Episode.9

入館や入室のためのセキュリティゲートに防犯カメラ、そして静脈と顔の生体認証二段構えにデバイス内に保存された表を参照しての棚捜索と。


デジタルとアナログを融合させた機密保管に対応するのはかなり面倒だが、以前に経験した他国の軍拠点への侵入に比べると容易だった。あちらは桁違いのセキュリティレベルと、それ以上に命の危険が伴う恐怖しかない。


今回は何事もなくこの建物を出れば、一段落というものだ。任務後の飯くらいは良いものを食べたかった。


部屋を出る。


その刹那、最悪の事態となっていたことに気づいた。


What何を the hell areやっているんだ you doing貴様! 」


通路の向こうから迫ってくる白人男性がそう言った。


「What the hell are you doing!」はスラングな英語で、悪い奴に対して言う怒りの問いかけだ。


「あ、I'm sorry申し訳ありません, I don't何を speak言っているか Englishわかりません. 」


即座にそう答えた。


英語は理解できるが、ここはとぼけた方が良さそうだと思ったのだ。


白人が間合いの一歩手前まで近づいて足を止めた。顔には残忍な笑みが浮かんでいる。


「最近、この国で機密データの漏洩が頻発していると言われて来たが、そういうことか。」


わざとゆっくりとした英語でそう伝えてくる。


いや、それと同時に、俺の脳内に同じ文言が直接語りかけられた。これでは惚けることはできない。


能力者ホルダー同士は互いを認知することがあった。


隠蔽することで自分よりも基礎能力の劣る者をごまかすことはできるのだが、俺は先ほど室内で能力を使ってしまっている。


度合いにもよるが、能力の行使を完全に隠蔽することは難しいのだ。この白人男性が俺と同じ能力者であることは念話を使われたことからも頷ける。


欧米ではギフテッドやタレンテッドの教育、通称GATEが盛んだ。ギフテッドは学術や全般的な知能、タレンテッドは芸術的才能に高い数値を有する者を指す。


日本とは異なり、1990年代より幼少期などの早い段階でこういった子どもたちを見出し、特別な教育を施す措置を講じている。その才能を見出す過程で、能力者も発掘されることが多いという。


日本よりも多くの能力者が輩出される欧米では、政府が関与する企業に彼らを配置することも珍しくないと耳にしたことがあった。


目の前の白人男性もそのひとりなのかもしれない。


「あ、I got部屋 the wrong room間違えました.」


困り果てたような表情をしてそう答え、何とかここから離脱しようとした。本音をいえば、英語が話せないと言いながら矛盾したことをやっているなとは思う。しかし、笑って誤魔化すか、油断を誘う以外に手がなかった。




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