後日譚
鉄仮面の男達とバルボリンを撃退し、私は再度、ブルー・リーの怪我を治してあげる事にした。彼女の体は、先程以上にボロボロ……。治癒の魔法をかけている私には、この痛みがよく分かった。
もう少し遅れていたら、それこそどうなっていたか……そう思うと恐ろしい。手遅れになる前に何とかなって本当に良かった。
誰かの傷を癒す時、いつも思う事ではあるが……今日は特にこの気持ちが強かった。
ブルー・リーの顔色は、少しずつ良くなっている。この調子なら多分、大丈夫そうだ。
──すると、そんな時だった。
「……なぜ、助けてくれた……のですの?」
無理に立ちあがろうとした反動で、ブルー・リーは、肩を抑えて苦しそうにもがき始めた。
「……こら。だめですよ。治ってないんですからジッとしていて下さい」
私は、そう言って彼女の体を抑えながら治癒の魔法をかける。ブルー・リーは、黙り込んでしまった。彼女は、まだ何か言いたそうだったが、口を閉じたままジーっと光矢を見ていた。しかし、一方の光矢は、私たちに背を向ける感じで煙草を吸っているだけだった。
今日だけで一体、何本目? 後で少しお説教しないと……。良い歳だし、体壊しちゃったら一大事だし。
すると、少し間を置いてから彼は、口に咥えていた煙草を取って、煙を吐き出してから告げた。
「……別に大した理由はない。アイツらが気に食わなかった。……だけだ」
「……で、ですが……貴方は、この者達と戦っている時、凄まじい殺意を持っていましたわ。そこまでの殺意をあんな者達に抱く理由が貴方にありまして?」
その問いに光矢の顔が怖くなった。
「まぁ……アイツらはマリアをナンパしたからな。これ位の事は当然だ。……いや、俺の目の前であんな事をしたんだ。ただ死ぬだけじゃ……まだぬるい。次に合った時は、奴らの脳みそという脳みそを……脊髄という脊髄を……。そんで、二度とこの世に転生する事も出来なくなってしまうくらい完膚なきまでに……」
「……えーっと、その……恨みは充分だったのですわね。わざわざ聞いてしまって申し訳ないですわ」
「当たり前だ。だが、それだけではない」
「え……?」
「お前ほど高貴な魔族とその家族を貶されるのは……お前に負けた俺まで貶された気分だ。それが我慢ならなかった」
彼は、こちらを振り向かずそう言った。その顔が今、どんな感じの表情をしているのか、それは私にもブルー・リーにも分からない。
だけど、彼の気持ちは私にも分かる。ポカンと口を開けて彼の事を見つめるブルー・リーに私は告げた。
「……光矢は、見捨てられないんだと思います」
「え?」
こちらを見てくる彼女に私は、治癒の魔法をかけながら告げた。
「ずっと1人で戦い続けていたからこそ、誰かの孤独を理解できる。苦しんでいる誰かを助けたいと思ってしまう。……私も彼に救われたんです。彼のおかげで今がある。この世界で、何処にも居場所のない私を唯一理解してくれた人だったから……」
ブルー・リーは、尊敬の眼差しのような目で彼を見つめていた。少しだけ頬を赤らめながら彼女は、それからしばらくの間は何も言わず、彼の事を見つめているだけだった……。
──治療は、その後すぐに終わらせる事ができた。先程までのボロボロな姿がまるで嘘であったかのように傷口が塞がっており、顔色も良くなっていた。
「……終わりましたぁ。さっ、これでもう大丈夫ですよ」
立ち上がったブルー・リーは、しばらく何も言わずに下を向いていた。
その間に光矢は、棺桶に荷物を詰め込んで、帰りの支度を終えていた。
「……マリア、行くぞ」
「はい!」
私も前を歩いていた光矢に追いつくため杖を手に取り、走る。
彼の隣まで来ると、光矢はブルー・リーのいる方を振り向き、一言だけ告げる。
「……久しぶりに良い勝負ができた。それじゃあ……アディオス」
帽子で目の辺りを隠すようにしながら、そう言うと彼は棺桶を引きずったまま歩き始める。私も急いで彼女に軽く会釈をしてから光矢の後を追いかけるように早歩きで向かって行った。
少し進んだ所まで来ると、彼はいつもの調子で私に告げた。
「……ギルドにはなんて説明するかなぁ。今回の事……」
「あぁ、そうですねぇ」
魔龍の討伐のためにここまで来たとはいえ……まさか、その魔龍が今回のオリハルコンの騒動には、全く関係がなかったのだ。それを正直にギルドの人々に説明をしても……快く認めてもらえるとは思えない。
