、いなくなるって具体的にはどういう事になるの?」

「それは人によって様々です。仕事で何かをやらかしてどこかに飛ばされたりやむを得ない事情で引っ越したり、時には不慮の事故に遭って亡くなったり……まあ、本当に人それぞれです」

「その場合もあるのね……まあでも、必ずそうなるわけじゃないなら良いわ。それに、たとえそうなっても私のせいじゃないもの」

「それじゃあお渡ししますね。ただし注意事項がいくつかあって、切った縁の代わりに結ばれる縁には怒ってもしょうがなく、それで結ばれた縁は半年くらいは切れない事、縁を切る以外に使うと壊れてしまう事、縁を切りすぎても元に戻せない事。これらは理解していて下さいね」

「ええ、わかったわ」



 円が頷きながら答えた後、繋ぎ手は縁切りバサミを女性へと手渡した。そして、少女は軽く会釈をすると、屋上のドアを開けてそのまま屋上を出ていった。



「……変わった子だったわね。でも、このハサミが手に入ったのは本当に幸運だったわ。よし……このハサミでまずは部長との縁を切ってしまいましょうか」



 円は縁切りバサミを握りながらニヤリと笑うと、仕事に戻るために屋上のドアを通って屋上から出ていった。

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