庭園の逢瀬
「・・・皆の者、ヴァリラ連邦の侵略に、我々は勝利した。前軍務大臣エンシナル侯爵の采配にて、我がハビエル王国の領土は広がった。ただ、残念ながら暴走した侯爵は我の命を無視し、我の手足たる兵士を危険にさらしたことで、侯爵は役を降りることになっってしまった。
・・・皆は戦功を焦るでないぞ!焦らず動けばそれに見合うだけの栄誉は与えられるのだ」
国王は杯を持ち上げた。
「・・・それでは、我々の勝利に、乾杯!」
広間の皆が国王の音頭に合わせて杯を持ち上げる。
グイっと杯を飲み干す。どこからともなく拍手が起こり、ひとしきり拍手が広間に木霊した。
拍手が消えると、がやがやと話が始まる。酒に目がない者はもう二杯目に移っている。この機に顔をつないでおこうとする者は、足早にお目当ての人物の傍に散っていく。あちこちで挨拶が始まり、笑いの花が咲いた。
呼ばれた楽団が音楽を奏で始め、貴族の男が妻や婚約者、家族に誘われて踊り始める。和やかな時間が過ぎていく。
ただその夜会の中に魔女は居なかった。
国王に出るように言われたが、今回の戦には役になっていないからと断っていた。国王は随分強硬に言われたが、今回は役に立っていないと断り続け、結局、国王が最終的には譲歩して今回は出ないことになっていた。
「・・・そう言えば、今回は魔女殿は出席しておらんようだな」
ふと気が付いたように、貴族の一人が話すと、相手をしている貴族が頷き返す。広間の中ほどで、三人の貴族が杯を手に談笑していた。
「・・・確かに」
そしてその場に居た三人目が杯を傾け、喉を潤して話す。
「・・・そう、その魔女殿のことだ。今回の勝利には直接関わっていないそうだが、王太子の箔付のために、あの戦にも後詰めで出張っていたそうだ。
・・・まったく、最近周辺の国がハビエル国を狙っている時期に、あの英雄である魔女殿を一つの戦なんぞに出張らせて良いものだろうかと思う。ここ王都に居て、力を振るってもらったほうが良いのではないかと、私は思うが」
「・・・そうだな。私もそれについては賛成だ。ここ王都に居て、ここを守ってくれと言いたくなる」
少しだけ酒のせいか、声が大きくなった。
「やめておけ。我々の意見など、王には届かん。・・・それに魔女殿は王族になられる方だ。本人は嫌がっていても、結局王族の意見には従わざるを得ないだろうよ」
三人は周囲を見回す。一人が頭を二人の方に傾けて、声を潜めた。
「・・・きいたか?」
残りの二人も頭を傾ける。
「・・・何をだ?」
「・・・魔女殿の婚約者のことだ」
最初に頭を傾けた男が、さらに声を潜めた。
左隣の男が同じように声を潜めて答えた。右隣の男は黙ったままだった。
三人は黙ったまま、広間の高くなった段の上に見える王弟を肩越しに見遣った。
当の話題の本人はほけっと立ち尽くして、ぼんやりと一点を見つめて動かない。
三人は視線を元に戻す。また顔を寄せて話し出した。
「・・・リナレス王弟殿下がどうかしたのか?」
「・・・」
素早く左右を見る。残りの二人も周囲を見回す。
「・・・魔女殿は、王弟殿下を嫌っているようだ」
「「・・・」」
残りの二人は黙ったままだったが、反論はしなかった。
「・・・王弟殿下も、魔女殿をないがしろにしているようで、魔女殿の私室に勝手に入っていって働きが悪いとか、怒鳴り散らしたりしているらしい」
「・・・」
「・・・まさか・・・」
「・・・魔女殿は陛下に、あの高慢なリナレス殿下を婚約者として押し付けられたのだそうだ」
「・・・そうか・・・」
「・・・ああ、なるほど・・・」
三人は未だ頭を寄せっていたが、広間の中では似たような集団が案外多くできており、さほど目立つようなところはない。
「・・・魔女殿の力であの高慢なドルイユの奴らから賠償金を踏んだくれたのだろう?それをあのような頭もない顔だけのリナレス殿下の婚約者とするとは。
・・・陛下は魔女殿を我が国にしばりつけたかったのだろうが、魔女殿のお相手に、あの器量なしで婚約者もいなかったリナレス殿下とは、役不足と言わざるを得ないな」
「・・・ああ」
「・・・そうだな、そう思う」
「・・・あのリナレス殿下では、魔女殿が嫌になるのもわかる気がするな・・・」
三人はまた壇上の王弟に目をやった。
その話題になっている王弟はふらふらと視線を固定したまま、段から降りて歩き出していた。
ノエリアは、一点を見ていた。段上に居る王族の一人を見続けている。
そしてその相手もノエリアを見続けていた。
・・・あの占い師の言う通りだわ。
脳裏にあの占い師の言葉が蘇った。
『・・・今度の王家の夜会に出るんだ。・・・そこで見初められる。・・・機会を逃すな・・・』
細部についてはいまいちだったが、何とか思い出せたのはそれだった。
・・・話しかけるのは、こっちからだったっけ?それともあっちから?
