第20話 ゴールデンウィーク

結羽が女として生きると決めたのが3月。

鈴木健吾事件が起こったのは4月。

田辺宏明事件が起こったのは6月中旬。



――この話は、結羽と久遠寺が大学に通い始め、慣れてきたゴールデンウィーク中のこと――


二人は沿岸の海洋博物館がある広い公園にいた。

その日は子どもの日で博物館は入場無料、子どもの縁日広場もあり、親子連れで賑わっていた。


二人は”街歩きサークル”に入った。

サークルで自己紹介をしたとき「許嫁で付き合ってる」と言ったら、どよめきが起こった。

許嫁って何?と聞かれる。

そりゃそうだ。

そのあたりは濁しつつも、二人が付き合っている設定は周知された。


そこで出会った2年の胡春と3年の上杉と、四人で遊びにきていた。

胡春と上杉も付き合っていて、今日はダブルデートということになる。

新人歓迎会の花見では、二人が作った味噌料理が美味しかった。

厳密に言えば、”二人が作った味噌”の料理だ。

二人は周りからミソップルと呼ばれている。




「すごい賑わいだね。あ、あっちに馬がいるよ!」


胡春がそう言って、動物ふれあいコーナーに向かって先導した。

近づいてみると、馬以外にうさぎとヤギもいた。

子どもたちがたくさんいてそれぞれの動物と触れ合っていたが、ちょっとしたら急に人がいなくなった。


「もうすぐヒーローショーがあるから、場所とりでいなくなったのかも。今のうちに触ってみようよ」


胡春はそう言って、うさぎをなでた。



「可愛いねー。大人しいし」


胡春のうさぎは気持ちよさそうに目を細めている。

結羽もうさぎをなでようとすると、うさぎは結羽の指先をくんくんと嗅いでいる。

柵の中には五羽のうさぎがいたが、胡春のうさぎ以外はみんな結羽のところに集まってきた。



「結羽ちゃん、うさぎにモテモテだね」


上杉が言った。


「は、はい。なんでだろ……」


うさぎはしきりに結羽の匂いを嗅いでいる。


「煌ちゃんもなでてみない?」


結羽がそう促すと、久遠寺はうーん、と唸った。


「俺は動物に嫌われる性質なんだ」


「こんな大人しいうさぎだよ? ね、触ってみようよ」


結羽は無理矢理久遠寺の手を引いた。

渋々久遠寺が柵の中に手を入れると、三羽のうさぎはサッと逃げて、残ったうさぎが久遠寺の指をガブリと噛んだ。



「痛って! 何だよ!」


久遠寺は急いで手を引っ込めた。

今までムカデ人間相手に無傷な久遠寺が、うさぎに噛まれているのを見て、結羽は爆笑した。



「そんなに動物からあからさまに嫌われるなんて、すごいね」


上杉は驚いて言った。


「ねぇねぇ、ヤギと馬も行こうよ」


結羽はニヤニヤしながら久遠寺の手を引いて、ヤギに近づいた。

エサを売っていたのでそれを買い、最初は結羽だけヤギにエサやりをした。

ヤギは大人しく食べ、結羽に擦り寄った。

 


「えー、すごーい。結羽ちゃん、本当に動物に好かれるんだね」


胡春が感心したように言った。


「じゃあ、煌ちゃんも」


結羽は久遠寺にエサを持たせた。

久遠寺はやはり嫌そうだったが、ヤギに近づいて投げやりにエサを差し出すと、ヤギは後ろ足で立つようにして威嚇してきた。



「ほら! もうこうなるのはわかってるからいいだろ!」


久遠寺は持ってたエサを上杉に押し付けた。



「煌は煌ですごいね」


上杉も笑っている。


「俺はうさぎともヤギとも暮らす予定はないから。結羽さえいればいいんだ」


久遠寺は結羽の頭をなでた。

結羽はさっきのうさぎのように黙って頭をなでられている。



「ホント、二人はなんていうか……よく人目も憚らず仲良くするねぇ」


上杉は苦笑した。



「煌ちゃん、馬は……」


「馬はよそう。死ぬから」


蹴られたらさすがにタダでは済まない。



「あ、そろそろヒーローショーの時間だ。子ども向けだろうけど、なかなか見れないから行ってみようよ」


胡春に促され、広場の中央に向かった。




▼胡春と上杉が付き合うきっかけになった話はこちら▼

https://kakuyomu.jp/works/16818093078693606323/episodes/16818093078694267260

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