第3話 それぞれの夜(ソフィア視点)

 かれーを食べ終えて部屋に戻ると、備え付けられたベッドに体を沈めた。

 心臓はまだどきどきと早く鳴っていて、口から飛び出してしまいそうな勢いだ。

 人生で初めてできた恋人という存在に、どきどきと胸が高鳴っているのが分かる。


 イトにはこの音がばれてしまっただろうか。それでも良い。だって私の告白にイトは頷いてくれたのだから。


『イト……好き』


 数日前知り合ったばかりの彼の名前を呼ぶ。この声が彼に届けばいいと思いながら。



 私、ソフィア・クロスフォードは昔から人と仲良くなることが苦手だった。

 初めて出会った人の前では何を話していいのか分からなくなってしまうし、緊張で言葉も出なくなる。


 それが周囲を困らせることは知っていたし、私自身の印象を左右してしまうことは分かっていたけど、努力しても治らないものは治らなかった。

 そうしている間にも私の周りからはあっという間に人がいなくなって、今まで生きてきた中で友達だと呼べる人は一人もいない。

 

 これからの日本での一年だって、きっと今までと同じだ。


 私は日本語を読んだり聞いたりすることはある程度できるけど、話すことは完璧ではないのだから、今までと同じように友達なんてできないだろう。

 むしろ疎まれてしまうかもしれない。

 

 でもそれでいい。

 ホームステイの家族に追い出されさえしなければそれでいい。

 日本の学校でだって一人でやっていける。


 そう思っていた。ホームステイ先の家で彼──イトに出会うまでは。


 イトは私に手を差し出してくれた。──いつもの緊張で手を握り返すことはできなかったけど。

 それに、私が人目を惹かないように服を貸してくれた。

 私に料理を教えてくれた。

 私とゆっくり仲良くなればいいって言ってくれた。


 ──私の告白を受け入れてくれた。


 好きと言ってしまった瞬間はどうなるかと思って俯いてしまった。

 だけどイトも、『俺も好き』と返してくれた。


『イト……』


 一つ一つの彼の言動が蘇って、想いが溢れそうになる。想いに形なんてあるはず無いのに、変な感じだ。


『……そうだ』


 日本では恋人になったらどのようにすればいいのだろう?

 好きとか沢山言っていいのかな。確か日本人はあまり愛を言葉にしないと聞いたことがあるけど。


 私はベッドから起き上がって備え付けのパソコンを開く。

 そして『恋人になったらすること 日本』というキーワードを入れて検索をかけた。

 一瞬で数多くのサイトが映し出される。


 その中の一つをクリックすると、そのサイトには数多くの『恋人になったらすること』が載っていた。

 一番上にあるのは、「お互いの呼び方を決めよう!」という文字。


 これくらいなら私も緊張せずに言えるかもしれない。決意と緊張から、マウスを握る手にぎゅっと力が入る。


『……明日、イトって呼んでみよう。恋人なんだし、いいよね』


 私は再びベッドに寝転がって枕を抱き締める。


『イト……大好き』

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