見つめて居たようで、どうも意識が薄れていたのか、気が付くと、王族の一人が段から降りてこちらへと歩き出していた。段上の他の王族たちの表情は、お互いに顔を見合わせながらも、強張っていた。特に慌てていたのは国王だった。露骨に顔を顰め、広間を素早く見まわしたが、お目当ての人物はそこにはいなかったらしい。その間にも王弟はその相手の前に立っていた。
「失礼する。あなたには今お相手になる者は居ないように思うのだが・・・?」
ノエリアは、この目の前の男が最初何を言っているのかわからなかった。
「お相手になる者・・・?」
戸惑った顔のノエリアにリナレスが微笑む。手を差し出す。
「あなたにダンスを申し込みたいのだが、ダンスのお相手がいるのかどうか、聞いたのだ」
そのリナレスの微笑みにノエリアは顔を赤くしながらも、被りを振り、差し出されていた手を取った。
「相手はおりませんので、お願いします」
あっとリナレスの後ろから声が響く。国王に言われた王太子セリオが慌ててやってきていたが、リナレスに声をかける前にノエリアが差し出された手を取ってしまい、声をかけそびれた為にセリオが思わず声をあげてしまったのだった。
後ろの王太子を無視して、リナレスがノエリアを導いて、広間の中央に出て行く。ノエリアは心配そうな父と母の顔に目を止めたが、そのままそれを無視し、リナレスの腕を取って組み合った。滑るように足を運び、二人は踊り出す。
渋い顔の国王が踊る二人を見ている。
踊り終わる頃には、二人はもう離れがたく想い合っていた。曲が変わっても二人は踊り続け、三曲、踊り終わったところでお辞儀をし合い、示し合わせて踊りで火照った体を覚まそうとテラスに出た。
テラスはそのまま、城の庭園に繋がっている。噴水とベンチ、東屋が散らばり、庭園は城の憩いの場になっていた。
二人はテラスから庭園に降り、そのまま噴水まで歩くと、そこにあるベンチに並んで腰かける。
「・・・あなたには今婚約者は居ないといったが、誰か思いを寄せている者でもいるのか?」
リナレスが言い出しにくそうに一瞬戸惑いながら尋ねた。
「確かに婚約者は居りませんし、思いを寄せている方もおりません」
ノエリアが月明かりに照らされたリナレスの顔に目を止めて答える。
「・・・そうか・・・」
思い悩む顔をしながらもノエリアから視線を離せないリナレスに、ノエリアも視線を外せないままに言い始めた。
「・・・私、あなたのお名前をお聞きしておりませんので、何とお呼びすればよいのですか?」
ノエリアは名前を言われてから初めて名を呼べるようになると知っていたので、王弟とわかっていながら尋ねた。
「あ、ああ、そうだな、名乗っていなかったな・・・。私はリナレス・ハビエル・・・この国の王弟だ」
・・・やったわ!あの占い師の言うこと、当たったんだ!
「・・・お、う、てい、・・・殿下でしたか・・・」
「・・・ああ、そうだ・・・」
「・・・私、王弟殿下に見初められたのでしょうか・・・?」
・・・そうよね、絶対そうよね!
「・・・そうだ・・・いや違う・・・見初めた・・・わけではない・・・いや、私とこれからも会ってくれないか・・・あなたと・・・これからも会いたい・・・」
・・・煮え切らないけど、これからも私と会いたいってことよね。それなら、私、頷いちゃうわよ。
リナレスはチラチラと未練たらしくノエリアを見ている。
「・・・私からもお願いします。・・・私とこれからも会ってください」
ノエリアは自分の一番自信のある笑顔を作り答えた。
リナレスがその笑顔を呆けたように見つめ、二人の視線が絡み合ったように思った。
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