すると、光矢は溜め息交じりに告げた。
「まぁ、何とかなるか」
そんな風に、帰り道を歩いている私達だったが、その時だった。後ろから私達の方へ走って来る足音が聞こえてきた。
「お待ちになって!」
私達が振り返ると、そこには息を切らしながら洞窟の奥底から出てきたブルー・リーの姿があった。彼女は膝に手をつき、息を整えながら言った。
「……アタシも、貴方達と一緒に旅をしたい……ですわ」
「は?」
光矢は、心底訳がわからないという様子だったが、彼女は続けた。
「……貴方に助けて貰えなかったらアタシは、きっともう今、生きていなかったかもしれない。恩を返したいのです。救ってくれた事を……」
「断る。お前は、魔族だ。俺達と一緒に旅をしたら……それこそ、クリストロフ王国や人族だけでなく、魔族側からも狙われてしまうかもしれない。そんな危険な事……マリアには、させたくない」
「光矢……!」
こう言うセリフをサラッと言えちゃうなんて……。はぁ~、今にもニヤケが止まらない。ヤバいです。変な声出ちゃいそうです……。大事にされてるんだなぁ。私……。
と、感慨に浸っているとブルー・リーは強い言葉で光矢に言った。
「お願いですわ! アタシは、知りたいのです。人間というものを……。貴方といれば、きっとその答えも見えてくる。何でも致しますわ! 雑用でも……なんだって!」
「……」
無言のまま何も言わない光矢に対してブルー・リーは、続けて言った。
「……ですから、その……アタシは、本気なのですわ! どうか……どうかその……お仲間に加えて下さいまし。……きっと役に立ちますわ! 戦いだって、アタシが加われば今以上に楽になると思いますわ……」
彼女の必死な感じが私にも伝わって来た。それほどに……私達と一緒に旅がしたいのだろう。どうして、そのように心変わりしたのか、それはよく分からないが、しかし――。
「私は、良いと思いますよ。確かにブルー・リーさんが加われば光矢の戦いももっと楽になると思います。何より、これから先もこういうクエストでお金を稼ぐ事を考えたら仲間は、多い方が良いと思いますし……。それに私も魔族というのを知りたいです!」
私がそう言うと、しばらく何も喋らなかった光矢が大きな溜息をついて、面倒くさそうに頭の後ろをポリポリかきながらため息交じりに告げた。
「……分かったよ。君がそう言うのなら……。じゃあ、勝手にしろ」
光矢は、さっさと洞窟の中から出て行こうと先に歩き始めてしまった。そんな彼の事を追いかけるように私とブルー・リーさんは、一緒に早歩きで追いかける。
すると、そんなブルー・リーに光矢は告げた。
「……ただし、ついて来るのなら……それなりに過酷な旅になるという事を覚悟しておけ。魔龍”ブルー・リー”」
光矢は、後ろを振り返る事なくそう告げる。すると、ブルー・リーは何やらモジモジと恥ずかしそうにしながら口をもごもごさせて小さな声で口を開いた。
「……ルリィでいいですわ。アタシの事は……」
頬を赤らめさせて、そういう姿は……最初に人間の姿になった時の大人の女性って感じの雰囲気とは、全く違う。まるで、少女のような可愛さだった。
しかし、前を向いており、後ろにいるブルー・リーの事など全く見てもいなかった光矢は、サラっと棒読みしている大根役者の如く告げるだけだった。
「……おー、ルリィ」
あまりに粗末というか、適当な呼ばれ方に普通なら少し機嫌を悪くしてしまいそうな所だが、しかし……この魔龍は、違った。彼女は、とても嬉しそうに眼を輝かせており、その顔には、大きく「幸せ」の二文字が書かれているようで、まるで飼い主から餌を貰った時の喜んでいる子犬のようにも見えた。
彼女は、若干裏返った甲高い声で告げた。
「……はい! ずっと御供致しますわ! 殿方!」
その返事には、私も光矢も驚いた。
……かくして、洞窟に潜む魔龍ブルー・リーは、私達の仲間となり、一緒に旅をするようになった。……だが、彼女の加入によって(主に私)の新しい戦いが、幕を開ける事になるとは、この時はまだ思ってもいなかったのだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます